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製品の価値は最大、環境への影響は最小という製品を設計するための方法論を開発しています

2018年11月22日掲出

工学部 機械工学科 芝池 成人 教授

芝池 成人教授

 サステイナブル社会の実現には、環境・経済・生活のそれぞれに配慮したモノづくりが欠かせません。そうした新しいモノづくりの設計プロセスを確立するために、研究を進めている芝池先生。今回はその取り組みの詳細を伺いました。

■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 まず、前知識として知っておいていただきたい点から話しますと、本学の工学部は教育の柱に「サステイナブル工学」を掲げています。これは、環境との調和、経済の活性化、そして生活の質の向上という3つの要素をバランスよく進化させてサステイナブル社会(持続的に発展する社会)の実現に貢献することをめざす、新しい領域横断的な学問です。
 それを踏まえて簡単に説明すると、私の研究室では、サステイナブル社会の実現に貢献する工業製品の材料、製造、使用や廃棄、さらには経済的価値など、多様な視点を考慮した設計プロセスについて研究しています。機械や工業製品の設計と言えば、機能や性能の向上に加えて、構造の強度を調べる方法やケガをしにくい形状、組み立てやすい機構を追求した設計など、またサステイナブル工学関連であれば、分解しやすい設計やリサイクルを考慮した設計など、いろいろとありますよね。これらを個別に考えていくのも大事ですが、一連の流れで捉える姿勢もまた重要です。ですから、それぞれの設計プロセスが統一されたコンセプトに従って構成されている、そういう一連の手法の集合となるような“設計方法論”の開発に取り組んでいるのです。

■具体的にはどういう例がありますか?

 学生が卒業研究として取り組んだものでは、携帯電話やパソコンのマウスの評価、あるいは家電製品や自転車の材料選択などがあります。つまり対象とする製品やシステムは何でもよくて、何かを例にとって、その材料や設計を自由に研究してもらおうというのがこの研究室での取り組み方針です。
 例えば、自転車の場合、どういう材料でフレームをつくったらより良いかという視点で研究しました。新しい材料を開発するのではなく、いろいろな材料の中からサステイナブル社会に最も貢献できそうな材料はどれかを定量的に評価し選定したのです。その材料が持っている特性や機能はもちろん、環境との調和性、リサイクルのしやすさ、そして製品となったときの魅力も欠かせません。例えば使いやすさや美しさ、ステイタスなども含めて捉える。つまり、その材料から生み出される製品の価値を最大にして、同時に環境への影響は最小にするという目標に向かって設計方法論を開発しているのです。
 環境負荷については、LCA(ライフサイクルアセスメント)という手法を用いて、資源採取から原料生産、製品製造、流通、使用、廃棄までの各フェーズにおけるさまざまな地球環境への影響を定量的に分析し評価します。同様に製品のコスト(費用)は、LCC(ライフサイクルコスティング)という手法で評価します。
 では価値の大きさはどう定量化するのかというと、製品の機能や性能の測定はもちろんですが、経済的価値に関して一番簡単な方法はプライス、つまりその製品の販売価格を分析します。というのも、適正な価格はその製品のサプライチェーンにおける人件費や正当な利益、その他の必要経費の合計値だからです。もちろん冷蔵庫などであれば、製造までのコストだけでなく買った後のランニングコストがかかります。そういう場合は、ランニングコストや廃棄時のコストも加えたLCCで考えるのです。コストは取引の相手にとっては収入であり、場合に応じて適宜取り扱いを変えなくてはなりません。

■そう考えると「製品の価値を最大にして、環境への影響は最小に」ということですから、価格は高くても良いということでしょうか?

 その通りです。例えば、最近はLED電球がよく売れるようになりましたよね。販売当初は白熱電球が100円程度なのにLEDは1000円以上するため、一体誰が買うのかと言われたものです。確かに当初のLEDは寿命が今ほど長くありませんでしたが、今はもう4万時間、1日に5、6時間の点灯なら約20年も使えるのです。一方、白熱電球は早ければ半年に1回は取り替えないといけないかもしれない。それを全部足し算してみるとどうなるでしょう? LEDは確かに電球をつくるより環境負荷は大きいですし、価格も高いです。ですが寿命から考えるとLED1個は軽く白熱電球20個分以上に相当するので、ライフサイクル全体で比較するとLEDのほうが環境負荷は断然小さくなりますし、結果として安くもなるでしょう。つまりLEDはそれだけの価値を持っているのです。それを多くの人が理解したから、売れているのだと考えられます。
 こういうケースはいくらでもあります。例えば、鉄でできた安価な自転車と30万円するカーボンファイバーの自転車。目先の金額は鉄が安くても、性能、機能、環境負荷、使いやすさや魅力などの観点を総合的に判断したらどうなるでしょうか。どちらがサステイナブルかは計算してみないとわかりません。でも実際、世の中には高価な自転車を買う人がたくさんいます。それによってそこに産業が生まれ、雇用が発生するわけです。そうして、いろいろなところに人や技術、モノの流れが発生して、経済が活性化していきますからね。ですから価格が高いというのは大きな価値の買い物をしたとも言えるし、サステイナブル社会に貢献する買い物をしたとも言えるでしょう。もちろんお財布と相談の上での話ですが(笑)。
 そういう多様な観点で製品やサービスを評価し、必要に応じて定量化して提示することも含め、新しい製品の価値が正しく理解できるような設計手法を考えています。

■先生がこの分野の研究を始めたきっかけは何だったのですか?

 電機メーカーで働いていた頃、自身の研究テーマとしてマイクロマシンの研究を立ち上げました。マイクロマシンは、例えば内視鏡の先に組み込まれて検査や治療に使われる機器に用いられるような、非常に小さな機械です。その研究が東京大学の先生の目に留まり、東大、文部省(現文部科学省)、アメリカの大学と私のいた企業とで一緒に研究することになりました。これには私自身とても喜んでいたのですが、色々な事情で結局とん挫してしまいました。仕方がないのでそのまま東大で研究を続けていたら、東大の先生のご尽力もあって、今度はイギリスのケンブリッジ大学との間に共同研究の話が復活したのです。そこでケンブリッジ大学へ渡り、材料を研究している先生と打合せをしているときに、マイクロマシン自体ではなくその構成材料を評価する研究をしようという話になり、そうして材料研究を始めた時に環境問題と出合ったのです。1993年頃の日本はまだそこまで環境問題は話題になっていませんでしたが、当時のヨーロッパでは大変な勢いで盛り上がりを見せていました。そこで、これからは材料と環境だという結論に落ち着いて、現在の研究を始めたのです。
 ですから受験生・高校生の皆さんには、人生どうなるかわからない、「人間万事塞翁が馬」なのだと伝えたいですね。良いと思っていても良くないかもしれないし、悪いと思っていた状況が逆に良い結果につながったなんて経験はいくらでもあります。私はアメリカの大学に行けなくなったけど、ケンブリッジ大学に行けたから新しい研究テーマと出合えたのですからね。

■今後の展望をお聞かせください。

 サステイナブル社会を実現するには、経済、生活、環境を鼎立させる方法論が必要です。それをモノづくりの現場にいる専門家たちが活用してくれれば、必ず良い製品やサービスを生み出せるはずです。研究者としては、その方法論の構築をめざして研究を進めていきますし、教育者としては、学生たちがこの考え方を身に付けて社会へ出て、それをベースにモノづくりに関わってくれることを願っています。

・次回は12月10日に配信予定です