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血中の生理的濃度の鉄イオンがビタミンCの抗がん作用を阻害するメカニズムを新発見

2020年8月27日掲出

  東京工科大学(東京都八王子市、学長:大山恭弘)応用生物学部の佐藤拓己教授らの研究チーム(注1)は、血中のビタミンC(以下、VC)によるがん細胞の除去が、生理的な濃度の鉄イオン(以下、Fe2+)の存在によって特異的に阻害されることを発見しました。本研究成果は、米国の薬理学専門誌「Reactive Oxygen Species(ROS)」オンライン版に2020年8月25日に掲載されました(注2)。

【背景】
  VCは、特に高濃度でがん細胞に強い毒性があることが多数報告されています。数十グラム以上の還元型VCを血液に直接投入できる「高濃度ビタミンC点滴」(注3)は、外科手術や放射線療法、化学療法などの補助として用いられています。一方、血中におけるFe2+の生理的な濃度は30µM(マイクロモル)付近に制御されており、このような濃度のFe2+がVCによるがん細胞死に対してどのような作用を有するのかについては、明らかになっていません。

【目的】
  VCは最も有名な抗酸化剤であり、特にがん細胞に対して強い毒性効果を有します。これは、VCが細胞外マトリックスにおいて過酸化水素(以下、H202)を遊離し、逆に酸化毒性を誘導するためであると考えられています。Fe2+は、H202が最強の活性酸素といわれるヒドロキシラジカル(注3)を生成するフェントン反応(注4)を促進する触媒として作用し、がん細胞死を促進するという仮説があります。一方、Fe2+を不活性化することで、VCによる抗がん効果が増強されたとするマウス実験の結果(参考文献1)も報告されています。また、生体のFe2+濃度が30µM程度であるのに対し、一般に培養細胞で用いられる培養液のFe2+濃度は1µM程度であり、この差異がVCのがん細胞毒性を決定する要因である可能性が推察されます(図1)。本研究では、これらを踏まえVCによるがん細胞の除去に対してFe2+が作用するメカニズムについて、検証を行いました。

【成果】
  培養がん細胞を用いて検証したところ、Fe2+が存在しないときVCは濃度依存的な細胞毒性を誘導したのに対し、Fe2+濃度が10µM以上では全く毒性を示さず、生体中と同レベルの30µM程度ではVCの効果は殆ど消失することが確認されました(図2)。また、生理的な濃度のFe2+がH202の細胞死を促進するのかどうかを検証したところ、濃度が1-100µMの範囲では殆ど促進も抑制もしないことが確認されました(図3)。この結果、Fe2+のVCによるがん細胞死の抑制作用は、H202の遊離以前の段階で作用している可能性が高いことがわかりました。同時に、Fe2+は他の刺激(他の酸化ストレス、アポトーシス誘導剤または抗がん剤)によるがん細胞死には全く影響がないことが本研究で確認されたことから、Fe2+はVCによる細胞死のみを特異的に抑制しました。


  さらに、鉄キレーター(注6)でFe2+を不活性化することで細胞死抑制が解除されたことから、Fe2+濃度の増加を介して細胞死の抑制が惹起されていることを確認しました(図4)。また他の2価の金属イオン(Cd2+、Mn2+、Cu2+、Zn2+、Ni2+、Cr2+)では、このような抑制作用は全く観察されませんでした。


【社会的・学術的なポイント】
  VCのがん細胞死誘導作用は 1)H202の遊離 2)H202の毒性の二要素からなっていますが、本研究結果から、2)の可能性は否定され、1)の段階で起こっている可能性が高いと考えられます(図5)。VCによるがん細胞死におけるFe2+の役割に関して、これまでさまざまな研究報告がなされていますが、本研究から生理的な濃度では抑制されることが明らかになりました。また薬理的な濃度では促進される(参考文献3,4)ものと考えられます(図6)。また、鉄イオンを調節することで、高濃度ビタミンC点滴の抗がん作用の効率をあげることができる可能性も示唆されました。


【用語解説】

(注1)研究チーム:村山嘉美、柏櫓涼子(以上応用生物学部卒業生)、大樅英司、石田有起、品田輝喜(以上応用生物学部4年生)
(注2)論文名「Fe2+ as a physiological and selective inhibitor of vitamin C-induced cancer cell death」
(注3)食品としてVCを摂取した場合腸管を介した吸収は数グラムが限界ですが、「高濃度ビタミンC点滴」では数十グラム以上の還元型のVCを血液に直接投入することができる
(注4)ヒドロキシラジカル:過酸化水素から生じるフリーラジカルの1種。活性酸素の中では最も反応性が高いとされる
(注5)フェントン反応:過酸化水素からヒドロキシㇻジカルが生成する反応であり、Fe2+触媒で進むとされる
(注6)鉄キレーター:鉄イオンは蛋白質に結合していないフリーであるとき毒性を発現するとされており、このようなフリーの鉄イオンを結合して不活性型にする化合物

【参考文献】
(1)Tsuma-Kaneko M, Sawanobori M, Kawakami S, et al. Iron removal enhances vitamin C-induced apoptosis and growth inhibition of K-562 leukemic cells. Sci Rep. 2018; 8(1):17377.
(2)Mojić M, et al. Extracellular iron diminishes anticancer effects of vitamin C: an in vitro study. Sci Rep. 2014;4:5955.
(3)Du J, et al. Role of labile iron in the toxicity of pharmacological ascorbate. Free Radic Biol Med. 2015;84:289-295
(4)Brandt KE, et al. Augmentation of intracellular iron using iron sucrose enhances the toxicity of pharmacological ascorbate in colon cancer Redox Biol. 2018;14:82-87


■東京工科大学応用生物学部 アンチエイジングフード(佐藤拓己)研究室
ミトコンドリアは人間の体内で細胞の生死を司るという決定的な役割を持っています。ミトコンドリアが活発に働く状態であれば、細胞も活き活きとして、アンチエイジング効果やがんの予防にも効果があると考えられます。 私たちの研究テーマは、ミトコンドリアを活性化させる有機酸やビタミンCの細胞レベルでの機能を解き明かすことです。ミトコンドリアから発生する活性酸素などの指標に注目して研究を進めています。また脂肪由来の有機酸であるケトン体にも注目しています。ケトン体は特異的な受容体を有するため、特別な生理機能を有しています。特にケトン体のアンチエイジング効果に注目しています。


[主な研究テーマ]
1.有機酸によるミトコンドリアの保護効果
2.ビタミンCによるがん細胞の消去
3.ケトン体のアンチエイジング効果
http://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=34

【お問い合わせ先】
東京工科大学 応用生物学部 教授 佐藤拓己