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鳥への進化はインスリン耐性から始まった --- 応用生物学部

2021年8月26日掲出

■進化学説を論文発表
 東京工科大学(東京都八王子市、学長:大山恭弘)応用生物学部の佐藤拓己教授は、鳥への進化は、「インスリン耐性」(注1)の獲得に起因するとする新しい進化学説を発表しました。この「インスリン耐性」は、鳥が出現する1億年以上前にその祖先とされる獣脚類が獲得していた可能性があります。
本学説は、内分泌学のトップジャーナルである「Trends in Endocrinology and Metabolism」オンライン版(8月23日)にレビュー論文として掲載(注2)されました。


【研究背景】
 鳥は、一部の小型獣脚類(2足歩行の肉食恐竜)から進化したと考えられています。ともに羽毛や気嚢(注3)を持ち高い運動性能を保持しています。但し化石による実証が難しいこともあり、高い運動性能を可能にした効率的にエネルギーを生産するシステムは未だ解明されていません。本研究では、2億5千万年前の「大絶滅」(注4)から5千万年以上続いたとされる低酸素環境に適応するため、獣脚類が大幅なゲノムDNAの欠損(注5)を行い「インスリン耐性」を獲得したことが、獣脚類に高い運動性能を与え、哺乳類を2億年前までに殆ど駆逐した要因であると考えます (図1)。


【研究内容】
 鳥は、哺乳類と比較して3つの生理学的な特徴を有します。1)骨盤を高く持ち上げることにより、二足歩行が可能 2)気嚢を装着することにより、哺乳類の数倍のガス交換能力を獲得 3)インスリン耐性により、ミトコンドリアの活性を持続的に高く保つことが可能であることです(図2)。例えば鳥ではインスリン受容体のリン酸化が起こらず、血糖値やケトン体濃度がヒトより数倍以上高いことが知られています。

 なぜ鳥と獣脚類は哺乳類よりも高い運動性能を維持できるのでしょうか?エネルギー代謝の様相が、哺乳類とは大きく異なることが理由として挙げられます(図3)。すなわち哺乳類においては、インスリンがピルビン酸の完全酸化を阻害するため、多くが乳酸のままとどまる一方、鳥においては、インスリンが持続的に抑制されているため、ブドウ糖から生産されたピルビン酸の多くがミトコンドリアで完全酸化されます。これにより、鳥は持続的なエネルギー基質の供給ができるようになり、哺乳類では考えられないレベルの運動が可能になったと考えられます。


【社会的・学術的なポイント】
 鳥は哺乳類に比べ高い運動性能を有し酸素消費も高い一方、活性酸素の放出が少なく、がんや肥満などの生活習慣病になることも非常に稀であり、最大寿命も哺乳類の倍以上とされています(図4)。この現象は鳥の生理学では最大の謎のひとつでした。本論文から、鳥は老化ホルモンであるインスリンの作用が最小限に抑えられるので長寿である可能性が示唆されます。
 例えばdaf-2と呼ばれる線虫の変異体ではインスリン受容体が失活しているため、野生株に比べ2倍の寿命があります(注6)。寿命におけるインスリンの役割は、「インスリン学説」と呼ばれ、老化学説の中心になりつつあります。

【用語解説】
(注1) 鳥は、インスリンが受容体に結合するもののシグナル伝達は進行しません。またインスリン感受性の維持に必要な数種の遺伝子が欠損しています。
(注2) 論文名「Takumi Satoh, Bird evolution by insulin resistance, Trends in Endocrinology and Metabolism in press,」 (掲載URL https://authors.elsevier.com/sd/article/S1043-2760(21)00173-9 )
(注3) 鳥では気嚢があるため空気が一方向に流れ、高いガス交換能力を有します。一方哺乳類では袋状の構造のあるため、ガス交換能力に限界があります。
(注4) 活発な火山活動により大気中の酸素濃度が35%から11%に大幅に低下、生物種の90%以上が絶滅したとされます。
(注5) 最近化石からゲノムサイズを予測することが可能になりました。その結果三畳紀中期の原始的な獣脚類(例:ヘレラサウルス)で、すでに50%程度のゲノムDNAが欠損していることが明らかになっています。(参考文献:Organ, C.L. et al. (2007) Origin of avian genome size and structure in non-avian dinosaurs. Nature 446, 180-184)
(注6) 参考文献:Kenyon C, Chang J, Gensch E, Rudner A, TabtiangR. A C. elegans mutant that lives twice as long as wild type. Nature. 1993 Dec 2;366(6454):461-4


■東京工科大学応用生物学部 佐藤拓己(アンチエイジングフード)研究室
ミトコンドリアは人間の体内で細胞の生死を司るという決定的な役割を持っています。私たちの研究テーマは、活性酸素などに注目してミトコンドリアを活性化させる分子の機能を解き明かすことです。 [主な研究テーマ] 1) 有機酸によるミトコンドリアの保護効果 2) ビタミンCによるガン細胞の消去
[研究室ウェブサイトURL]
http://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=34

【本件のお問い合わせ先】
東京工科大学 応用生物学部 佐藤拓己教授