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エンドサイトーシスの新しい細胞内輸送経路を発見 ~トランスゴルジ網の特定領域にエンドサイトーシスの選別区画が存在する~

2023年8月1日掲出

東京工科大学
東京理科大学

研究の要旨とポイント

●トランスゴルジ網は細胞内小胞輸送の中心的な役割を果たす細胞内区画であり、近年の研究においてエンドサイトーシス経路においても重要であることが報告されています。
●今回、細胞内小胞輸送のモデル生物である出芽酵母において、トランスゴルジ網(*1)の特定領域にエンドサイトーシスの選別区画があることを明らかにしました。
●本研究は、病原体の主要感染経路であるエンドサイトーシスの分子機構の解明につながる成果であり、将来的には、エンドサイトーシスが関与する疾患の治療法の開発にもつながる可能性があります。

【研究概要】

 東京工科大学医療保健学部の十島純子教授、東京理科大学先進工学部生命システム工学科の十島二朗教授、オーストリア科学技術研究所(IST)のダリア・シークハウス教授、理化学研究所(理研)光量子工学研究センター特別顧問・副センター長の中野明彦博士らの国際共同研究グループは、細胞が外部から物質を取り込む現象であるエンドサイトーシスについて、新しい細胞内輸送経路の存在を明らかにしました。

 エンドサイトーシスは細胞外や細胞膜上の物質を小胞に包み込み、細胞内へ取り込む機構で、ヒトから酵母に至るまですべての真核生物の細胞に備わる基本的な生命現象です。この機構は、細胞による外部から栄養物質の取り込み、細胞増殖の制御、神経伝達物質の放出など、様々な生命現象において非常に重要です。そのため、エンドサイトーシスの経路の破綻は様々な疾患の発症につながり、新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスをはじめとする様々な病原ウイルスや病原細菌の感染にも深く関わっています。本研究で明らかにされた新しい細胞のエンドサイトーシス機構は、様々な基本的な生命現象の分子機構のみならず、エンドサイトーシスが原因となり引き起こされる病気の基本メカニズムの解明、および治療法の開発につながることが期待されます。

 本研究成果は、2023年7月21日に国際生命科学術誌「eLife」にオンライン掲載されました。


【研究の背景】

 ヒトを含むすべての生命体の最小単位は細胞であり、栄養の摂取、エネルギー産生、代謝など、ほとんどの生命現象は細胞単位で行われています。また、病原ウイルスや細菌が感染するのも細胞であり、増殖の異常により「がん」を作るのも細胞です。このため、細胞のはたらきが生命活動そのものであり、多くの病気の原因が細胞の異常の結果生じるといっても過言ではありません。エンドサイトーシスは、人間の体内のすべての細胞に備わる非常に基本的な生命現象であり、細胞の外部からの栄養物質の取り込みや、細胞増殖などのシグナルを調節する機構です(図1)。
 エンドサイトーシスによって細胞に取り込まれた物質は、まず初期/選別区画(エンドソーム)に輸送され、リソソームへの分解経路もしくは細胞膜への再利用(リサイクリング)経路に選別されます。細胞が取り込む物の中には、病原ウイルスや病原菌も含まれており、近年、世界中で猛威をふるっている新型コロナウイルスもエンドサイトーシスの機構を利用して細胞内に侵入します(図1)。これらのことから、エンドサイトーシスの分子メカニズムを明らかにすることは、ウイルスや細菌の感染により引き起こされる病気の治療法の開発においても重要です。

細胞におけるエンドサイトーシスの役割
図1 細胞におけるエンドサイトーシスの役割


 十島(純)教授と十島(二朗)教授らは以前の研究において、出芽酵母のエンドサイトーシス過程を可視化することのできる新しい蛍光分子マーカーの開発に成功し、これを用いてエンドサイトーシスされた分子が初期/選別区画(エンドソーム)へと輸送される機構や、トランスゴルジ網によるエンドソームの形成機構について明らかにしてきました (Nature Comm, 2014; Comm Bio, 2019、※1)。初期/選別区画はエンドサイトーシスにより取り込まれた物質(栄養、増殖因子、ウイルス、細菌など)が最初に運ばれる区画であり、ウイルスや細菌はここから脱出して細胞内へと侵入します(図1)。しかしながら、初期/選別区画は非常に動的な細胞内区画であり、また生物種によってもその区画は大きく変わることから、その実態については現在まで、多くの議論がありました。
 今回、本研究グループはこのエンドサイトーシスの初期/選別区画の実態を明らかにするために、細胞内小胞輸送の優れたモデル生物である出芽酵母を対象として、詳細に解析を行いました。

 (※1):東京理科大学プレスリリース
 「細胞に取り込まれた分子を選別する細胞内小器官エンドソームの 新しい形成メカニズムの発見 ~ゴルジ体によるエンドソーム形成の制御機構を解明~」
  https://www.tus.ac.jp/today/archive/20191115001.html

【研究結果の詳細】

 本研究グループは、十島教授らが以前に開発した出芽酵母の蛍光エンドサイトーシスマーカーを用いて、このマーカーが細胞内に取り込まれて最初に輸送される初期/選別区画を観察しました。高感度共焦点顕微鏡システムSCLIMを用いて、その微細構造を調べた結果、細胞に取り込まれた蛍光エンドサイトーシスマーカーはまず、トランスゴルジ網内に独立して存在する特定区画(図2、Tlg2区画)に取り込まれることが明らかになりました。
 また、取り込まれた後、細胞膜にリサイクルされる膜タンパク質も同じTlg2区画に局在することが分かりました。このことは、このTlg2区画がエンドサイトーシスにより取り込まれた物質をリソソームへ輸送し分解するものと、細胞膜へリサイクリングするものとへ選別する区画であることを示唆しています。
 興味深いことに、Tlg2区画は同じTGN内で分泌に関わると考えられる区画(図2、Sec7区画)とは空間的に分離しているため、分泌に関わる区画とエンドサイトーシスの選別区画は独立した区画である可能性が示唆されました(図3)

トランスゴルジ網の選別区画への蛍光エンドサイトーシスマーカーの輸送
図2 トランスゴルジ網の選別区画への蛍光エンドサイトーシスマーカーの輸送

 最近の研究において、哺乳類細胞や植物細胞においてもゴルジ体内に異なる輸送区画(ゾーン)があることが明らかになっています。今回の研究での、トランスゴルジ網内にエンドサイトーシスの選別区画が存在するという発見は、類似の輸送経路(区画)が哺乳類細胞や植物細胞などの異なる生物種においても存在する可能性を示唆しています。

トランスゴルジ網の選別区画を介したエンドサイトーシス経路の模式図
図3 トランスゴルジ網の選別区画を介したエンドサイトーシス経路の模式図

【今後の展望】

 新型コロナウイルスのパンデミックで明らかになった通り、病原ウイルス等の感染症は私達人類が最も警戒すべきものの一つです。このため、病原体の主要感染経路であるエンドサイトーシスの分子機構の解明は、今後益々重要性を増すと考えられます。
 本研究ではエンドサイトーシスにより取り込まれた物質の新しい輸送経路を発見しました。今後はトランスゴルジ網において、どのようにしてこれらの選別区画が形成されるのかを明らかにする必要があります。さらに、選別区画への物質の輸送機構や区画内での選別機構を明らかにし、病原体の細胞への感染、および感染拡大を防ぐ方法につなげることが重要です。

※ 本研究は日本学術振興会の科学研究費基盤研究(C)(22K06133、21K060871)、武田科学振興財団、ライフサイエンス振興財団、東京理科大学国際共同研究支援費の助成を受けて実施したものです。

【用語解説】

(*1) トランスゴルジ網
ゴルジ体を経由して輸送されてきた積荷タンパク質(小胞体で新しく合成されたタンパク質)を、目的地別に選別を行う細胞内小器官。網目状の構造で、ゴルジ体に隣接する。

【論文情報】

雑誌名:eLife
論文タイトル:The yeast endocytic early/sorting compartment exists as an independent sub-compartment within the trans-Golgi network
著 者:Junko Y. Toshima, Ayana Tsukahara, Makoto Nagano, Takuro Tojima, Daria E. Siekhaus, Akihiko Nakano, and Jiro Toshima
DOI:10.7554/eLife.84850

【発表者】
十島純子:東京工科大学 医療保健学部 教授 <責任著者>
塚原彩菜:東京理科大学大学院 先進工学研究科 生命システム工学専攻 修士課程2年
長野 真:国立感染症研究所 主任研究官
戸島拓郎:理化学研究所光量子工学研究センター生細胞超解像イメージング研究チーム上級研究員
Daria Siekhaus:Institute of Science and Technology, Austria教授
中野明彦:理化学研究所光量子工学研究センター特別顧問・副センター長
十島二朗:東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科 教授 <責任著者>

【研究に関する問い合わせ先】
東京工科大学 医療保健学部 教授
十島 純子(としま じゅんこ)
E-mail:toshimajk(at)stf.teu.ac.jp

東京理科大学 先進工学部 生命システム工学科 教授
十島 二朗(としま じろう)
E-mail:jtosiscb(at)rs.tus.ac.jp

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