「生物工学の手法を使って、創薬という“ものづくり”に挑む」
応用生物学部 佐藤 淳 教授
■先生の研究について教えてください。
私の研究室では、生物工学的な手法を用いて薬をつくる研究を行っています。そのひとつに、ラクトフェリンというミルクからとれる多機能性タンパク質の研究があります。このラクトフェリンは、日本ではもともと健康食品として使われているものですが、実はいろいろな機能を持っていて、医薬品として非常に期待されているのです。例えば、鎮痛や抗ストレス作用、抗酸化作用、抗ウイルス作用等、さまざまな機能があります。また現在、アメリカでは臨床試験が行われていて、非小細胞性肺がんや糖尿病性足壊疽に有効性を示しているという結果も報告されています。ところが、このラクトフェリンを医薬品化するには問題点があります。ラクトフェリンは口から飲む、いわゆる“経口医薬品”です。口から飲むと、消化管を通って腸から吸収されるのですが、その途中、どうしても胃などの消化液で分解されてしまうのです。かろうじて腸まで届き、そこで吸収されたとしても、血中の安定性が良くありません。こうした問題を解決するため、私たちは安定性を高め、分解されにくいラクトフェリンをつくろうと考えたのです。
具体的には、タンパク質性医薬品の安定化によく使われるポリエチレングリコール(PEG)という高分子体に着目し、ラクトフェリンにその高分子体を結合させてみたのです。鳥取大学との共同研究で動物実験を行い、腸管からの吸収を確認してみると、驚いたことにPEGをつけたもの(PEGラクトフェリン)の方がつけないものより吸収性が向上するということがわかりました。ただ、もともとある物質に余計なものをくっつけているので、ラクトフェリンが持つ本来の機能を損なう場合があります。そこでいくつかのPEGラクトフェリンをつくり、さらにその中からラクトフェリンの機能を高く保持している4種類のPEGラクトフェリンを選択しました。現在は、この4種類の中からさらに選別を行い、最適なものを薬にしようと開発を進めているところです。
■医薬品としての実用化は目前という段階なのでしょうか?
基礎的な研究は完成しているので、今は企業と一緒に実用化に向けた研究を進めているという感じですね。実用化するには、どういう疾患に対して、このPEGラクトフェリンを適応していくのかを考えるなど、まだまだしなければならないことがいくつもあります。薬の実用化には、開発から製造が承認されるまで、だいたい20年くらいはかかかります。ですから多くの方々の協力がなければ、成し得ないのです。また、研究室の学生を筆頭に、みんなで一緒にものをつくっていくということは、私なりにこだわっているところでもあります。長い時間をかけて、いろいろな方に関わってもらい、最終的に研究をひとつの形にし、それが世の中のためになるのであれば非常にうれしいです。ただ学生たちは、自分の携わった研究が花開くのは20年後だなんて聞かされると、めまいがするかもしれませんね(笑)。
■他にはどういった研究をされているのでしょうか?
もうひとつの研究として、「サイトカインミミック」の開発に取り組んでいます。すでに薬として利用されているサイトカインというタンパク質の機能を真似するようなものを遺伝子組換えの技術を利用してつくれないかと考えているのです。サイトカインなどのタンパク質は分子量が大きく、安定性もあまり良くないため、すぐに分解されてしまいます。また、分子量が大きいということは、腸管からの吸収も難しいということを表します。ですから私たちは、遺伝子組換え技術を使って、その大きなタンパク質の分子と同じような働きを持つものを、この世に存在しない短い配列の中から見つけるということに取り組んでいるのです。実際、この研究室ではインターフェロンというタンパク質の活性(機能)を模倣するような非常に小さなアミノ酸を取り出すことができています。ただ、本来の分子量より小さくなった分、その機能も小さくなってしまって。そこで人工的にアミノ酸の配列を遺伝子組換えの方法でランダムに変えてみて、機能の高まったものを選択するという手法で研究を進めています。
この研究に成功すれば、分子量が小さくなる分、化学合成が可能になります。つまり手軽に合成が出来るので、コスト面でのメリットがあるのです。また、分子量が小さくなるとそれだけ安定性が増す可能性があります。さらに腸管からの吸収も可能になるかもしれません。そういう期待を持って、研究を進めています。
■先生が創薬の研究に興味を持ったきっかけとは何ですか? また研究の面白さとは?
子どもの頃から生物が好きで、よく昆虫を捕まえては観察していました。捕まえた昆虫を飼うと、当然、そのうち死んでしまいます。それを「どうして死んでしまうんだろう?」と不思議に思っていて。小学生だった私は「たぶん病気になって死んだのだろう」と思ったわけです。そして「それなら薬で治せるんじゃないか」なんて単純な発想をして(笑)。そういうところから“薬をつくる”ということに興味を持ちはじめたというかんじです。こうした漠然とした思いをどこかに持ちながら、大学では工学部に所属し、遺伝子組換えなどのバイオテクノロジーに興味を持って、研究の道を歩んできました。工学部で学ぶうちに“ものづくり”に対する意識が高まり、昔、抱いていた“薬をつくりたい”という気持ちがムクムクとよみがえって来て、今に至るというかんじです。それに薬学部出身でないからこそ、違った視点での創薬研究に取り組めているのだと思います。
また、研究の面白さは、やはり“好きなことができる”という点にあります。研究をはじめるときは、自分でテーマや課題を決めるのですが、その時点で自分の思っていることに取り組めるというのがひとつの喜びです。誰に強要されるわけでもなく、自分の考えを実現できるかもしれないという可能性に挑むので、テーマ決めのところで早くもウキウキしてしまうわけです。その後の研究は、実際、ものすごく大変です。うまくいかないことの方が多いですから。でも逆にうまくいかないからこそ、小さな目標を決めて、少しずつ進めていくわけです。例え小さな目標であっても、うまくいくと非常にうれしいです。苦労して取り組んでくれた学生たちと一緒に、成功の喜びを共感できるという点にもやりがいを感じます。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
今、取り組んでいる研究を地道に続けていきたいと思っています。ひとつはラクトフェリンを使って薬をつくること。それから、タンパク質をそのまま腸管で吸収するような技術を開発できればと思います。また、薬には副作用の問題があります。そもそもラクトフェリンに目をつけた理由のひとつは、それ自体が食品由来なので、どれだけ食べても副作用がないというところでした。そういった他の人があまり目をつけないような物質に着目して、PEGのような付加価値をつけて世の中に薬として出せたらと考えています。私の研究目標は、ものをつくって世の中に提供することにあります。研究開発したものは、実際に使ってもらってはじめて意味があるのではないかというふうに考えているのです。
[2009年6月取材]
■生物創薬(佐藤淳)研究室
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=5
・次回は8月14日に配信予定です。
2009年7月10日掲出