「肌を健やかに保つ、安全で効果の高い新素材を求めて」
応用生物学部 前田憲寿 教授
■先生の研究室では、どんなことに取り組んでいるのですか?
「美科学研究室」では、健康な皮膚と、その皮膚を健やかに保つための化粧品について研究しています。医学部では病気の皮膚の研究をしますが、ここでは健康な皮膚を扱います。ただ、健康な皮膚と言っても、冬場は乾燥して肌が荒れたり、太陽を浴びると紫外線でシミができたり、加齢によってシワが出てくるということがあります。また、若い時期には皮脂の分泌が盛んで、ニキビができますよね。そういう肌のトラブルを遺伝子レベル・細胞レベルで調べたり、あるいは自然界にある多種多様な化合物を調べることで、肌のトラブルに効果のある新しい素材を開発しようと試みたりしています。ですからここで扱う化粧品とは、メイクアップではなくスキンケアになります。女性はよくご存知だと思いますが、メイクアップで美しく見せるにも土台となる素肌が健やかでなければなりません。例えば肌が荒れていると、ファンデーションの乗りが悪いなんて言うように、肌の健康はメイクアップにも影響します。この研究室では、まず美しさの土台となる皮膚の健康を考えようということで研究に取り組んでいるのです。
■具体的には、どういった研究例がありますか?
自然界に素材を求めた例ですと、ニュージーランドに生育するトタラというマキ科の木から抽出したトタロールという成分の研究があります。この研究では、約1000種類の植物をスクリーニングして、その中から効果のある成分を選んでいくという地道な作業を行いました。そして、このトタロールには、今ある医薬部外品の美白有効成分のどれよりも高い美白効果があると判明したのです。また、従来の美白のメカニズムとは違った、新しいメカニズムがあるということもわかっています。
私たちが太陽光を浴びると、皮膚は紫外線から細胞を守るために肌を小麦色にしたり、ときにはシミやソバカスをつくったりします。このような日焼けやシミ・ソバカスの原因となるのが、メラニン色素です。皮膚の表皮の最下層には、メラノサイトという細胞があり、その中にはメラノソームというメラニンをつくる器官があります。そこへチロシナーゼという酵素が入ってくると、メラノソームはメラニンをたくさんつくりはじめます。やがてそのメラノソームが成熟して黒くなり、表皮細胞、つまり皮膚を構成している細胞に分配され、皮膚が黒く見えるようになるのです。これまでの美白成分は、メラニンをつくるチロシナーゼという酵素の活性を抑えることで、メラニンの生成を抑制するというものが主流でした。ところがトタロールには、チロシナーゼの活性を抑えつつ、メラノソームがだんだん黒い色に成熟するのを抑える働きがあるのです。現在は、外部の企業と協力して、このトタロールの商品化を目指しています。
その他、ニキビの原因であるアクネ菌に対して抗菌作用のある植物由来の素材や、紫外線を長く浴びることでコラーゲンが変性して皮膚が硬くなる光老化が起きますが、この光老化を防ぐ素材や肌の保湿作用のあるヒアルロン酸や乾皮症を防ぐフィラグリンを増やす素材についての研究も進めています。また、新しい素材の発見だけでなく、化粧品に使用されている既存の原料の再評価や、健康に良い大豆や卵黄などの食品に含まれる活性成分の肌への効果に関する「肌に良い食品」の研究にも取り組んでいます。いずれの研究でも、安全性が確かで医薬品並みの高い効果が期待できる素材を開発しようと試みています。
■皮膚の健康という研究テーマは、学生が興味を持ちやすい内容ですね。
非常に身近な、自分の皮膚ででも調べたり実験したりできますから、学生たちにとって身近なサイエンスといえます。学生の中には、自分がアトピー性皮膚炎だから、あるいはニキビがひどいからその研究をしたいという人もいますし、「なぜ枝毛ができるのか?」という疑問から入ってくる人や、くせ毛を直すための研究をしたいという人もいます。みんな学びの動機は、身近なところにあるんですよね。ですから応用生物学部では、皮膚科学や化粧品科学といった授業も用意しています。それらを学んで、自分の持っている疑問に、何かしら科学的な答えを求められるようになってくれればと思っています。
また、この研究室では、生物学的なことにも化学的なことにも取り組めます。例えば、化学の部分では、自然界にある天然物からいろいろなものを抽出して、成分を分析することができます。植物が持つ1000種類以上の成分の中から1つを取り出し、その化学構造をNMR(核磁気共鳴装置)やMS(質量分析装置)といった最先端機器を使って明らかにすることができるのです。また、生物学的な部分では、培養細胞を用いて美白剤や抗シワ剤・アンチエイジング素材などのメカニズムを調べ、どうすれば安全性が高く、もっと効果の高い美白剤や抗シワ剤・アンチエイジング素材が得られるかというようなことを研究することもできます。また、学生には研究したことを積極的に学会で発表させ、幅広い意見に耳を傾けるように指導しています。
■先生が皮膚の研究に進まれたきっかけとは? また研究の面白さとは何ですか?
私は薬学部の大学院を修了後に医学部の大学院で皮膚科学と遺伝子工学を学びました。大学の同期のほとんどは医薬品会社の研究所に就職しましたが、私は当時、まだそれほど研究されていなかった薬用化粧品の分野で開発をしたいと思っていたので、当時国内化粧品のトップメーカーの株式会社資生堂に勤めました。というのも医薬品の場合、ひとつの薬を開発するのに20~30年くらいかかります。30年勤めたけれど、ひとつも薬を開発できなかったなんて話は、新薬開発の世界では珍しいことではありません。私は、できるならば短期間で何かを開発したいと思っていました。それで医薬部外品の開発をしようと化粧品メーカーに就職したのです。企業の研究員時代には、アルブチンやトラネキサム酸、ビタミンC誘導体、機能性植物エキスなど、いくつもの開発を手がけ、人気の美白化粧品や高級化粧品の企画・開発にも携わってきました。ですからやはり「自分の研究が世の中のためになる」ということが研究の醍醐味であり、大事にしている部分だと感じています。自分が見つけたもの、つくったものが世に出され、人々がそれを使って喜んでくれるならば、それは研究として成功ですし、やりがいでもあります。学生たちには、この辺のことも良く話しています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
応用生物学部には、全国に先駆けて化粧品や肌を科学する「先端化粧品コース」が設けられ、各地から入学したいという学生が集まってきています。最近では、他大学にも化粧品の研究を扱うところが出てきていますが、そういう意味では、パイオニアである本学にしかできない研究や教育というものを今後も実施していかなければならないと感じています。
また、研究室から巣立った学生が化粧品や医薬品の研究所に勤めて、共同研究ができるまでに育ってくれたらうれしいですね。これまでにも、卒業生から共同研究の申し込みがありましたが、その数が増えると良いなと思っています。それを実現するためにも、学生をきちんと指導し、しっかり研究できる人に育てたいです
[2009年12月取材]
■美科学(前田憲寿)研究室
http://www.maeda-lab.com/
・次回は2月12日に配信予定です。
2010年1月8日掲出