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唾液によるインフルエンザ抗体測定の有⽤性を⽰す論⽂発表---医療保健学部

2022年2月9日掲出

■簡便かつ効率的な診断や経⿐ワクチンの効果判定などに期待
 東京工科大学(学長:大山恭弘)医療保健学部の横田恭子教授らの研究グループは、唾液によるインフルエンザウイルスの特異的IgA抗体測定の有用性を示す論文を発表しました。
 本研究成果は、同学部臨床検査学科の学生ボランティアや卒業研究生の協力によるもので、2022 年2月7日に科学誌「PLOS ONE」オンライン版に掲載(注1)されました。


【研究背景】
 インフルエンザウイルスにはA型(H1N1とH3N2)とB型(2系統)の4種類があり、毎年冬に季節性インフルエンザを引き起こします。その年にどの型が流行するのか正確な予測は難しく、またゲノムRNAの遺伝子変異頻度が高いため、毎年変異に応じたワクチンが作製され接種されているものの、その感染防御効果は限定的です。インフルエンザのような上気道感染するウイルスの場合、粘膜IgAが感染防御に重要な役割を果たすことが以前から指摘されており、国内でも従来の皮下接種に代わる経鼻ワクチンの開発と実用化がすすめられています。一方、インフルエンザの診断の多くは鼻咽頭ぬぐい液でなされ、粘膜で誘導される抗体も鼻洗浄液を使って測定されています(注2)。同手法では、大量の生理食塩液を使い採取が容易でないことや、抗体を測定するには鼻洗浄液を100倍程度濃縮する必要があります。より簡便に採取できる唾液により膜免疫応答が解析できれば、容易に診断が可能になると考えられます。実際に、新型コロナウイルスの感染では唾液中にウイルスのみならず特異的IgAやIgG抗体が検出されている(注3)ことから、唾液はインフルエンザを含めた様々な上気道感染の診断、あるいは経鼻ワクチンの効果判定のための有用な検体になると期待されます。
 臨床検査学科では、2017年より研究協力に同意した学生のインフルエンザ感染時や同ワクチン接種前後の唾液と血液を保存してきました。2019年末から2020年1月にかけてのA型(H1N1)流行時に、感染前から唾液を保存していた研究協力者十数名が罹患し一定の検体数が得られたことから、唾液中の抗体測定の有用性を評価しました。


【研究⽅法と内容】
 インフルエンザ特異的IgAおよびIgG抗体量をELISA法(注4)で測定し評価しました。国立感染症研究所の協力のもと、スタンダード抗体としてH1とH3のHA(ヘマグルチニン)(注5)を幅広く認識する単クローン抗体(FI6-IgG)の多変領域遺伝子をもとに組換え型IgAを作製し、血清と唾液中のインフルエンザ特異的IgAおよびIgG抗体量を測定しました。唾液中のIgA量は個体差や日内変動が大きいことから、IgAは唾液中の全量に対する特異的IgA量を計算しました。7例の検体について、感染前、感染後10日前後(感染初期)および1ヶ月後(感染後期)の時点における唾液中のIgGおよびIgA抗体の量を測定しました。この結果、IgAは感染初期で70倍近くに増加し感染後期には10倍程度に減少したのに対し、IgGは感染初期よりも感染後期に増加率が高いことが示されました(図1)。一方、通常の皮下接種ワクチン接種前後の唾液ではこのような特異的IgAの増加は認められませんでした。


[図1] インフルエンザ罹患者の唾液中抗体価の変動(左は測定値、右は抗体増加率)


 また興味深いことに、濃厚接触者でインフルエンザを発症した2名(図2/A,B)および無症状1名(図2/C)の検体を解析したところ、Cでは直前のワクチン接種により血中IgGは高値を示しており、唾液中 IgAおよびIgG抗体は他の2名と同程度検出されました。感染前のCの唾液が保存されていなかったため、このIgA抗体が感染由来かどうかは不明であるものの、濃厚接触時の不顕性感染あるいはワクチンによる感染防御の可能性を示唆するものと言えます。 


[図2] 3例の濃厚接触者の血中抗体(グラフ左)および唾液中抗体(グラフ中央/左)


【社会的・学術的なポイント】
 インフルエンザでは、唾液は検体としてこれまで注目されてきませんでしたが、本研究では唾液を使った粘膜抗体測定が有用であることが明らかとなりました。今後、その他のコロナウイルスも含めた上気 道感染ウイルスに対する宿主の粘膜抗体応答が、唾液を用いて簡便かつ大量・網羅的に解析できる手法の開発につながることが期待されます。

【用語解説】
(注1) 論文名: Saliva as a useful tool for evaluating upper mucosal antibody response to influenza
(掲載URL:https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0263419)
投稿者: Yasuko Tsunetsugu-Yokota1,3,*, Sayaka Ito1,2, Yu Adachi3, Taishi Onodera3, Tsutomu Kageyama4, andYoshimasa Takahashi3
1) Department of Medical Technology, School of Human Sciences, Tokyo University of Technology
2) Department of Health Sciences, Saitama Prefectural University
3) Research Center for Drug and Vaccine Development, National Institute of Infectious Diseases
4) Center for Emergency Preparedness and Response, National Institute of Infectious Diseases

(注2) 参考論文: Ainaiら doi: 10.4161/hv.25458. PubMed PMID: 23896606; doi: 10.1111/1348-0421.12775. PubMed PMID:31957054.

(注3) 参考論文: Pisanic ら doi: 10.1128/JCM.02204-20. PubMed PMID: 3306727、Ceronら doi: 10.3390/jcm9051491.PubMed PMID: 32429101.

(注4) ELISA(酵素結合免疫吸着測定)法:ここでは、抗原を固相化してそれに反応する血清抗体、次いでヒトのIgAあるいはIgGに対する抗体と反応させ、酵素による発色反応と組み合わせて抗体量を測定する方法

(注5) HA(ヘマグルチニン):インフルエンザウイルス外被表面のタンパク質で、血球凝集をおこす。抗原性が高く、これが細胞の受容体と結合することによりウイルスが細胞内に侵入する。


■東京⼯科⼤学医療保健学部 臨床検査学科 横⽥・伊藤研究室
卒業研究の主なテーマは
1) インフルエンザやコロナウイルス感染あるいはワクチンで誘導される宿主免疫応答
2) HIVやHTLV-1感染により影響を受ける自然免疫系遺伝子発現

■医療保健学部 臨床検査学科WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/mt/index.html