酸素の毒から身を守る“抗酸化物質”を利用して、化粧品や医療に役立つものをつくろう!
応用生物学部 藤澤 章雄 准教授
大学院時代からビタミンEの研究を始め、1999年には、鮭の卵(イクラ)から新しいビタミンE(Marine-derived tocopherol)を発見した藤澤先生。本学では「抗酸化物質化学研究室」を率い、抗酸化物質の化粧品や医療への応用に取り組んでいます。今回は代表的な研究例と研究の魅力について語っていただきました。
■先生の研究室では、どんな研究に取り組んでいるのですか?
私の研究室では、抗酸化物質について研究しています。抗酸化物質とは、私たち人間を含め、酸素を吸って生きている動物が、酸素の毒性から身を守るために体内につくった防御機構の一つです。酸素の毒性というと驚かれるかもしれませんが、生物にとって酸素はなくてはならないものであり、同時に“毒"でもあるのです。というのも、酸素は鉄を酸化して錆びさせたり、紙を燃やしたりするように、人間の体の中も酸化させ、老化や病気の原因をつくります。それを細胞レベルで防いでいるのが、抗酸化物質です。その抗酸化物質の中でも、私はビタミンEに注目して研究をしています。ビタミンEと聞くと、ひとつの化合物のように思われるかもしれませんが、実は同族体の総称で、これまでに世界で10種類のビタミンEが発見されています。そして、私たちが大学院時代にその10種類目を、鮭の卵、つまりイクラから発見しました。名前は色々悩んだ末、海洋由来のビタミンEということで「Marine-derived tocopherol」(MDT)と名付けました。大学院時代は、このMDTを使った研究に取り組んできました。例えば地球上に棲む魚は、みんなMDTを持っているのですが、その濃度はそれぞれ異なります。調べてみたところ、鮭やマス、チョウザメといった冷たい海に棲む魚の卵は、非常にたくさんのMDTを持っています。ところがグレートバリアリーフなどの熱帯域の海に棲む魚の卵は、ほとんど持っていません。ところが南極までいくと、今度はまた持っている率が上がります。つまり冷たい海の魚の卵に多く含まれているということですね。そこからMDTには、寒冷水域で何か生理活性があるはずだと予想を立てて調べたところ、寒冷水域のような環境では、よりMDTの抗酸化性が高くなることがわかりました。ただ、この効果は魚のように低温になる動物に限ったことで、体温が37度くらいある人間などの動物では効果がありません。ですから私が見つけたビタミンEは、魚は喜びますが、人を喜ばせるところまでは至っていないのです(笑)。もし実用化が考えられるとすれば、今、養殖場の魚に色々なサプリメントが与えられているそうなので、そういうところに需要があるかもしれませんね。一方、ビタミンEの人への利用ということでは、化粧品にビタミンEを応用する研究があります。ビタミンEは脂に溶けやすい性質で、実物もドロドロとしたものです。ですから本来、水には溶けません。しかし、日本ではスキンケア商品として一番売れるアイテムが化粧水だそうですから、ビタミンEを水に溶ける形にして化粧水に配合できれば面白いなと思っています。そこで当研究室では、ビタミンEにいろいろな化学修飾をして、皮膚から取り入れやすく、しかも化粧水に入れられるビタミンE誘導体を開発しようと研究しているところです。その一環としてつい最近、何種類かのビタミンE同族体のリン酸化体を合成したところです。
■他にはどんな研究をされていますか?
特に力を入れているものに、酸化ストレスに関する研究があります。最初にお話したように、人間の体は酸化されることで、いろいろなダメージを受け、それが病気や老化の原因となっています。そういう酸化反応によって引き起こされる、生体に有害な作用を酸化ストレスと言います。ただ、ひと口に酸化ストレスと言っても、それほど単純なものではありません。そもそも酸化ストレスを引き起こす活性酸素には、いろいろな種類があり、その種類ごとに反応の形態は違います。例えば、私が研究を始めた当時は、フリーラジカルばかりが話題になっていました。しかし最近は、フリーラジカル以外にも重要な活性酸素種があると考えられるようになってきています。つまり体内では、さまざま活性酸素によって、さまざまな酸化的イベントが起きているのです。ですから、どういう活性酸素種によって、どういうことが起きているのかを調べることができれば、その対処方法も考えることができるわけです。とりわけ医療現場では、そうした研究の重要性が高まっています。というのも、例えば脳梗塞や心筋梗塞になって、一時的に血流が止まり、再び血流が流れ始めたときには、酸化障害が起きることがわかっています。活性酸素によって細胞が傷つけられるんですね。それを防ぐために日本では「ラジカット」という、脳神経が酸化されるのを防ぐ薬が使われています。とはいえ、脳梗塞を起こした患者さんの脳の中で、どの種類の酸化が起こっているかまでは、今のところわかりません。逆に言えば、それを把握できれば、診断や治療に繋げられるのではないかと考えています。そこで私たちの研究室では、どの活性酸素種が酸化的イベントを起こしているのかが正確にわかる「酸化ストレスマーカー」をつくろうと取り組んでいます。この場合も、対象は抗酸化物質になります。抗酸化物質は活性酸素種に対して、体内で最も感受性が強い物質です。もし酸化的イベントが起きれば、真っ先に抗酸化物質が反応します。活性酸素に抗酸化物質が反応すると、必ず反応生成物ができます。それを捉えて、どういう種類の活性酸素種が出ているかを調べられるようにしたいと思っています。
■先生が抗酸化物質に興味を持ったきっかけとは何だったのですか?
大学時代は、今、本学部で教授をされている山本順寛先生の研究室に所属していました。当時は野球に夢中で、あまり勉強はしていませんでしたが、研究は面白いと思っていて。卒業後、就職して社会人野球をしていたのですが、野球の引退を機に、再び研究をしようと大学院へ戻ったんです。そのときに、山本先生から実験用のネズミの話を聞きました。実験用のネズミは、普通に飼うと3年ほど生きることができますが、そのネズミを、100%濃度の酸素の中に入れると、なんとわずか3日間しか生きられないという話です。化学的に見れば、それだけ酸素は反応性が強く、毒性の強い物質だと言えるのです。しかし、生物はその酸素を使わないことには生きられない。化学専門の私からすれば、それはかなり不思議なことでした。そこから“酸化”というものに興味を持つようになったんです。ただ、山本先生は私が学部生の頃にも、ネズミの話はしたとおっしゃっていましたけどね(笑)。
■では研究の面白さとは、どんなところにありますか?
研究をしていると、いろいろなアイデアがわいてきます。そして、それを確かめるために、こんな実験をしてみよう、あんな実験をしてみようと思うわけです。そういうところが、一番楽しいんじゃないかと思いますね。また、この分野では、自分が考えた実験を具現化するために、自分で装置をつくらなければなりませんが、そのアイデアを考えるのもまた楽しいところです。
■最後に、今後の展望をお聞かせください。
月並みですが、研究者としては、どんな形でも良いので社会に貢献したいと思っています。ひとつはやはり医療に対して、化学を研究している立場の人間として、少しでも貢献したいですね。また、学生指導に関しても力を入れて、しっかり取り組んでいきたいと思っています。私自身、そんなに出来の良い学生ではなかったのですが、指導者に恵まれて、いろいろと良い指導を受けることができたから、今があると思います。そういう恩恵を学生たちに、還元したいという思いを持って、指導しています。
■応用生物学部
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・次回は3月9日に配信予定です。
2012年2月10日掲出