まだ見ぬ未来の生活環境の中で、コンピュータに何ができるか考えて形にしよう!
コンピュータサイエンス学部 井上亮文 講師
これまでにない体験を人々に与えることができるコンピュータの可能性に魅せられ、ICTの分野に飛び込んだという井上先生。現在は、人とうまくやりとりできるコンピュータやソフトウェアを考えるHCI(Human Computer Interaction)の研究をされています。今回は、その研究の一部をピックアップして、お話しいただきました。
■先生の研究室では、どのようなことに取り組んでいるのですか?
簡単に言えば、コンピュータの技術を使って、住環境全体をどう便利に、あるいは楽しくするかということを研究しています。家具や電化製品などのプロダクトレベルでの研究開発も含めて、リビング全体や寝室全体といった住空間全体を対象に情報化・知能化することで、生活全体の質を向上させたいと思っているのです。もともとコンピュータは、弾道や化学反応の計算に用いられるなど、科学者のためのものとしてありました。それがやがてノートパソコンやデスクトップパソコンの形になり、仕事道具という位置づけになったわけです。そして現在では、ご存知のように、使う人も使い道ももっと幅広いものになりました。身近なところに目を向けてみても、スマートフォンやゲーム機、液晶テレビ、DVDやBDレコーダーと、コンピュータの機能を持つものはたくさんあります。しかも、パソコンのような形をしていないもののほうが多くなっているので、これまでのようにキーボードやディスプレイがあって、文字でやりとりをするという使い方とは当然、変わってきています。つまり時代が変われば、コンピュータの形も使われ方も変わるのです。その変化に合わせた新しい使い方について、コンピュータやソフトウェアを色々と試作しながら研究しているのが、この研究室になります。
■具体的には、どういった研究例がありますか?
例えば、「テーブル型コンピュータ」の研究があります。テーブル型コンピュータは、スマートフォン(以下スマホ)やタブレット型コンピュータ(以下タブレット)のように画面にタッチすることで操作する技術を使って、どこの家庭にもあるテーブルの盤面全体を大きなタッチスクリーンにしたコンピュータです。スマホやタブレットは、サイズから考えても一人で使うものなので、みんなで一緒に触って使うということはしませんよね。ところが、それがテーブルくらいの大きさになれば、複数の人と同時に使うことができるようになるわけです。そうすれば例えば、ネットワークを利用して、その場にいる人はもちろん、離れた場所にいる人たちとも一緒にテーブルを囲んでカードゲームをするなんてことも可能になります。そこで当研究室では、実際にテーブル型コンピュータをつくり、それでカードゲームをするには、どんなことが必要かということについて考えています。例えば、なめらかで自然な動きの画面表示。製作したテーブル型コンピュータは、その盤面とスマホの画面を連動させていて、テーブル上に映しだされたカードの映像に指で触れて、そのままスマホまでドラッグしていくと、そのカードがスマホ画面に入って表示されるようになっています。このとき、カードの侵入角度や方向がスマホ画面でも反映された状態で表示されないと、違和感がありますよね。つまり斜め向きにカードを入れたら、スマホ画面にも斜めから入ってくる形で表示されないと不自然に感じるのです。ところがコンピュータは、そういう対応が苦手なので、画面に対して垂直水平に表示してしまいます。そうならないように、連続した、なめらかで違和感のない動きを実現させることで、使っていて気持ちのよい、不自然さのないシステムを構築しようと取り組みました。自然な動きができれば、テーブル上に映しだされたカードでも、実物のカードで遊んでいる感覚と同じように遊べるはずです。そうなれば今後、タッチ式のテーブルを囲んで、みんなでわいわい遊ぶゲームが出てくる可能性は高いだろうと考えられます。このように、次世代のゲームがどんな形になるのかということも、当研究室が取り組む研究テーマのひとつです。ちょうど今、それに関する面白い研究プロジェクトも進んでいるところですよ。
■それは、どういう内容の研究ですか?
今までのゲームは、テレビ画面や携帯電話・スマホ画面の中でプレイするものでした。でも将来的には、そういう画面からゲームキャラクターがはみ出していくのではないかと考えています。それを実現するのが、プロジェクターです。つまり、将来の携帯ゲーム機にはプロジェクターが搭載されるべきだと考えているんです。今、そういう研究に、大学院修士課程の学生が一生懸命、取り組んでいるところです。具体的には、コントローラにプロジェクターを搭載し、そこから投影されるゲームキャラクターを使って、部屋の壁や床で対戦するというものです。壁面に映しているときは、ヘリコプターの映像が投影され、シューティングゲームができます。そのままコントローラを下方へ傾けて、ヘリコプターの映像を床の方に持っていくと、壁と床が切り替わるところで、キャラクターがヘリコプターから車に乗り換えるアニメーションが出て、ヘリコプターから車の映像にかわります。そしてそのまま床では、車のレースゲームができるのです。現在は、壁や床に置いてある棚や家具などを障害物として認識するよう開発を進めています。つまり家の中にあるものが、すべてステージのいち要素になり、ヘリコプターや車が棚などの障害物にぶつかれば爆発するようになります。2つのコントローラで遊んだ場合も、2台のヘリや車が合わされば、ちゃんと衝突を認識します。そういうことも画像処理で検出できるんです。遊び場の環境によって障害物は変化するので、同じステージはふたつとしてありません。そういうふうに、将来のゲーム機やエンターテインメントがなっていかないかと考えて、研究しています。
■研究を進めるうえで、心がけていることを教えてください。
ひとつは、全て自分たちの手でつくるということです。コンピュータの使い勝手はシミュレーションではわかりません。つまり実際のものをつくるところから研究が始まるのです。また、必要なデバイスも、基本的には自作することを心がけています。例えば、テーブル型コンピュータには、タッチを認識する天板が必要でした。それは高いお金を出せば買えるのですが、買ってしまっては技術者として何の勉強にもなりません。タッチスクリーンの基本原理は明らかにされていて、半導体を使ったものは無理でも、ごく単純な赤外線を使った仕組みで実現する理論はわかっています。そこで自分たちで必要なものをホームセンターで揃えて、タッチを認識するスクリーンを自分たちで製作したのです。コンピュータはブラックボックスの部分が多く、全てを知ることはできませんが、最低限、基本的な原理は明らかになっています。そして、それを知らないと、実は新しいことは何もできないのです。ですからこの研究室では、高校時代に学んだ物理などを復習するなどしながら、ものづくりを進めています。実際、赤外線を使ったタッチ認識は、物理の光の原理です。タッチパネルにはそれが関係しているというところから、学生みんなで勉強し始めます。そういう基礎を研究過程で知り、身につける、あるいは復習することを大事にしているんです。というのも基礎原理の知識は、色々なことに応用できるからです。実際、光の原理から発想を得て、蚊帳とプロジェクターで寝室の天井やベッドに映像を表示し、映しだされたキャラクターとユーザーが音声やレーザーポインタで対話できるという新たな研究に取り組んだ学生もいます。また、常に学生が手を動かして、何かをつくっているところも、当研究室の特色です。卒業研究は最終的には1テーマですが、私としては在学中に卒業研究以外のものをいくつつくれるかを重視しているんです。つくったという実績は、学生の自信につながるし、絶えず何かをつくっていれば、その中から自ずと卒業研究のテーマも見つけられるからです。
■今後の展望をお聞かせください。
大きな夢としては、大多数の人が相当な時間を過ごす生活空間において、コンピュータでできることをひとつでも増やしたいと思っています。私たちは将来、生活の中でどんなことができるようになるのか、まだ全くわかっていません。今は自宅のリビングで映画などのコンテンツを観ながらくつろいだりしていますが、今後はきっとハードウェアや人間のすること自体が変わってくるはずです。そういう未来を見据えて、ソフトウェアとハードウェアを組み合わせた新しいインターフェースをつくっていきたいと思っています。
また身近な目標としては、これからのエンターテインメントのあり方を考えていきたいですね。生活環境の中で、エンターテインメントがどうあるかということは、今もかなり考えています。最近はスマホのゲームが盛り上がっていますが、この形はまだまだこれから変化するはずです。それがどんなものになるのかという研究にも力を入れていきます。
なめらかで自然な動きの画面表示
■ヒューマンインタフェース研究室(井上研究室)
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/com/dep.html?id=166
■コンピュータサイエンス学部WEB
https://www.teu.ac.jp/gakubu/cs/index.html
・次回は8月7日に配信予定です。