イチゴや桃など、冷凍保存が難しい農産物を保存する技術を開発して、一年中、おいしく食べられるようにしたい!
応用生物学部 梶原一人 教授
食品に関する研究を幅広く手がけている梶原先生。前回の取材では“食感”という角度から冷凍食品をさらにおいしくするための研究についてお話しいただきました。今回は、それとはまた別のアプローチとして、農産物の保存に関する研究について伺いました。
過去の掲載はこちらから→ https://www.teu.ac.jp/interesting/016796.html
■今、先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのでしょうか?
前回お話しした冷凍食品に関する研究は、現在も変わらず続いています。今回は、新しい取り組みについてお話ししようと思います。今、この研究室では、農産物の保存に関する研究に力を入れているところです。ここで言う農産物とは、野菜や果物のことです。冷凍の野菜というのは、スーパーでも目にすることがありますよね? 例えば、トウモロコシやニンジンなどを含むミックスベジタブル、ブロッコリー、枝豆なんかも冷凍食品であります。ですが、すべての野菜や果物が冷凍で売られているわけではありません。というのも、冷凍保存できる農産物は、今のところ数が限られているからです。特に冷凍が難しいのは、イチゴや桃、それに葉もの野菜です。例えばイチゴを冷凍して解凍すると、色が悪くなり、ドリップと呼ばれる汁が出てきて軟らかくなってしまいます。そういう冷凍が難しい農産物を、どうすれば冷凍保存できるようになるかという研究をしています。
実際に当研究室では2つの方法を実験したのですが、その内のひとつは、浸透圧脱水凍結法というものになります。例えば、水を凍らせて氷にすると、膨張して体積が増加しますよね。それは農産物に含まれる水分も同じで、農産物を凍らせると、細胞の中に入っている水が膨張して細胞膜や細胞壁を壊し、結果、解凍したときに、先ほどのイチゴの例で挙げたようなドリップと呼ばれる汁が出た状態になり、軟らかくなってしまうんです。そこで農産物の中から水分を抜いて凍らせてみようと取り組んだのが、浸透圧脱水凍結法を用いた研究です。具体的には、濃度30%、40%、50%のスクロース溶液(砂糖水)を用意し、それぞれの中に1cm程度に切ったニンジンやキュウリのサンプルを入れて、5時間脱水し、その後、表面の砂糖水を0.9%の塩化ナトリウム溶液で洗い取ってからマイナス18℃とマイナス55℃の冷凍庫内で、24時間から1週間の期間、それぞれ保存します。その後、解凍して0.9%の塩化ナトリウム溶液に浸けて水を再吸収させたサンプルの物性について調べました。ニンジンの場合は、この方法で解凍後の軟化を防ぐことができたのですが、ニンジンと構造の異なるキュウリでは、まったく違う結果が出たんです。レオメーターという機械を使って、サンプルの軟らかさや硬さ、つまり食感などのテクスチャーについて調べたところ、破断強度という細胞壁に関わるものは、凍結時間の長さに関係なく、一度凍ると、どれほど時間が経っても大きく変わらないということがわかりました。また、濃度の高い砂糖水で脱水したものほど、破断強度が上がっていくことも判明しました。ですから脱水の効果は、マイナス18℃でもマイナス55℃でも出ていることになります。一方で、初期弾性率という細胞膜に関わるものは、どちらの温度下でも低下していました。また、この実験では驚くべき結果が出ています。というのは、脱水を行っていない生鮮のきゅうりをマイナス55℃で冷凍保存した場合、不思議なことに破断強度は脱水したサンプルと同等の値を保ち、さらに初期弾性率は脱水したものよりよいという結果が出たんです。というわけで、今はこの“マイナス55℃”という温度に注目していて、なぜマイナス55℃だと脱水していないのに、よい結果が得られるのかということについて、答えを探っているところです。その一環で、急速凍結でも同様によい結果が出るのかと、マイナス196℃の液体窒素に生鮮のきゅうりを浸ける実験も行いましたが、結果、割れてしまいました。ですから、何か適切な凍結速度というものがあるのかもしれないと思って調べているところです。
■では、実験したもうひとつの方法についても教えてください。
もうひとつは、ガスハイドレートを利用したものです。水の中にニンジンを入れ、そこにXe(キセノン)という不活性ガスを加圧して入れると、Xeが溶液内に入って行き温度を下げると、Xeを中心に氷のような結晶状態をつくります。結晶状態になると、いろいろなものの動きが止まりますから、凍結状態と同じようになります。ですからこの場合のニンジンも、Xeを使って凍結させた状態となったわけです。それがガスハイドレートを用いた実験です。この実験でも、サンプルの破断強度と初期弾性率について測定しました。生鮮のニンジン、Xeガスを入れていないニンジン、Xeにかけた圧力が0.4MPaのもの、0.7MPaのものと、計4つのサンプルを用意し、それぞれ物性を比較したんです。ちなみに、かけた圧力が大きいほど、Xeの量が多いことを意味しています。比較の結果、Xeの圧力の違いは、それほど大きく食感などのテクスチャーに影響しないことと、Xeを使ったほうが使わないより結果がよいということがわかりました。また破断強度については、Xeハイドレートしたものが、生鮮のニンジンの数値と近い値になったので、効果があると明らかにできました。一方で初期弾性率は生鮮のものよりかなり落ちました。また、0.4MPaのほうが0.7MPaより初期弾性率が生鮮のニンジンに近く、結果としてよかったということもわかっています。今のところ、こういう形で結果が得られているので、今後、さらに研究を進めていくつもりです。また、Xeは値段的に高いという問題があるので、こうした基礎研究に用いてメカニズムを解明した後、将来的には二酸化炭素など安価な気体を使って実用化していこうと考えています。いずれにしても、まだ色々とブレイクスルーしなければならない部分がたくさんあって、最終目標であるイチゴや桃を保存するところまでは、ほど遠い状況です。しかし、それが実現できれば、一年中、おいしいイチゴや桃が食べられるようになります。私自身、桃が大好きで、一年中食べたいと思っているので(笑)、なんとか実現できるように挑戦を続けていきたいですね。
■先生が農産物の冷凍保存を研究しようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
もともと私自身もこの研究室も、色々な保存に関する研究をしてきたんです。当初は、酵素の常温保存について研究をしていました。酵素は一般的に室温に置いておくと不安定になるため、冷凍保存や冷蔵保存をしています。また、酵素は幅広い分野で活用されているものです。例えば医療分野においては、血糖値の高低を診断するのに、酵素反応を使って測定するなど診断薬として使用されています。そういう酵素をもし常温で保存できるようになれば、砂漠や戦地、災害地など、冷蔵庫がないところにも持って行けるので、さまざまな医療活動ができますよね。ですから、常温保存できるということは、すごく重要な技術ではあるんです。その研究に取り組んだ後に、クマムシの研究を始めました。ご存知かもしれませんが、クマムシは乾燥させると乾眠した“樽(tun)※”状態と呼ばれる状態になります。そうすると、生物として最強になるのです。何が最強かというと、10年くらいそのまま放っておいても生きているし、液体窒素をかけてもX線を照射しても生きていられるんです。そして、水をかけてやると、乾燥状態から解かれて元に戻り、生命活動を再開します。そこで、どのようにしてクマムシ自体が保存されているのか、そのメカニズムを解明しようと研究をしてきましたが、謎のままです。そこから最近、野菜や果実の保存へと移ってきたという流れです。ですから扱う対象は違っていますが、大きくは保存に関する研究をしてきたということになります。
※tun(樽のこと)、タン(tun)状態
■最後に今後の展望をお聞かせください。
研究室では、ハチミツの物性に関する基礎研究も行ってきました。ハチミツの大もとである花の蜜はショ糖で、それを蜜蜂が吸って体内でグルコース(ブドウ糖)とフルクトース(果糖)の2つに分解し、80%くらいの糖水溶液にするわけです。それがハチミツです。単純に考えるとその糖水溶液は、室温で結晶化しそうなものなのですが、冬にならないとあまり結晶化しませんよね。ハチミツの中には、アミラーゼやインベルターゼという酵素が入っていて、安定的に存在しています。ですからハチミツには、もしかしたら酵素を安定的に保存させる能力があるのかも知れないと私は睨んでいて、それを使ってハチミツの中で人間に必要な酵素を安定的に常温保存できないかと考えています。それによって、例えば食後、リパーゼやプロテアーゼなどの消化酵素を保存したハチミツを舐めることで、消化を助けるというようなことができないかと。今、その実験方法について、考えているところです。この研究は、昨年始めたところで、データ的にはまだうまくいっていません。この研究も大きく言えば保存シリーズですが、今後はこのハチミツを利用した保存について、ちょっと力を入れて研究を進めていこうかと思っています。
■高機能性食品(梶原一人)研究室
https://www.teu.ac.jp/info/lab/project/bio/dep.html?id=22
・次回は10月11日に配信予定です。