経験や感覚だけに頼らない、工学的センスを持った臨床工学技士を育てたい。
2013年12月13日掲出
医療保健学部 臨床工学科 苗村 潔 准教授
医用機械工学を専門とし、医療に用いる機械について研究している苗村先生。実際の医療現場で使われている機器の基礎研究や先端医療の研究など、数多くの研究に取り組み、他大学や企業との共同研究にも積極的です。今回はその中でも、今年の臨床工学科4年生が卒業研究として取り組んだ研究を中心にお話しいただきました。
■先生の研究室では、どのような研究に取り組んでいるのですか?
医療や治療に関わる機器の技術研究を手がけています。臨床工学技士の業務に関連するものでいえば、たとえば人工透析用の針(留置針)の研究があります。人工透析は、腎不全患者さんの血液を機械できれいにするため、患者さんの腕の血管に透析用の針を刺して血液を血液透析器に送り、浄化して再び患者さんの体内に戻すということをします。ただ、この針を刺す行為が、そう簡単ではありません。長い間、透析を受けてきた患者さんの場合、血管が石灰化して硬くなっていることが多く、針が刺さりにくいことがあるからです。また、メーカーによって針の設計が微妙に違っているため、刺さりやすさにも違いがあります。そこで当研究室では、メーカー別に針が刺さるときの穿刺(せんし)反力、つまりどのくらい抵抗があって刺さりにくいのかということを調べました。
高分子膜への透析用留置針の穿刺実験結果
この実験では薄い高分子膜を固定し、そこに針を刺していったときに、針の部位に応じてそれぞれにどのくらい抵抗がかかるのかを測定しました。これは、臨床工学技士の間で刺しやすい針と刺しにくい針があると言われている感覚的な事実を、実際に数値とグラフで明確にできたことに意義があります。また、メーカーによる違いを比較することで、カテーテル部分とそこから針の先端までの内針と呼ばれる部分のつなぎが、よりなめらかにつくられているものほど、刺すときの抵抗が少ないこともわかりました。
この研究に関連したことで、今年の臨床工学科の4年生が取り組んだ卒業研究もいくつかあります。ひとつは、今お話しした穿刺実験で高分子膜の代わりに豚の血管を使って行うという試みです。高分子膜は人間の血管とは質感が違うため、できれば本物の血管に近いものでデータを取ってみたいということで、豚の頸静脈を用いて実験しました。この実験では、針が刺さるときの抵抗の測定に加えて、刺す角度による抵抗の違いについても調べています。臨床現場では、どういう角度で針を刺すと患者さんへの負担が少ないかという目安があるようですが、実際に刺す角度が変わることで何がどう変化するのかも併せて調べてみようと取り組んだのです。刺す抵抗が少ないということは、刺さりやすいということですから、つまりは患者さんの痛みが少ないと仮定できます。ただ、痛みについては、別の角度からの実験が必要となるため、今後、改めて取り組んでいきたいと思っています。
それから、血管の石灰化に関する研究をした学生もいます。先ほどお話ししたように、慢性透析患者の多くに血管の石灰化がみられ、透析用の針が血管に刺さりにくいという事態を招いています。そういう問題を病院実習に行った学生が現場で目の当たりにし、将来、自分が臨床工学技士になったときにも直面する問題だろうということで、この基礎的な実験を卒業研究のテーマに選びました。今回、学生が取り組んだ実験では、リン酸カルシウムを使って石灰化した血管を再現したシートをつくり、穿刺実験を行って、その抵抗を測定しました。結果、石灰化で硬くなっている部分に強い力でカテーテルを刺すと、カテーテルが変形する場合があるとわかりました。実際の血管における石灰化と今回の石灰化を再現したシートでは、もちろん厳密には違いがありますが、硬い血管を穿刺した場合に起こり得ることのひとつが明らかにできたと思います。
豚静脈への透析用留置針の穿刺実験の様子
また、穿刺時の痛みを軽減する研究に取り組んだ学生もいます。一般に臨床現場では麻酔薬をしみ込ませた局所麻酔用のテープを使って、穿刺の痛みを軽減していますが、麻酔薬は人によっては使えない場合もあります。そこで誰もが使えて、穿刺の痛みを軽減するものをつくれないかと学生が考えたのです。方法としては、冷やすと痛みを軽減する効果があるという先行研究を参考に、局所麻酔用テープと同じ大きさで皮膚を冷やすものをつくろうと取り組みました。目標は、皮膚を冷やし過ぎない20℃前後の温度を10分ほど維持することに設定。原理は市販されている瞬間冷却剤と同じ化学反応を起こし、温度を下げるというものです。研究の結果、15~20℃の範囲に10分間、直接皮膚に当たる部分の温度を下げておくことができました。ただ、10分間冷やせば、痛みの軽減に効果があるかどうかは、まだなんとも言えません。それについても、今後、研究を進めていくつもりです。
これらの研究は、実際の医療現場で使われている技術の改善を目指したものですが、当研究室はそれだけでなく、今後の普及を目指す、最先端の治療技術の研究も行っています。
■それはどういう内容のご研究ですか?
再生医療に関連するもので、細胞シートを移植するために使うデバイスの開発です。細胞シートそのものは、私の前任校である東京女子医科大学が開発した技術で、そのつながりで現在も共同研究を続けています。たとえば、心臓病で最も多い症例として、心臓に栄養を与えている冠動脈が詰まり、その機能が低下するというものが挙げられます。心臓の筋肉に冠動脈からの血液が行かなくなると、その部分の細胞は死んでしまうのです。そこで患者本人の身体からとってきた細胞を、今、話題のiPS細胞化して、それを本人の心筋細胞にし、一部が死んでしまって機能していない心臓の部分に貼ることで、そこの細胞を再生させるという使い方になります。この細胞シートは薄くて脆弱なため、そのまま持ち上げることができません。そこで細胞シートにハイドロゲルを入れて取りやすくし、ゲルごと掴んで、心臓の特定部位に貼りつけるということが試みられています。
細胞シート移植支援デバイス
ただ、ゲルは非常にベタベタとした粘着性をもっているため、それを取ってきて心臓の特定の場所ではずすことが、なかなか難しいわけです。空気圧を使って着脱させる研究は、これまでも当研究室で行ってきたのですが、細胞シートの面積が小さなものでしか実現できず、他の手を考えていたところでした。そこで今年の4年生の学生が、スポンジを使えば、ゲルの粘着性に対応しつつ、穴があいているので空気圧もコントロールしやすいと発想し、実際につくってみたところ、非常にうまくいったのです。また、この研究では、機械工学でよく使用される3D-CADという設計用のソフトウェアでデバイスの形をデザインし、3Dプリンターで実物をつくるという工学的な手法を採りました。その点も学生には良い経験になったと思っています。
■こうした研究の目指すところは何でしょうか?また、研究を通して、学生にはどんなことを身につけてほしいですか?
医療現場は多かれ少なかれ、「習うより慣れろ」という職人的な世界であり、経験や感覚に頼る部分が多々あると思います。しかし工学を用いれば、そういう感覚的なこともデータで定量的に示すことができ、多くの人がより明確に実感できるうえ、それを共有することができるようになります。ですから研究を積み重ねていくことで、最終的には誰でも、あるいは初心者であっても、医療行為をスムーズにできるような機器をつくりたいと思っています。たとえば透析用の針の場合、上手く穿刺できるかどうかが、担当する人やその人の経験に左右されるのではなく、誰が行っても失敗のないようなものをつくれたら、患者さんの負担を減らすことにつながります。というのも人工透析を受ける患者さんは、週に3回、長い人で30年も透析という医療行為を受け続けなければなりません。週に何度も腕に針を刺すのですから、少しでも穿刺ミスを防げれば、負担は少なくてすむはずです。
また、この研究室で取り組む研究は、直接的に臨床工学技士の業務に関わる部分もあれば、そうではない部分もあります。ただ、どちらにせよ研究に取り組むことで、工学的なセンスは身につくだろうと考えています。ここで学ぶ多くの学生が、将来、臨床工学技士になるわけですが、そのとき、経験や感覚だけに頼るのではなく、少しでも研究で培った工学的なセンスを活かせるようになってもらえればと思うんです。また、今、研究されている先端医療が、将来、自分たちの働く現場に入ってきたときに必要とされるのが、その技術を理解する素地をもっている臨床工学技士です。そういう意味でも、卒業研究での経験は、いずれ役立つものだと思います。
■では、授業ではどういうことを教えているのですか?
今、担当している科目は、「電気工学」「機械工学」「システム制御工学」とそれらに関連する工学実験や工学演習、「医用治療機器学」になります。どの授業にも言えることですが、公式にしても何にしても、単に暗記して終わるのではなく、できるだけ考え方を教えることに重点を置くようにしています。たとえば「機械工学」で扱う機械力学の中に、“減衰振動”という車の乗り心地に関係する項目があります。これは機械の分野で非常に大事な考え方を含んだものです。そこで、この減衰振動の運動方程式を解いて、最終的な式に至るまでの過程を細かく書き出したものをプリントで配るようにしているんです。式の過程で、次にどういうことを考えていくのかを理解することが、最も大事ですからね。この部分は国家試験では、それほどたくさん出題されるものではありませんが、振動学は大学でしか学べないことなので、ぜひその考え方を知っておいてもらいたいと思っています。もちろんすべての項目をそういう形で説明することはできませんから、必要に応じて使う公式については、覚えるように言っています。ただ、過程や考え方を知っておいたほうが良いものについては、このような形で細かく説明をするようにしています。
金属材料の引張試験片
また、学んだことを理論上のこととして捉えるのではなく、できるだけ実感を持って捉えてもらう工夫もしています。たとえば材料力学で扱う「材料の引張試験」。これは、国家試験でもよく出題される非常に重要な項目であり、材料力学の基本となる応力ひずみ線図という大事な図にもつながっています。ですから実際に線図を書くための実験ができるとよいのですが、大掛かりな設備が必要なため、残念ながら実験は行なっていません。そこで私が大学時代に行った「引張試験」で得たデータを学生に提示して、それを当てはめながら実際に応力ひずみ線図を書いてもらうというレポートを課しています。一種のバーチャル実験ですね。これは、金属材料の引張試験をして、真ん中から破断した後の試験片です。金属が破断するときには大きな音がするので、実際に体験することも重要と考え、希望者に対して、京急蒲田駅前の試験所へ行って実体験してもらうことも行なっています。そういう作業を通じて、少しでも印象を強く持ってもらえたらと思っています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
繰り返しになりますが、臨床現場では経験や感覚に依存して身につけていく部分が多々あると思います。ただ、臨床工学技士は工学的なセンスを身につけながら取得する資格ですから、すべてを経験や感覚に頼るのではなく、何かしら工学的なセンスを使って行動できる人になってもらいたいと思っています。また、技士として働くようになって、しばらくは経験を積むことに必死になるのは当然だと思いますが、どこかの時点でやはり研究的な視点を持てるようになってもらえると、うれしいですね。
それから研究では、今、行われている治療をより安全にする、あるいは治療を行う人によって結果に差が出るようなことがないようにしたいということがひとつあります。また、細胞シートや手術ロボットなどの新しい治療技術にも、引き続き携わっていきたいと思っています。