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美術やデザインを理解するには歴史的な連続性が大切。新しいものを知るために、古いものをきちんと学ぼう。

2014年6月13日掲出

デザイン学部 暮沢 剛巳 准教授

デザイン学部 暮沢剛巳 准教授

現代アートから美術館や建築、デザイン、サブカルチャーまで、幅広い分野を対象に執筆活動をされている暮沢先生。今回は、先生のご研究と本学で担当されている授業について伺いました。

世界のデザイン・ミュージアム

■まずは、先生のご研究についてお聞かせください。

 これまで“美術評論家”という肩書きで、20年ほど仕事をしてきました。現代アートを対象に、たとえば展覧会などを見てまわって、その記事を新聞や雑誌に載せるというようなことをしてきたわけです。今もその仕事を続けていますが、私自身の関心は必ずしも現代アートに特化しているわけではなく、随時変わってきています。たとえば当初は作品そのものを取材していましたが、それよりも作品が展示されている空間、いわゆる美術館やミュージアムに関心を持つようになって、美術館論について書いた本を出版したり、美術館の関連から美術館建築の方に関心が移ったり。また近年は、西洋における古代からルネッサンスなど、古い時代の美術やデザインにも関心が強くなり、今まで以上に目を向けたいと思っているところです。

 具体的に今、私が手がけている研究を紹介すると、ひとつはデザインミュージアムの研究があります。デザインミュージアムとは、読んで字のごとくデザインを対象としている博物館や美術館のことです。一般の美術館では、絵画や彫刻など鑑賞以外に目的を持たない、いわゆるファインアートを中心に展示していますが、デザインミュージアムで展示されているものはデザインですから、必ず何らかの目的や実用性を持っているものになります。たとえば自動車は、いくらでも格好良いスタイリングを追求できるわけですが、どんなに格好良くても実際に人や荷物を運搬する用途として役立たなければ意味がありませんよね。あるいは、いくらおしゃれな椅子であっても座れなくては意味がない。そこがファインアートとデザインの違いです。ですから美しさと実用性をどれだけ高い次元で両立できるかということが、デザインのポイントだと言えます。そういう観点から集められた、古今東西の優れたデザイン作品を紹介する施設がデザインミュージアムです。たとえばイギリスのロンドンにある「Victoria and Albert Museum」(V&A)やアメリカのニューヨークにある「Museum of Modern Art」(MOMA)などがそれにあたります。そういう世界各国にあるデザインミュージアムを訪れて、コレクションや施設の方針などを調べています。ちょうどその成果を『世界のデザインミュージアム』(大和書房)という本にまとめて、今年5月に出版したところです。日本にはまだ本格的なデザインミュージアムと呼べるものがありませんから、将来、国内にこういう施設ができたらいいなという思いで、そのきっかけのひとつになればと出版しました。

 それから研究のもうひとつの大きな柱として取り組んでいるのが、万国博覧会(万博)研究です。万博は、さまざまな国や企業が自国の伝統工芸や最新技術を紹介する場ですから、ある意味、総合芸術的な試みだと言えます。その万博研究のなかで、3、4年前から力を入れているのが、1970年に大阪で開催された日本万国博覧会、いわゆる大阪万博の研究です。他大学の音楽研究を専門としている研究者と共同で、大阪万博における前衛芸術に注目した研究を進めています。大阪万博には77カ国が参加し、各国や各国企業のパビリオンで展示がなされたのですが、そこにはアーティストやデザイナー、映像作家、建築家など、それぞれの分野を代表する、当時の“とんがった”人たちが多数、関わっていました。そこで私たちは、彼らがパビリオン展示にどんなふうに関わっていたのかということを、掘り起こす試みをしています。その切り口のひとつとして、特に面白い展示をしていたパビリオン、たとえば日本繊維館協力会が運営する「せんい館」や、アメリカのペプシコーラ社による「ペプシ館」に注目し、前衛芸術がどのように関わっていたかを調べました。「せんい館」には松本俊夫や横尾忠則など、当時のそうそうたるクリエーターが多数関わっていましたし、「ペプシ館」にはE.A.T.という前衛芸術グループが関わっています。彼らがなぜ企業パビリオンを手がけることになったのか、実際にどのようにパビリオンをつくっていったのかということについて調べています。

デザイン化される映像 ──21.5世紀のライフスタイルをどう変えるか?

 また、大阪万博とその近い時期に開催された他国の万博とを比較することで、他国の万博が大阪万博に、どういう影響を及ぼしているのかということを明らかにする取り組みも行っています。大阪万博より12年前にベルギーで開催された「ブリュッセル万博」(1958年)と、大阪万博の3年前にカナダで開かれた「モントリオール万博」(1967年)を主な比較事例として、現地取材なども行いました。こうした万博関連の研究成果は、その一部を論文にして『デザイン化される映像』(共著、フィルムアート社)という本に載せましたが、さらに突っ込んだものを『大阪万博が演出した21世紀』(仮題、青弓社)という本にまとめて、この夏、出版する予定です。

■先生が美術評論の世界に進んだきっかけとは何だったのでしょうか?

 もともと文学部仏文科の出身ですから、美術を専門に勉強していたわけではありませんが、美術好きだったのでよく作品を見ていました。それに文学部出身者にありがちなことですが、ものを書く仕事をしたいと思っていて。ただ、ものを書くといっても、何かしらジャンルを選ばなければなりません。当時の私は美術が好きで、人にお見せできるようなものではありませんが、絵を描いたりしていましたし、学生時代は映画サークルに所属して、8ミリカメラを回して映像を撮ったりもしていました。ですから書くための知識の守備範囲として対応できそうな分野が、美術と映像だったのです。それらの中から、たまたま美術を選んだというわけです。

 美術評論の道に入る最初の一歩となったのは、ある美術雑誌の若手評論家を発掘するための論文公募でした。そのコンクールに運よく入選して。それを機に原稿の依頼がちらほら来るようになって、美術関連の仕事に関わりはじめ、次第にアーティストや学芸員、編集者など、いろいろな方と知り合いになって、書く場が少しずつ増えていったのです。そのうち、先ほどお話ししたように自分の関心の向くまま、少しずつフィールドを広げて行って、今に至るという感じです。

■では、授業ではどのようなことを教えているのですか?

 いくつか講義科目を担当していますが、たとえば「編集論」という授業では、記事の書き方や本・雑誌のつくり方、取材の仕方など、出版・編集に関する基礎知識を教えています。将来、出版社に就職したいと考えている学生もいるので、そういう学生を対象に、私の経験を含めて出版のメソッドを教えるという授業です。ただ、出版や編集を学ぶことは、そういう分野に興味がある人だけでなく、デザインを学ぶ人にとっても大切だと思います。編集の基礎的な知識があるかどうかで、本や雑誌をつくることに関わるにあたって、引き出しの中身が全然違ってきますから。そういう引き出しをひとつ増やすという意味でも、知っておいてもらいたい知識のひとつです。

 それから「現代アート論」という3年生の必修科目も担当しています。この授業は、2年生の「美術史」という19世紀までの美術の歴史を扱う授業の流れを受けていて、そこからバトンを受け継ぐ形で20世紀初頭からの美術史を見ていきます。また、単に講義するだけでなく、国立美術館にある作品を見てレポートを書くといった課題も出しています。デザイン学部は国立美術館に無料ないし割引価格で入れるキャンパスメンバーズという制度に加入しているので、それを活用して、できるだけ学生に美術館に足を運んでもらいたいからです。

 その他、今年から担当する1年生対象の「デザイン史」では、いわゆるアートとデザインの違い、つまりデザインには実用的な目的があるということを踏まえたうえで、デザインの歴史を見ていきます。具体的には近代以降のデザインを対象に、たとえばイギリスの産業革命のときに、どういう工業製品や日用品が開発されたのか、それ以前のものとどう違っているのか、それが同時代の美術とどう関連しているのかとかいったことを、歴史を追いながら組み立てていこうと考えています。やはりどんな美術もデザインも、ある日突然出てくるものではなく、必ず前の時代の何らかの流れを汲んでいますから、歴史的な連続性を意識しなければ理解できないものです。たとえば、最近の車を見て「格好いい!」と思ったとします。ただ、仮に将来、カーデザインの仕事をしたいと考えているならそれだけでは不十分で、今は製造中止になったクラシックカーなどを見ておかないと、そのデザインは理解できません。だからこそ美術館や博物館に足を運ぶことが重要なのです。新しいものを知るには、古いものも知らなければいけないということを、授業を通して実感してもらいたいですね。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 デザイン学部のコンセプトでは、作家の養成を直接の目的としていないのですが、個人的には、マンガ家でも小説家でもイラストレーターでもゲームのシナリオライターでも、どのジャンルでも構わないので、教え子の中から作家になる人が出てきてくれたらと思っています。私自身、アニメやゲームが好きな学生たちの集まるサークルの顧問をしていて、実際にマンガを描いている学生たちと接する機会が多いので、そういう学生に何らか教員としてチャンスをつくることはしたいと思っています。ですから「編集論」の授業でも、プロの編集者をゲストに招いて話してもらうなど、学生が接点をもてるようにしています。もちろん作家になれるかどうかは本人次第ですし、そう簡単なことではありませんけどね。

 また、デザイン学部の学生には、ここで学んだ4年間の経験を活かして、それぞれの分野で活躍してもらえたらと思います。どんな分野に進んでも、デザイン学部で学んだことは決して無駄にはなりません。空間演出を学んだ学生が、家具店やホームセンターに就職したら、随分と活かせることがあると思います。あるいは企業に就職して営業職に就いたとしても、デザインを学んだからこそできる営業やプレゼン方法があるはずです。デザインの力の活かし方は、恐らく学生が想像している以上に多様ですし、実社会でも必要とされている力です。そういう点から言えば、学生にはもっと視野を広く持っていてほしいですね。好きなことに夢中になるのは悪いことではありませんが、視野が狭くなりがちとも言えます。そうならないように視野をこじ開けることが、私たち教員の仕事なのかもしれません。学生が本学部で過ごす4年の間に、もっと広い世界があるのだということを教えられればと思います。

 研究に関しては、デザインミュージアムの研究と万博研究をライフワークとして、ずっと続けていきたいと考えています。また、研究をしていくうちに、おのずと興味の方向が変わってくれば、研究したいことも変わってくると思いますから、そのときはそのときで興味の赴くままに進めたらと思います。とはいえ年齢を重ねると、ある程度、趣味や価値観が固定されてきてしまうので、そうそう新しい興味が出てこないんですよね。それでも、新しいものへの関心は失わないようにしたいとは思っています。

・次回は7月11日に配信予定です。