治るものを、早く治すことが理学療法士の役割。おごらず、真摯に患者さんと向き合える人になろう。
2014年3月14日掲出
医療保健学部 理学療法学科 石黒 圭応 准教授
急性期、慢性期、訪問リハビリ、デイケア、デイサービスなど、理学療法士が関わる仕事は、ほぼすべて経験してきたという石黒先生。豊富な臨床経験をベースに、これまで靴と人間の動作に関する研究やリハビリ機器の開発など人間医工学の分野で、さまざまな研究に取り組んできました。今回は、その中のいくつかの研究を取り上げて、お話しいただきました。
リハビリ機器開発として考案した「ぐーるぐる」
■まずは、先生のご研究について教えてください。
分野としては、人間工学、バイオメカニクス、物理療法ということになるのですが、研究自体は、かなりわかりやすい内容です。今、取り組んでいるのは、脳卒中によって手に障害を持った方のためのリハビリテーション(以下リハビリ)機器の開発になります。脳卒中になった患者さんは、典型的な例として、手や足が麻痺して動かなくなるという障害が起きるんですね。そういう患者さんに対する、たとえば手のリハビリに、作業療法分野で行われている“サンディング”というものがあります。これは傾斜した大きなボードの上で、動かなくなった方の手を滑らせて動かす訓練をする機器で、言うなれば雑巾がけの動作で手を動かす練習をするというものです。ただ、手がまっすぐ伸ばせる状態いうのは、脳卒中が起こって間もない急性期の頃ですから、このサンディングは急性期のリハビリに対応するものだと言えます。それが6ヵ月、1年、2年と経って慢性期に入ると、目にしたことがあるかもしれませんが、手首が内側にぐっと曲がった“拘縮(こうしゅく)”と呼ばれる状態になってしまうんです。この拘縮が起きると、筋肉が短縮してしまっているため、もう手を伸ばすことはできなくなります。
そこでこの慢性期に対応するリハビリ機器を開発しようと考案したのが「ぐーるぐる」という機器です。ボウルをひっくり返したような機器で、ボウルの曲面は拘縮のある指でも握れるようになっていて、底の部分にはローラーがついているので、スムーズにサンディングができるようになっています。これを使って動かなくなった手を動かすことで、関節の可動域をよくしたり、手を伸ばした状態で肩をまわしたりといった治療に役立てます。この研究は、医療保健学部作業療法学科にいらっしゃる、ロボット工学専門の橋野賢先生と一緒に取り組んでいるものです。橋野先生は、今、「ぐーるぐる」に遊び心をプラスしようと、底面にマウスを取りつけて、テレビ画面上のゲームを操作できるようにし、楽しくリハビリできるようにしようと取り組んでおられます。
また、次の企画として、足のリハビリを効率的に行う機器の開発にも着手しています。足のリハビリができる機器はすでにあるのですが、今あるものよりもう少しアクティブな動きを加え、より簡単で使いやすく、持ち運びしやすいものを開発しようとしているところです。使いやすさや運びやすさも含めて考えている理由は、デイサービスやデイケアで利用してもらいたいからです。私も橋野先生も病院だけでなく、そういう地域でのリハビリに使える機器を開発して、より多くの方に使ってもらいたいという思いを持って研究しています。
■現在、「ぐーるぐる」は、実際に患者さんに利用されているのですか?
提携している病院で患者さんに使ってもらい、データを取ることはすでにしていて、この機器自体、間もなく製品化される状況にあります。実際、この「ぐーるぐる」を使ってもらって、被験者の筋電図を測定してみたところ、使用前にあった不要な筋肉の緊張が使用後はぱっと消え、機器の使用をやめてしばらくすると、また筋肉が緊張し始め、再び使用すると緊張が消えるということがデータではっきり捉えられています。そして、繰り返し「ぐーるぐる」を使っていると、不要な筋肉の緊張が消えている時間が少しずつ長くなっていくことがわかりました。ですから「ぐーるぐる」を使って筋肉の緊張を取ったあとに、リハビリをするというのが、最も望ましい使い方ではないかと考えています。現状、リハビリ治療は単位制で、だいたい1回のリハビリは20分しかできません。つまり、理学療法士である我々がリハビリに携われる時間は20分しかなく、その時間内で手も足もリハビリしなければならないのです。この20分のリハビリの前に、患者さんに10分ほど「ぐーるぐる」を使って運動をしてもらい、筋肉の緊張を取ってもらってから理学療法士によるリハビリを受けるようにすれば、今まで以上に効果的なリハビリができるのではないかと考えています。
研究用ハイヒール
研究用インソール
■先生は、他に靴の研究もされているそうですが。
メインの研究は、実は靴の動作解析なんです。長年、ハイヒールの研究に取り組んでいて、今も企業と一緒に進めています。よくヒールを履いている人が、内反捻挫といって、足を外側にくじくようなことがありますよね。そこで、ヒールが靴のどの位置にあると、内反捻挫が起こりやすくなるのかという基準を見つけようと調べているところです。ヒールの中心を靴の中心より3mm内側に寄せたもの、6mm内側に寄せたもの、逆に3mm外側に寄せたものという具合に、いろいろなパターンの研究用ハイヒールを共同研究先の企業につくってもらい、それを被験者に履いてもらって、「VICON NEXUS」という3Dモーションキャプチャー(3次元動作解析システム)で、重心の変化や足の力の入り方、傾きなどを測定しています。それと並行して、靴の踵のすり減りを防ぐ方法を考えるため、歩き方の癖を調べる研究にも取り組んでいるところです。将来的には、理学療法分野における私自身の経験を活かしたオリジナルの靴をつくりたいなと考えています。
■では、授業ではどのようなことを教えているのですか?
理学療法学科では2年生、作業療法学科では3年生を対象に「リハビリテーション工学」という授業を担当しています。リハビリテーションと言いながら、この授業では、人間の体の動きを精密に数字で捉えたデータを使って、人間の正しい動きを理解する人間工学の内容を扱っています。具体的には、先ほどの「VICON NEXUS」という3Dモーションキャプチャーを使って測定した、立ち上がる、歩く、歩き始める、ジャンプ、走るといった人の動作のデータを学生に渡し、学生はその数値からグラフをつくって、グラフを読む練習をするという内容になります。たとえば関節可動域や関節モーメント(回転力)、関節パワーなどをグラフから読み取る、あるいはそのグラフが何を意味しているか理解し、最終的にそのグラフから読みとった人間の動作の特徴などを発表してもらっています。
3Dモーションキャプチャ「VICON NEXUS」
たとえば、人間が歩き始めるときは、まず足の後ろ側の力を抜くことで前に倒れていき、それを防ごうとして、足を前に出して支えるというように、バランスを崩すことで動いているという特徴があります。そういうことをグラフから読み取って、きちんと説明できるようになることが、この授業の目的です。また、卒業研究では実際に「VICON NEXUS」などの機器を使って測定をしますから、その前段にあたる基礎段階としてグラフを読めるようになっておくというのが、この授業の位置づけになります。
■最後に、学生にはどんな理学療法士になってほしいと思いますか?
現実的な話、理学療法で何かを治すということには限界があります。脳卒中で脳の中に障害があるのに、手足を使うことでその動きを元通り治すということには限界があります。我々、理学療法士は、根本的な治療ができる医者ではありませんからね。では、理学療法や作業療法の役目は何なのかと聞かれたら、「治るものを、早く治してあげることができる」ということです。しかし、あくまでも「治るものを」です。治らないものは、治せるはずがありません。そこは、勘違いしがちなところなので注意してほしいと思います。つまり、自分たちが何でも治せると勘違いした理学療法士にならないように、育てたいと思っているわけです。
また、私自身もそうでしたが、理学療法士になって1、2年目くらいによく錯覚に陥るのが、「自分が治した」と思ってしまうことです。脳卒中などの病気をした人は、発症後6ヵ月くらいまでは、だんだん回復に向かいます。患者さんは毎日、一生懸命リハビリをして練習をし、少しずつ動けるようになってくるわけです。そうしたときに、まだ新人の理学療法士は、自分が治したと思ってしまうんですね。でも、そうではありません。脳卒中のように脳内で出血したり血管が詰まったりすると、その部分で炎症が起きて腫れ上がります。すると、問題のない他の脳の組織を圧迫することになるため、圧迫を受けた脳の部分も機能しなくなります。ところが、炎症が徐々におさまってくると、圧迫がなくなるので、問題のなかった脳が機能し始めます。その結果、少しずつ動けるようになるんです。つまり、理学療法士の力で患者さんが良くなっているのではなく、脳の腫れがおさまった自然治癒から良くなっているわけです。
逆に脳の腫れがおさまると、本当に障害を起こしているところだけが残ります。そこからが、真のリハビリの始まりです。ですから急性期よりも慢性期のリハビリを知ることが非常に重要ですし、慢性期のリハビリこそ理学療法士の存在意義なのだと言えます。そして慢性期のリハビリは、そう簡単に結果が出るようなものではありません。長期戦でじっくりと取り組まなくてはならない。だからこそ「自分が治した」なんて考えを持たない、おごらない人でなくてはできないのです。本学で学んだ学生には、理学療法というものに夢や希望を持つことも大事ですが、それ以上に現実をきちんと見て、謙虚に、真摯に患者さんと向き合える人になってほしいと思っています。