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自分が向きあう機械の先には人間がいる。それを忘れない臨床工学技士を育てたい。

2015年3月13日掲出

医療保健学部 臨床工学科 田仲 浩平 教授

臨床工学技士が国家資格になったのは1988年。その第一世代として大学病院で長くお仕事をされてきた田仲先生は、いわば臨床工学技士のパイオニアです。現在は医療機器の特性評価の研究などを中心に、臨床工学技士育成にも力をいれている田仲先生に、臨床工学技士の仕事とはどのようなものか、そしてどのような素養が必要なのか、お話を伺いました。


血液ポンプ負荷試験機本体部分

■先生が現在、主に取り組んでいるのはどのような研究ですか?

私が取り組んでいる研究は主に、(1)血液ポンプの負荷試験装置の研究、(2)医療機器の特性評価の研究、(3)医療用ナビゲーションシステムの研究という3つの研究に取り組んでいます。ここでは1つ目の負荷試験装置について少し説明したいと思います。血液ポンプというのは、心臓・大血管手術などで用いられる人工心臓用及び人工心肺装置用の医療用ポンプのことです。例えば、以前は人工心臓は、基本的に寝たきりの状態を想定して作られていました。ところが人間の心臓というのは、たとえば歩いたり走ったり、立ったり座ったりという身体の動きに従って、循環動態は大きく変化します。そのため日常生活のなかで血液ポンプを使うには、そうした身体の状況変化にうまく対応することが必要になりました。



体外循環用の各種血液ポンプ

 今後は、どのような状況においてもしっかり血液を送ることができ、将来、身につけたまま外に出て、普通に日常生活がおくれ、さらにジョギングができるようなフレキシブルな血液ポンプが必要だと考えています。それを開発するための第一段階として、機械的にポンプへさまざまなストレスをかけ、それによってポンプの動きがどう変化するかを調べる「負荷試験装置」というものを2007年から研究・開発しています。私はこの研究の前に、2005年に数値流体力学を用いて人工呼吸器用マスクの再呼吸について研究成果を公表した後、2007年からこの研究に着手してきました。


負荷試験機の拍動装置

 プロトタイプはすでに完成しているのですが、難しいのはコンパクト化と、どのようなシチュエーションを想定して条件を設定するかということなんです。将来、場合によってはアスリート向けなど、あらゆる負荷変動に対し追従できる柔軟性のあるポンプを作ることができるかもしれませんね。


血液ポンプ用負荷試験機全体図


臨床工学技士時代
(約20年前:大学病院手術室にて)

■先生が臨床工学技士という分野に興味を持ったきっかけは何ですか?

いまから約30年前、私は病院でなにをしていたかというと、使用後の外国製の人工呼吸器の駆動部分をバラバラに分解して、消耗品を交換して、さらに回路をきれいに消毒し、また組み立てなおして医療現場に送り出す、という仕事をしていました。もちろん臨床工学技士という名前もありませんでした。臨床工学技士の国家資格ができたのは1988年なので、私は臨床工学技士第一号世代で、学会認定資格を有していましたが、国家資格をとる前にすでに現場で働いていたわけです。その後、人工心肺装置などを操作することになるのですが、今でも鮮明に覚えているのは医療機器の保守管理の仕事でしょうか。

 当時、外国製の医療機器は極めて高価でしたので、医師や看護師の多くは導入されたこの様な医療機器に対しかなり過剰な期待をしていました。使い方などもよくわからない状態で使っていていましたし、取り扱いもアバウトでした。もちろん医療機器に一番詳しいのは、製造メーカーや輸入元の企業の人たちだったので、機械が変わると入れ代わり立ち代わりと、ベッドサイドにスーツを着た営業の方や技術の方が来て、医師たちと一緒に治療に参加しているという光景が当たり前だったんです。私は人工呼吸器の分解・組立・保守点検、操作方法までメーカーの技術者から教わりました。そんな状況で、自分が組み立てた医療機器が現場に送り出され、それを使った人が助かったり、たまには助からなかったりする。時には、私が調整した機器が動作不良になることもありましたので、それは自分にとってショックでした。私がこの分野に深く関わるようになったきっかけは、そうやっていろんな医療機器関連の分解・組み立てていくうちに、医療機器の限界も感じましたし、同時に、医療業界が抱える問題も強く感じたわけです。医療機器を作った人の想いと、使う人の考えにかなりのギャップがあるような感じでしょうか。この危機感から、自主的に月一で、医師や看護師さんを集めて人工呼吸器などの勉強会を始めたことを思い出します。

 医療機器というのは車に似ていると思います。同じ車でも、高速道路ではスポーツカーかファミリーカーで、ずいぶん走り方が違いますよね。それと同様に、同じ用途の機器でも、実際には性能にかなりの違いがあるんです。さらにスポーツカーのなかでも、直線を飛ばすのか、コーナーを攻めるのかでセッティングは変わってきます。そういう機器ごとの個性を知らずに使うと、効果が足りなかったり、期待した作用以上に効果が出て逆に副作用を引き起こしたり、あるいは操作が難しくて事故が起きたりしてしまいます。ですから医療従事者は、機械の個性(特性)を十分に理解したうえで使うことが大切。そのために必要なのが、臨床工学技士という仕事なのです。

 また、医療機器はとても信頼性の高いものというイメージがありますが、実際には医療機器の不具合による回収は毎年数百件ほど存在します。同様な電子部品を用いる一般の家電や自動車などと並べてみると、これくらいの不具合件数はおかしくありません。また、最近の医療機器はソフトウェアで動くため、バグが原因の不具合が増えている。全回収件数の約25%くらいはバグが原因なんですね。ソフトウエアの不具合は目に見えないので特にやっかいです。たまたま熟練者が機器にさわり「何か変だ」と気づいて発見される。熟練者のいない施設は、不具合とは知らず多くの患者さんに使われ続け、さらに被害が増える。ヒューマンエラーとして処理される事例の中をよく調べてみると、機器の不具合が原因のということも良くあります。技術が発達すればするほど、医療ではこういうリスクもある、ということを認識しなければいけないでしょう。

■授業ではどのようなことを教えてらっしゃいますか?

私は去年の8月に着任したばかりなので、まだあまり多くの授業を担当していませんが、今年度担当していた科目の「機械工学Ⅱ」の授業では、臨床工学技士に必要な機械工学の知識を、医療現場で役立つ事例をあげながらわかりやすく教えることを心がけていました。これは長年、医療現場で働いていた経験をもとにしたもので、自身の体験談をあげて話すことで興味を持ってもらえたと思います。

 次年度担当する「体外循環装置学」「呼吸療法装置学」といった授業は、より臨床工学技士教育科目の根幹をなす科目ですので、是非、興味をもってもらえるように工夫して教えてみたいと考えています。

 一方、医療機器にも作用があり反作用があるということを知っておくことが必要ですので、光だけでなく、影の部分についても言及することになります。これは医療機器の不具合や故障というリスクの話や、さらに技術者としてどうあるべきかという倫理観についても話してみようと考えています。

■では、臨床工学技士に必要な素養とは何でしょうか?

臨床工学技士は医療人として医療で働いていますが、そもそも臨床工学技士という仕事は、医療現場に工学技術を持った人材にいてほしい、というさしせまった医療現場の医師、現任の技術者、さらに医療機器企業の要求から生まれたものです。医師や看護師という医療従事者たちは機械工学や電子工学なんて学んでいませんが、医療機器は日進月歩で新しくなっていく。ですから病院のなかに、深い医学と工学の知識を持った国家資格を有する技術者がいてくれると、かなり心強いし安心感がある。それが臨床工学技士です。

 そう考えると、「臨床工学技士らしさ」というのは、医療機器の個性(特性)を十分理解し、その情報を医療に伝え、自ら機器の操作を実践するとういうことになります。臨床工学技士を目指す人には、ある程度、機械好きやメカニズムに対する探究心を持ってほしいし、そういうことに興味がある人に入ってきてもらいたいですね。臨床工学技士というのは、機械というデバイスを通していろいろな医療を提供する仕事。機械という「モノ」に対する知識や興味、さらにそのメカニズムを探求するのが好きな人が向いているのではないでしょうか。臨床工学技士の仕事は、創意工夫というか創造力が大切だと思います。定型の仕事以外に、特殊な治療を行う時に医師から支援を求められることもあります。要は、臨機応変に対応することも多々あります。この時に自分自身の経験、医学・工学知識を総動員して、これをベースに創意工夫というか創造力を膨らませて仕事をしたりします。実際に機械系に興味があって、さらに医療で人を助ける仕事がしたい、という志望動機で入ってくる人も多いです。

 また、これからはロボット技術やナビゲーション技術なども医療のなかに含まれてくるので、今後、臨床工学技士の存在感はどんどん大きくなっていくと思います。現在は免許を持っている技士は3万人ほどしかいませんが、今後はもっともっと人数も増え、さまざまな医療の場で臨床工学技士が活躍するようになっていくでしょう。

■学生をどんな臨床工学技士に育てたいと思ってらっしゃいますか?

医師や看護師、理学療法士などは、直接、患者さんの体に触れますが、臨床工学技士が向き合うのはあくまでも機械で、患者さんがいるのはその先です。これは少し特殊な状況で、デバイスを通すため感情移入が難しいという側面があります。ですから、一番、学生に伝えたいのは「機械だけに注視するのでなく、その先の患者さんをよく見なさい」ということ。それは臨床工学技士にとって非常に大切なことであり、忘れないようにしてほしいと思います。先ほど述べたように機械の個性を知ることも大切ですが、その先には患者さんがいて、その人の個性もある。機械と人間、それぞれの個性にあわせた医療機器を選択して、安全に適応させることこそが我々の仕事なのです。

 さらに臨床工学技士というのは、どちらかといえば勝ち戦に関わることが多い。基本的に、臨床工学技士が携わる医療機器は、助かる可能性が高い患者さんに使われます。しかも患者さんが亡くなる直前には、いわゆる生命維持装置は切って臨床工学技士は撤収し、最後にそばにいるのは大体、医師と看護師。ですから医療職なのに患者さんの死に目にあまり会わない。これは臨床工学技士という仕事の特徴であると同時に、ウィークポイントでもあります。デバイスを通して人間を見なければいけないけれど、「死」というギリギリのところにはあまり関われないという、医療人として片手落ちなところがあるんです。ですから機械工学の授業などでも、人工臓器と臓器移植というような倫理系の話も取り入れて、「機械の先には人間がいて、そこには生と死がある」という話をするようにしていますし、その意識だけはしっかり身につけて欲しいと思っています。

■臨床工学技士という仕事、また当学科の今後の展望についてお聞かせください。

臨床工学技士はとても将来性のある、これからの医療にとっては欠かせない仕事だと思います。正直なところ、臨床工学技士はこれからの医療の中核をなすだろう、というのは多くの医療関係者が口にしていることです。

 以前は病院で働く医療従事者というと、医師、看護師、放射線技師、薬剤師など、最近では理学療法士や作業療法士なども一般の方々に知られるようになってきました。それに比べ、国家資格として法制化されて27年少々の臨床工学技士はまだまだ知名度が低いようです。しかしながら、これは臨床工学技士の仕事が手術室や集中治療室という、一般の人の目には触れないところで業務が行われているのもあるでしょう。また、臨床“工学”技士という名前は、広すぎて、具体的になにをするのかわかりにくい。けれどそこには「工学技術を駆使し医療全体をささえる医療技術者」という広大な意味が込められています。大変名誉ある名称だと思います。実際、臨床工学技士というのは、とても裾野が広い仕事。手術室、集中治療室、心臓カテーテル室、血液浄化室での最先端医療機器の操作や診療や治療の支援、病院のライフラインである医用電源や医用ガス関係設備、医療情報系のネットワークの仕事もあれば、医療機器の選定や機器の購入などに関わる管理業務もある。要は医療における医療設備や医療機器に関するところに必ず臨床工学技士がいるということです。

 病院で一緒に働く外科医、麻酔科医、循環器医や看護師などからは、とても信頼されているということをご存知ですか。だから、ご両親が医療従事者で、臨床工学技士という仕事を推薦されて入学してくる生徒も多いです。循環器系や手術室、集中治療室などで働いた経験がある看護師さんは、臨床工学技士の仕事の重要さを実感しています。さらに彼らが活躍している姿を見て、将来性のある仕事だと考え、自分の子どもにも勧めるのでしょう。

 この先の医療は時代の要求に応じ学部教育もかなり高度な教育が必要になるのではないでしょうか。いずれ本学も大学院が設置されます。本学では、臨床工学技士を育てるにあたり医療から信頼される特色のある専門教育を行っていきたいと思います。

 私が学生に勧めているのは、一度就職して医療現場でしっかり働き、その現状を十分理解したうえで、大学院に戻ってきてはどうかということ。医療の現状を見つめ、考え、自分が突きつめたいテーマを持ち大学院で研究してほしい。それによってさらに専門性の高い、優れた臨床工学技士が生まれることでしょう。

・次回は4月10日に配信予定です。