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さまざまな形の新しい「触媒」を開発して生活や地球環境を良くしたい!

2016年3月11日掲出

工学部 応用化学科 原賢二 教授

学生時代には有機化学を学び、その後、新しい「触媒」の開発を研究テーマにしてきた原先生。「触媒」とはどんなもので、社会にどのように役立つのか。先生が実際に開発した触媒が利用された、私たちの身近にある例をあげてお話しいただきました。

■先生の研究テーマである「触媒化学」とはどのようなものですか?


応用化学科2年生の「触媒化学」の講義で使用する教科書

 「触媒」というのはひとことでいえば「化学反応を早く進めるための魔法の粉」です。この世界にはさまざまな化学反応がありますが、その反応の途中に山があると思ってください。スタート地点から目的地へ行くまでには、大きな山を越えなければいけない。それを普通に歩いて越えるためには、たくさんの時間やエネルギーが必要です。ところがその山にトンネルを掘って車で目的地へ向かえば、時間もエネルギーも節約できますよね。これが触媒の役割です。「触媒化学」とは、無駄なエネルギーを使わずに、しかも早いスピードで化学反応の山を越える近道を見つけるための学問といえるのです。

 実はこの触媒、我々の身体や植物のなかにも存在していて、それらは「酵素」と呼ばれています。たとえば植物が太陽の光と二酸化炭素からデンプンを作るためには酵素の働きが不可欠ですし、人間の体内でもいろいろな栄養素を分解するために、さまざまな酵素が働いています。

 残念なことに我々には、まだ酵素ほど効率の良い触媒は作り出せていません。しかし生物学の発展により酵素の構造や機能もずいぶん解明されてきているので、私の研究室では、そうした生物の持つ酵素の仕組みに学んで、新しいタイプの触媒を作り、我々の生活に必要なものづくりに応用していくような研究にも挑戦しています。


魔法の粉「触媒」

■「触媒」はどのような形で活用されているのでしょう。

 先ほど「魔法の粉」といいましたが、実際にはすべての触媒が粉の形をしているわけではなく、液体に溶けているものや、固体のかたまりなどさまざまな形のものがあります。そして用途もさまざま。一般のガソリン自動車では、排気ガスに含まれる有害物質を除去するために触媒が使われています。これは古くから研究されていて、産業としてもなりたっている触媒です。また、水が排出されるだけのクリーンな自動車として普及が望まれている「燃料電池自動車」は水素からエネルギーをとりだして車を走らせるのですが、その反応の際に触媒が使われています。

 石油コンビナートのような大きな工場で、原油をガソリンや灯油、樹脂の原料などに加工する過程にも触媒が必要です。そこでもっと効率よく反応が進む触媒が開発されれば、原油そのものの使用量や加工時のエネルギーが節約できる。このように新たな触媒の開発は、世界的に大きな課題である資源・エネルギー問題や、環境問題の解決にもつながるのです。こうした持続可能な世の中を目指すために化学をどう使えばいいかというテーマは、本工学部が目指す「サステイナブル工学」の追求とも深くつながっています。

■先生が研究に関わるようになったエピソードがあれば教えてください。

 高校時代、アメリカのエネルギー省が主催した「高校生のためのサイエンスキャンプ」というイベントに参加したことがありました。アメリカの各州から集まってきた代表メンバーが研究テーマによってグループ分けされるのですが、日本からの参加は7名なので当然バラバラ。私はテーマに「生態学」を選び、それから2週間、アメリカの高校生たちと一緒に環境アセスメントに関する研究を行いました。川へ行って魚の生態を調べたり、ここにダムを作ったらどういう影響がでるかといった実践的な研究だったので高校生レベルの英語でもなんとかなったのですが、逆にそのとき「英語さえもっとできれば実験も議論も協力してできるし答えも出せる。科学には国境はないんだ!」ということを実感して、もっと科学を勉強しようと思ったのがこの道に進んだ大きなきっかけです。

 私は物理が少し苦手だったので避けるように化学を選択し、大学の卒業研究から大学院までは有機化学を集中的に学んでいました。そのうち、学んだことを応用してさらに新しいことにチャレンジしたいと思うようになり、有機化学に基づいた触媒から固体の触媒にも研究分野を広げたのです。その中で、野菜や果物の鮮度を保つとして市販の冷蔵庫に最近搭載され始めた触媒の開発にも携わりました。有機化学の触媒と、固体の触媒とでは触媒の作り方や分析方法、実験方法も全く違います。触媒をもっと理解するために、国の世界最先端の研究設備に行って物理の知識を応用した実験も行います。有機化学だけを研究していたら、先ほど述べた家庭の冷蔵庫で利用される触媒に関する研究や最先端の実験施設での研究はできませんでした。このように、いろいろな分野を統合したところにこそ、新しいアイデアや正しい理解が得られるのだということを、私は自分の経験から実感しています。学生の皆さんも、ある分野を好きになって、その分野をある程度極めたら、そこで満足してしまわず、ちょっと苦手だったとしても別の分野に乗り込んでみてほしい。勇気を出して新しい分野にチャレンジしてみてほしいと思います。得意でない分野の勉強は苦手でも何とか努力していれば、後々、自分の得意な学問や技術と融合した新しいチャレンジができるのですから。


世界最先端の実験施設(Spring-8)の様子

■今後の展望についてお聞かせください。

 これはまだ将来的な夢なのですが、薄い板状の金属の表面の上に分子を並べて新しい形の触媒を作り、それを利用して小型の診断・治療チップの開発ができないかなと思っています。「表面科学」という分野の専門の人は、表面に原子や分子を並べる技術や知識をもっていますが、並べる分子そのものを作ることは得意ではありません。でも私ははじめに有機化学を集中的に学んだので、表面にならべる有機化合物をデザインして合成することができます。このように、物理系の分野である表面科学と、有機化学の手法を組み合わせることで、新しい触媒の作り方が見つかるのではないかと考えているのです。このような医療への応用を目指した表面科学と有機化学を組み合わせた研究をテーマの一つとして進めていきたいと思っています。

 最後に学生の皆さんへ。大学に入ったら、まずは高校までの勉強を無駄にしないように大学での各項目を学習をがんばって下さい。そして、卒業研究では、なによりも「科学的な思考サイクル」を身につけてほしいと思います。卒業研究で取り組んだテーマを社会に出てそのまま続けることはほぼありません。ただし科学的な思考サイクル=「仮説・計画→実験→結果の解析・検証→考察→仮説の見直し→再び仮説・計画」という考え方のサイクルは普遍です。知識や技術は新しく学んだり、会社で身につけていくものですが、思考サイクルの習得だけは社会に出てからでは遅い。ですから卒業研究では失敗を恐れず、これをたくさん繰り返すことが大切。何度も失敗しても軌道修正してもらって繰り返しチャレンジする。そういう思考サイクルを身につけておけば、どんなプロジェクトを任されても活躍できるだろうと思います。

 また、今年の夏には本校で高校生を対象にした一泊二日の「サイエンスイングリッシュキャンプ」を実施する予定です。興味がある人はぜひ、参加してみてください。


卒業研究で身につけてほしい科学的な思考サイクル

・次回は5月13日に配信予定です。