天然物とナノテクノロジーを組み合わせて、肌にも地球にもやさしい高機能で使いやすい新材料を生み出したい
応用生物学部 柴田雅史 教授
敏感肌やアトピー肌の人でも安心して使える化粧品材料を開発しようと研究に取り組む柴田先生。4年前の取材では、天然色素とナノテクノロジーを組み合わせた新しい機能を持つ化粧品材料の研究などについて伺いました。今回は、その後、研究がどのように進んだのか、新たに取り組み始めた研究も含めてお話しいただきました。
過去の掲載はこちらから→ https://www.teu.ac.jp/interesting/017702.html
■前回の取材では、天然色素とナノテクノロジーによる新しい化粧品材料の研究についてお話しいただきました。その後、研究はどのように進展しているのでしょうか?
ブドウから抽出した色素を活用した
本物のワインレッドパウダー
研究の道のりは平たんではなく、当然、いろいろな失敗も多かったのですが、今ではかなり面白い内容の研究が増えてきていて、実際に企業との共同研究で実用化を目指すものも出てきています。たとえば、前回ご紹介した天然色素の研究で、果実などから抽出するアントシアニン色素の研究があります。これはよく食用色素として用いられるものですが、食品の場合は、うっすら色がついて、1週間程度その色を保つことができればよいだけです。ところがこれを化粧品で使うとなると、数年間という長期間、しかも多少太陽などの光に当たったとしても変色しないといった、さまざまな制限があります。そういうことを踏まえたうえで、研究室では化粧品材料化に向けて、いろいろな取り組みをしてきました。たとえば前回もお話しましたが、色素の分子と同じくらいのナノサイズ(10-9m)の孔を無数に持つメソポーラスシリカという材料を設計し、そこに色素を分子レベルでしっかりと固定しようという試み。これは、なかなか色素が孔の中に入ってくれず苦戦しましたが、どうしたら色素が喜んで孔に入ってくれるのかと、色素の気持ちを考えたりしながら(笑)、いろいろな工夫を考えていったのです。その結果、特殊な金属を入れるなどして、色素が水中にいるよりメソポーラスシリカの孔の中にいるほうが、居心地がよくなるようにする方法を考え、最近ではスムーズに色素を孔に固定できるようになってきました。安定化に成功したことで十分な色の濃度があり、色が長持ちする色素をつくることができたので、かなり実用化に近づいていると言えます。現在は、実際の化粧品化に向けて、いくつかある課題を克服するための方法を考えているところです。
ちなみにこの研究では、ブドウの皮から抽出したアントシアニン色素を使っているので、実用化されれば、本物のワインレッド色の化粧品がつくれることになります。また、バラの花弁の色素もアントシアニンですから、それを使うことでローズピンクという色を本物のバラからつくることも可能になります。実際、研究室ではナノテクノロジーによって、とてもきれいな色みのものがつくれていますから、顔を明るくメイクして、気分を楽しくするようなチークやリップなどに活用していけたらと考えています。また、この天然色素を使った材料は、従来の化粧品に使われてきた合成着色料より安全性が高いものになりますから、ぜひ形にして広く世に送り出したいという思いで研究を進めています。
■他に進展のあった研究には、どのようなものがありますか?
いろいろとありますが、ちょうど前回の取材を受けた頃にスタートした紫外線防御剤の研究が進んでいます。紫外線防御剤とは、紫外線が肌に入らないようにする、いわゆる日焼け止めのことで、現状、大きく2つの技術があります。ひとつは、油のような性質のある有機の合成品である紫外線吸収剤。これは文字通り、紫外線を吸収する剤になります。そしてもうひとつが、粉を使った紫外線散乱剤。酸化チタンなど、白っぽい粉を入れることで紫外線を反射する剤になります。この2つの紫外線防御剤には、それぞれ問題があって、紫外線吸収剤は肌が弱い人には浸透性が高すぎるという問題が挙げられます。一方、紫外線散乱剤は、酸化チタンの白い粉が紫外線だけでなく、目に見える光も反射するため、どうしても不自然に白っぽく見えてしまうという問題があります。いわゆる白浮きですね。また、酸化チタンは光触媒といって、光が当たると周りのものを酸化させたり、還元作用があったりするので、化粧品の中や肌のうえで周りのものを分解してしまう可能性もあります。そこで私たちは、肌に染み込まない無機の粉で、紫外線を吸収するような性質を持つ化粧品材料をつくろうと取り組んでいます。具体的には、メソポーラスシリカに酸化鉄を組み込んだ粉体で、紫外線を吸収しようというものです。今のところ、鉄を上手くメソポーラスシリカの骨格に組み込むことができていて、手などに塗っても白くならず、透明になるものができ上がっています。今後は、もう少し紫外線吸収力のパワーアップを図るため、鉄とメソポーラスシリカに加えて、さらにもう1つ、2つのものと複合化させることを考えています。
鉄含有メソポーラスシリカを配合したサンスクリーン乳液
また、以前お話した、海苔から蛍光色素を抽出して安定化させる研究にも成功しています。当時は、まだ取り出すのがやっとという状況でしたが、最近は光や熱にさらされても分解されないタイプのものを開発できました。このように粉体としては非常によいものができたのですが、まだ化粧品に入れるには問題があります。というのも現状、水を吸収する性質のもので安定化を図っているため、水分が入ってくると餅状になってしまうのです。そうすると化粧品として使った場合、汗をかいたり水に濡れたりすることで、性質が変わってしまいます。そこで今は、その性質を取り除こうと研究を進めているところです。
■では、新たに取り組み始めた研究というのはありますか?
つい最近始めた研究で、フォトクロミック材料というものがあります。これは可視光(目に見える光)や紫外線を当てると色が変わるというもので、たとえば可視光を当てると色がつくけれど、紫外線を当てると色が消えるとか、紫外線が当たっているときは色がつき、しばらく暗いところに置いておくと色が消えるというような色素のことです。このフォトクロミック材料はすでに実用化されていて、何回も書ける紙“リライタブルペーパー”やCD-ROMのような記憶材料などで使用されています。ただ、このフォトクロミック材料は有機の合成品ですから、食品や化粧品に用いることはできません。そこで当研究室では、ある植物に含まれているフォトクロミック性能を持つ色素に注目し、抽出したそれをメソポーラスシリカで安定化させることで、化粧品や食品に使えるものにしようと取り組んでいます。今はまだ始まったばかりで、色素の抽出と複合化はできたものの、色変化は微弱な状態です。今後、さらに研究を積み重ねて、食品や化粧品、子ども用の玩具などに使用できるような、色が変化するユニークな着色剤が開発できればと期待しています。
■最後に今後の展望をお聞かせください。
ここ数年、生活環境の変化によって、敏感肌に代表される肌の弱い人が確実に増えているようです。また、高齢者の方が化粧品をよく使うようになっていて、年齢により肌のバリア能が低下していることなどから、高齢者の肌トラブルも多くなっていると聞いています。ですから、私たちの研究室で取り組んでいる研究は、社会からの需要の高まりもあって、今後、一層広く使えるのではないかと思っています。また、私たちが開発を目指す化粧品材料は肌に塗ることを目的としているため、かなりレベルの高い安全性が求められ、そのレベルをクリアしたものは化粧品に限らず、一般的な工業材料としても安全性の高いものとして利用価値があるだろうと考えられます。今は、さまざまな材料が石油由来ですが、石油は限られた資源ですから、今後は環境負荷の少ない再生可能な資源にシフトしていく流れが一般的になるはずです。当研究室もそういった観点で、できるだけ植物原料や再生可能なもの、あるいは身近なものであまり資源として考えられていないようなものを材料として活用できるようにし、化粧品の枠内に留まらず、日本の工業への応用も視野に入れて、新材料の開発に取り組んでいければと思っています。
昨年度の修士課程と学部の卒業
とはいえ、石油由来の合成品は生産性が高く、性能のよいものが多いのも確かです。逆にこの研究室がこだわっている植物由来のものは、石油由来のものが誕生する以前に使われていた、ひと昔前の原料ともいえます。そのひと昔前のものに、私たちはもう一度スポットライトを当て、今は古臭く思われているような植物由来のものも、ナノテクノロジーを用いた複合化技術でその弱点を克服する仕組みをつくり、石油由来のものよりずっと優れたものをつくりたいという野望を持っています。研究室のアプローチ方法である複合化技術は、複数の物質の融合で相乗効果を目指すもので、「1+1=2」ではなく「1+1=3」とすることができるものです。そこがこの研究の面白いところでもありますが、いつもそうとは限らず、残念ながら失敗して「1+1=0.5」になることも多々あります。それが研究というものなのです。そういう厳しくも楽しい研究を、これからも学生と一緒に積み上げていき、何代にもわたって研究をつなげていくことで、いつかこの研究室で開発した新しい材料が化粧品として実用化されることを夢見ています。また、学生には自分たちのアイデアがどんな結果を生むのか、わくわくしながら、リアルなゲームに挑戦するような感覚で研究を楽しんでもらえればと思っています。
・次回は6月13日に配信予定です。