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病気や障害があっても人は健康でいられるんです!

2015年12月11日掲出

医療保健学部 作業療法学科 池田晋平 助教

高校時代、ケガで入院した経験から医療分野に興味を持ったという池田先生。身体の動きや痛みを取り除くだけでなく、患者と密接に関わることで心のケアにも関与できる職をと作業療法士を志したそうです。今回は、そんな池田先生が、現在、取り組んでいる研究について、お話しいただきました。

■先生は、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 私は、老年学という分野で研究しています。作業療法はリハビリテーションのひとつの領域ですが、老年学はもう少し広く捉えた領域で、老いることとは何か、高齢社会の中でどういうことが問題になっているか、その解決策について考えていく幅広い学問です。対象とする人も病気や障害のある高齢者だけでなく、健康な高齢者を含めた高齢者全般、これから高齢期を迎える人も含めて考える学問になります。 その中で私が今、特に注目して研究を進めているのが、“主観的健康感”というものです。“主観的健康感”とは、高齢者自身が自分の健康についてどう捉えているかという健康の指標です。例えば、何か病気や障害があったとしても、本人が自分は元気だと思っている方もいれば、健康そうに見えても、本人は健康ではないと考えている方もいます。しかし、病気や障害があったとしても「自分は健康だ」と思える人の方が病気の経過が良かったり、身体の衰えが緩やかという報告もされていますし、そのような人の方が他者と関わったり社会参加したりと、活動範囲が広がるだろうと考えられます。そこで、私はどうしたらその“主観的健康感”を高めることができるかというテーマで、研究に取り組んでいるのです。

 具体例としては、在宅要支援・要介護高齢者の主観的健康感に、尿失禁や病気の数、ADL(日常生活動作)の自立度など身体的な健康と、相談できる相手がいるといった情緒的なサポートの有無や孤独を感じるかといったと心理・社会的要因が及ぼす影響についてアンケート調査を実施し、主観的健康感との関係を分析しました。

 調査の結果、尿失禁や要介護度は主観的健康感に影響がなく、一方で、病気の数が多いほど、主観的健康感は低いという結果が出ました。また、心理・社会的要因も主観的健康感に影響していて、情緒的なサポートを受けている人、周囲の人から気遣ってもらっている人は主観的健康感が高く、逆に疎外感・孤独感を感じている人は低いということが分かりました。

 この結果を受けて、私は心理・社会的な部分の介入によって、主観的健康が高められるのではないかという結論に至りました。尿失禁や病気の数は、加齢によって身体機能が衰えることから、誰でも患う可能性があります。もちろん、できるだけ改善を目指すことは重要ですが、人間の衰えに逆らっていくという意味では難しい部分があります。一方、心理・社会的な部分は、まだまだ介入することで変えていくことが可能ですから、それによって主観的健康感を高めることができると考えられるのです。


アジア太平洋作業療法学会での研究発表

■今後、この研究はどういう形で発展させていくのですか?

 これから3年間をかけて、どういうプログラムが主観的健康感を高められるかについて研究したいと思っています。今、お話しした調査研究は、アンケート調査で心理・社会的な要因によって主観的健康感を高められるのではないかという結論に至ったのですが、今度は実際にプログラムを通じて介入し、本当に主観的健康感が高まるのかどうかを確かめる研究に着手したいと思っています。例えば、複数の高齢者の方にインタビューをして、アンケートでは聞き出せていないことを聞くといったところから始めるつもりです。そうすることで、アンケート項目には表れない患者さん個人の考え方が表れます。そういうものを集めていって、それぞれの返答の中に共通する部分を見出し、ひとつの概念をつくっていくことに取り組もうと思っています。それを踏まえたうえで、今度は具体的なプログラムを考えていく計画です。プログラムが開発できれば、研究成果として地域社会に還元したいですね。

 また、蒲田キャンパスがある大田区と、本学の作業療法学科が連携することで、地域の健康づくり、地域づくりに貢献できるとも考えています。一般に作業療法のイメージというと、病院に入院中の人や障害のある人を対象にしたリハビリという印象だと思いますが、近年は、病気や障害を持つ人だけがリハビリをすればよいという考え方に変化が起きています。“介護予防”という観点から、元気な高齢者の方にも作業療法士が関わり、心身の機能を衰えさせないことが重視されてきているのです。

 したがって、介護予防で対象とするのは、地域住民という広い括りになります。対象者が増える分、地域づくりが大切になってくるので、私もそういう考えに沿って研究と地域貢献を進めたいと思っています。これは他大学の例ですが、実際に作業療法士が大学を拠点として、ものづくりプログラムを設け、地域の介護予防に取り組んだりもしています。ですから私も大田区と連携することで、大学の施設を活用しながら作業療法学科が地域づくりに貢献できればと考えています。例えば、大田区は中小企業や町工場が多い土地柄ですから、ものづくりに関わってきて引退した方に、地域住民を対象とした「ものづくり教室」を開いてもらったり、外国人の居住者も多いようですから、本学2階にあるキッチン設備を使用して多国籍料理教室を開くことで地域の人同士が交流できたりすると面白いと思っています。

 やはり一番大事なことは、人との交流やコミュニケーションを持てる場や機会をつくることです。世代を超えて交流できる、人に必要とされるということが、私の研究で言う心理・社会的な部分ですから、そういう人との交流の基盤を地域につくり、“主観的健康感”の向上につなげていきたいと思っています。

■教員という立場から、作業療法士を目指す学生にメッセージをお願いします。

 作業療法士が対象とする人は、幅広い年齢層の方です。そして対象者には、その人それぞれの考え方や、生きてきた人生があります。ですからどのような方にも柔軟に対応できる人間性が必要だと思います。この仕事は人と関わる仕事ですから、対象者の人生や大事にしているもの、価値を置いているもの、その人自身と向き合うことが求められますからね。そういうことを踏まえながら、その方が障害や病気でできなくなったことを再びできるように支援するというところが、作業療法士の仕事の魅力だとも思います。そういう意味では、学生には大学時代から色々なことに興味を持って、挑戦してもらいたいですね。私自身、一人旅が好きで、学生時代は夏休みを利用して自転車に寝袋とテントを積んで北海道を巡るなど、普段では経験できないことを経験しました。そしてたくさんの人と出会いました。他にも学園祭の実行委員に所属したり、軽音楽部に入ったりと、何にでも挑戦しました。そういう経験が、作業療法にも何らか役立てられるのではないかと思います。

■最後に今後の展望をお聞かせください。

 研究については、先ほどお話ししたように、主観的健康感を高める効果のあるプログラムの研究に着手したいと思っています。教員としては赴任したばかりで、正式に担当する授業が始まるのは来年度からですが、学生に作業療法士の魅力を伝えられるような授業をしたいと思っています。多くの学生は作業療法に興味を持って入学してくるとは思いますが、実際に入学してみて、この大学に入ってよかったとか早く現場に出て働きたいと思ってもらえるような授業をしていきたいです。

 また、作業療法を必要としている人から求められるような学生を育てたいとも思っています。そのためにも学びや活動の場を学内に限定するのではなく、例えば地域の方と関わるようなことを授業内に取り入れるなど、学外に出て活動することで学生の視野を広げたいと考えています。加えて、世界の作業療法の動向にも目を向けて、新しい理論や考え方など最新情報を授業で紹介していくこともしたいですね。

・次回は2016年1月8日に配信予定です。