医療現場で起きている問題を想像力と行動力で解決できる技士を育てたい!
医療保健学部 臨床工学科 荻野稔 講師
臨床工学技士として長年、医療の現場で働いてきた経験を持つ荻野先生。病院における臨床工学技士の役割や研究の世界に入ったきっかけ、現在の研究内容についてお話を聞きました。
■臨床工学技士時代はどのような仕事をされていたのでしょうか?
そもそもは医学系と工学系の両方に興味があり、どちらも受験していました。けれど何かしっくりこないなと思っていたところで、ちょうど新しく臨床工学技士という分野の学校ができて、そこへ進学。まさに自分が興味を持っていたところに資格ができた、という感じでした。
ですから私は臨床工学技士の一期生。現場にはひとりも先輩がいなかったため、業務はすべて自分で開拓していかなければなりませんでした。1年目は透析室に配属されたのですが、透析以外の仕事も将来必要と考え、当時の部門長に「透析以外の仕事もできるようにフリーにしてほしい」と2年目で直訴したんです。そして2年目からICU所属でしたが、病院内でフリーの立場になって、業務分野を自ら開拓しました。
もちろん、現場の要望を考慮しスケジュールは自分で作り、1週間ごとに業務報告書を作成し部門長に提出。業務報告書は出せと言われた訳ではないですが、現場の状況と臨床工学技士のニーズを将来アピールする資料になると考えました。臨床工学技士がいない時代は、医療機器の修理等は業者にすべて丸投げしていたのですが、実際に何かトラブルがあってもすぐには来てもらえない場合もあり、そうすると患者さんを待たせることになってしまいます。そこで臨床工学技士がやれば治療中断の回避や外注費のコスト削減にもなるので存在価値が高まると。そこで自分で勉強したり、メーカーさんに教えてもらったりしながら機器管理の技術も身につけていきました。
それが役立ったのは阪神淡路大震災のときです。当時、私は神戸の病院に勤めていて、地震の後に出勤したら透析の機械がぐしゃぐしゃになっていました。まずは大阪の業者さんに電話をしましたが、「阪神高速道路が倒壊して行けません!」との返事。まだ仕事を始めて2年目でしたが、すでに透析室の保守管理は自分でやっていましたし、幸い部品も用意してありました。職員が600人程いる病院でしたが、透析装置を直せるのは私ひとりだけ。そうなったら、やるしかないですよね。必死でした。そこでなんとか自分で修理して、全ての患者さんを受け入れることができました。何日後かに患者様から「安心して治療を受けれて良かった。ありがとう」言われました。この時ばかりは全身に電気が走るだけでなく、「命を守る仕事なんだ」としみじみ思いました。
次に役立ったのが、院内の医療機器をコンピューターで一括管理する「ME機器センター開設」です。開設準備責任者として、関係部署との連携が必要でしたが、部署の隔たりなく業務を行っていたのでスムーズにできました。また、タイマー付医療機器が止まるかもしれないというコンピューター2000年問題でも活躍できました。
一番心配したのが人工呼吸器。しかし、そこは日々の業務のお蔭で現場スタッフやメーカーとの連携はバッチリでした。大みそかの晩はドキドキでしたが、無事を確認して正月の朝帰宅したのは懐かしい思い出です。これらの経験が、教員をしていく中で、非常に役に立ち、今となっては色んな経験させてもらった病院に感謝しています。
■どのようなきっかけで研究者の道へ進まれたのですか?
臨床工学技士の仕事は、機器の保守管理に限らず、治療内容に応じて患者様にアプローチしていくこと。そして安全に機器を操作すること。けれど、臨床の現場ではさまざまな問題が起こり、そのすべてを今ある技術で解決できるわけではありません。
一方で、開発者はSeeds(技術)から開発をはじめますが、実際に開発された器具を現場で見ると「これはいらないなあ」と思うことも多々ありました。現場の人間にとって、本来は自分たちのNeeds(需要)から新しい何かが生まれるのが一番です。
臨床現場で起こる問題を解決できるような新しい医療器具・機器やシステムを開発する研究をできないだろうか。臨床工学技士の仕事を15年ほど続けるうちに、そんなことを思い始めて、大学の教員を目指すようになりました。
■先生が現在、取り組んでらっしゃる研究について教えてください。
私が臨床工学技士として仕事をしてきたなかで、最も多く携わってきたのが透析などの「血液浄化分野」でした。そこで研究テーマにしてきたのが、透析などに使われるカテーテルという器具で管の中で血液が固まらないための手法。現在はそれを「ダブルルーメンカテーテル」に応用するための基礎研究を行っています。
透析のように大量の血液を体外で循環させる際には、血液を取り出すためにカテーテルという管を太い静脈に入れるのですが、そこで一番問題になるのが管のなかで血液が凝固したり、菌が繁殖して感染症の発生率が高くなったり、管が詰まって血液が循環できなくなり、患者さんが致命的な状況に陥ってしまう場合もあります。
対応策として一般的には「抗凝固剤」を用いたり、内側をコーティングしたカテーテルが使われています。それによってかなり改善できてはいるのですが、もっと改良できないかと考えて、思いついたのがカテーテルの帯電化でした。カテーテルの内部をチャージしてマイナスに帯電化させることで、同じマイナスの電荷を持っている血小板が反発して表面にくっつかないだろう、と考えたのです。帯電化させても、電荷減衰といって時間とともに電荷は現象していきます。ですから人工血管などのように長期間、体内に入れておくものでは完全に減衰してしまうので使えません。ところが「ダブルルーメンカテーテル」は体内に留置する期間が短いので、その間は帯電したままでいられるのです。さらに先述した薬剤で中をコーティングする技術は、確立されているもののコストが高い。それに比べると帯電化は簡単に、しかも大量生産ができるので価格を抑えることも期待できます。
現在、実用化を目指してデータを収集しているところです。
■今後の展望についてお聞かせください。
もうひとつ、これから進めていこうと思っている研究テーマが「バイオセンサー」です。たとえば透析中に血液成分を調べるためには、採血した血液を分析して尿毒症物質がどれくらいあるかというデータを取っているわけですが、将来的に在宅透析が多くなってくると、その場で採血して調べるというわけには行かなくなります。そこで透析機の廃液ラインに尿毒症物質に反応するバイオセンサーをつけて、いまこれだけ抜けていますよというデータを病院に飛ばせば在宅での治療状況がわかりますし、この結果ならあと1時間続けてください、といった指示もできるようになります。この「バイオセンサー」は本学の軽部学長の専門分野。ですから東京工科大ならではの面白いテーマだと思っています。
さらに今後、超高齢化社会になっていくなかで避けては通れないテーマ「End of Life」についても、学生共々学んでいきたいと思っています。これは、人生の結末(End of Life)をどうしていくのか、ということを「死」の側面から見ていこうという考え方。臨床工学技士というのは、生命維持装置のスイッチを切ったら確実に亡くなってしまう患者さんと日々、接しています。では患者さんにとって生命維持装置とは何なのか、家族にとってはどうなのか。機器を相手にしていると、その先に人がいることを見落としがちです。単純に技士として機器を動かしているだけでは、患者さんの気持は見えてこないでしょう。もちろん最終的に生命維持装置を止めるなどの決定はしないにしても、医療者が患者さんや家族の気持をわかってあげられることは大切ですし、そこを深く見ていくことで、できることもあるかもしれない。意外とそこに大切なことが隠れているのではないかと思います。
■最後に学生の皆さんにメッセージをお願いします。
国家試験に合格して就職するのは最大の目的ではありますが、それは専門学校でもできること。せっかく大学に入学したのなら、たとえば卒業研究を通じて新しい発想を得て、それをフィードバックしていくことの面白さなども味わって欲しいと思います。また、研究をひとつ仕上げるためにはいろいろな人の協力が必要で、いろいろな人とコミュニケーションを取らなければいけない。そういう体験は、社会に出てからとても役に立ちます。
実は近々、私の研究室の学生たちには、学外でも研究発表をしてもらう予定です。他の研究室ですが、発表した学生さんの成績が伸びたのです。その経験で自信がついたのでしょうね。しかも現役の技士さんたちも、意外に学生の発表は真剣に見てくれていて、「あの学生さんいいよね」ということで就職に有利になることもあります。
卒業したての新人なんて、当然、即戦力にはなりません。そして現場の人間は、単に真面目だけの人よりも、学生時代にしかできない経験をしてきた人の方に興味をもつものです。確実な線路に乗ろうとすればするほど、そこにはライバルが多い。むしろ違う方向からポーンと目的に向かったほうが、意外なところから一本釣りされたりすることもあります。
また、臨床工学技士になって「患者さんに治療で貢献したい」と思うのは当然ですが、日常業務の中から自分なりに問題点を見つけてそこから新しい発想力で何かを作り出すというのも、患者さんに貢献できる方法のひとつであるということを大学で少しでも学んでもらえればと思っています。
■医療保健学部 臨床工学科WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/clinic/index.html
・次回は10月7日に配信予定です。