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医薬品にも役立つ有機フッ素化学の魅力をもっと多くの人に知ってもらいたい!

2017年2月10日掲出

工学部 応用化学科 片桐利真教授

片桐利真教授

有機フッ素化学が専門の片桐先生。含フッ素アミノ酸の合成や新しい有機結晶材料の開発など、現在取り組んでいる研究についてお聞きしました。

■現在、先生の取り組んでいらっしゃる研究はどのようなものでしょうか。

 「フッ素」という言葉には学生の皆さんも聞き覚えがあると思います。身近なところではフライパンなどのコーティング素材として使われる「テフロン」や、冷蔵庫やエアコンの冷媒として使われる「フロン」。これらは「有機フッ素化合物」のひとつで、私が大学の教員になる前、企業で働いていた頃からの研究テーマです。 実はフッ素は医薬品の生理活性物質として非常に多く使われています。「困った時のフッ素頼み」とでもいいますか、もう少し薬の効き目をあげたいと思ったときに、フッ素を入れると活性を上げられることが多いのです。ちなみに最近の新しい医薬品の約10%、さらに年間売り上げ1000億円以上の医薬品20品目中6~7品目にフッ素が含まれています。
 そこでの私の取り組みは、アミノ酸にフッ素を含んだ置換基を入れた「含フッ素アミノ酸」の効率的な合成方法の開発です。医薬品に使われる含フッ素アミノ酸は天然には存在しないため、合成する必要があります。そこで私が開発したのがα-トリフルオロメチルアミノ酸の「共通前駆体」の開発です。これを用いれば、高校生や大学生でもできるような簡単な反応で、医薬品の原料となるさまざまなα-トリフルオロメチルアミノ酸をだれでも簡便に作ることができます。
 現在目指しているのは、含まれるフッ素が3つではなく2つのα-ジフルオロメチルアミノ酸の「共通前駆体」の合成です。α-ジフルオロメチルアミノ酸は、これまで10種類ほどしか作られていませんが、そのうちの2つが医薬品に使えることがわかっています。ですからいろいろなα-ジフルオロメチルアミノ酸の共通前駆体を創れれば、間違いなく良い薬を開発できる。α-ジフルオロメチルアミノ酸はアフリカでツエツエバエが媒介する眠り病があるんですが、それの特効薬になることも既にわかっているのです。ところが作る方法がまだ不十分です。私の「共通前駆体」の開発は最終段階まではきているのですが、最後の一歩がまだできていない状態です。これを完成させて、α-ジフルオロメチルアミノ酸を系統的に作れるようにするのが、いまの医薬品関係の研究の目標です。

■先生がフッ素に興味を持たれたきっかけはなんですか?

 そもそものスタートは1990年。私がまだ会社員だった頃、勤め先でのOJTが「あるフッ素化合物を売れる形にしろ」というプロジェクトでした。顧客からの依頼で大量に作り始めたものの、相手がキャンセルしたために大量のフッ素化合物が余ってしまったので、それを売れる形にして売る、という仕事でした。そこで研究を始め、なんだかんだといいながらその関係の人脈ができ、特許を取ったあとで学会発表などをしていたら、「お前おもしろい奴だな」と前任校でお世話になった教授が大学に誘ってくださった。そこで95年から岡山大学で含フッ素化合物の活性化について研究を始めました。ですから私とフッ素の関係は、会社でたまたま担当した研究から始まっているのです。2007年に上司である教授が定年退官したので、以降7年間、一人で研究室を切り盛りして、その後、本学へ移ってきました。
 ですからフッ素がひとつの大きな研究テーマであることはブレないのですが、その切り口はいろいろです。含フッ素アミノ酸を作る手法をいくつか見つけた後、次の一手をなにか考えなければと思い始めて、新しい分野として選んだのは有機結晶工学でした。つまり有機フッ素分子を使った有機結晶を作り、その結晶材料でなんらかの機能を出すという研究です。俗にいうナノテクノロジーですが、単に小さくすればいいということではなく、ナノテクノロジーの世界ではのマクロの世界では起こらないようなことを起こさなければいけない。そこで考えたのは、結晶のなかにトンネルを作って、そこにガスを閉じ込めるという手法でした。

■トンネルにどうやってガスを閉じ込めるのでしょうか?

 フッ素は電子を強く引っぱる性質があり、そのため分子間相互作用力(ファン・デル・ワールス力)は弱くなります。そのせいで他の分子と違って結晶内での分子の結びつきが弱くなり、柔らかく、ぼわぼわとしたすき間が一種のトンネルになるのです。そしてトンネルのなかの凸凹に、ガスが入り込んで閉じ込められてしまう。水素というのは2原子分子なのでラグビーボールのように縦長の形をしています。そうすると穴に対して並行に動けば抜けてしまいますが、縦になると凸凹にひっかかって動けなくなってしまう。長い通路のようなトンネルで、どこか一箇所が詰まったらその先は進めなくなってその内側の分子はトンネル内に捉えられてしまうわけです。 近年、メタンハイドレートというエネルギー資源の名前を聞くことがあると思いますが、これはカゴ状になった水分子のなかにメタン分子が閉じ込められているもの。それと同じように有機フッ素化合物の結晶のトンネルのなかに水素などのガスを閉じ込める手法が、私が開発したナノ・トンネル細孔によるガス分子の貯蔵法です。
 この手法にはふたつ、画期的な意義があります。ひとつは圧をかければそれに比例して水素が入っていき、圧を抜いたら徐々に出て行くという性質を使って圧力の調整材料に使えるのではないかということ。もうひとつは、新しい水素の捕まえ方を提示したということです。これまでの水素を捉える方法というのは、全てファンデルワールス力を使ったものでした。つまり分子と分子の相互作用でくっつけている。けれど我々が開発した手法は分子間相互力が弱いというフッ素の特徴を逆手にとった手法で、結晶構造そのものによるガスの吸蔵という、ナノテクノロジーの大切なポイントを抑えたことになります。

■先生が化学の道を選んだのは、どのような理由があったのでしょうか。

 大学時代は「グリニャール反応の機構に関する研究」というのをやっていました。有機マグネシウム試薬とケトンの反応機構を研究するという内容で、物理有機化学というジャンルですね。
 実は中学時代までは電気関係の研究をやりたいと思っていたんです。小学生時代にアマチュア無線の免許も取るくらい好きだったんですが、同じクラスにものすごく電気ができる奴がいたんです。こっちが半年がかりでとったアマチュア無線の免許も数ヶ月で取ってしまうし、回路計算なんかもまったく勝てそうにない。世の中にはこんな電気の天才がごろごろしているんだろうなあ、そこと張り合っても仕方ないや、と思って電気をあきらめたんです。
 高校時代の半ば頃には、一時期、医者になりたいと思った時期もありました。ところがそれを言ったら母親に泣いて止められた。というのも母方の祖父が広島で勤務医をしていて、原爆が落ちた後の街に看護のために入って被ばくしまして、割と早くに亡くなったそうなんです。それで母親は若い頃かなり苦労したようで、泣いて反対されたので、そこでもうやりたいことがなくなってしまった。
 そこで、とりあえず大学へ入ってから何をやるか決めようと。最初は古生物学の研究室に入り浸って、化石なんかをいじっていました。当時は、恐竜の骨からDNAを取り出して恐竜を蘇らせたいと思っていました。もちろん「ジュラシックパーク」より前ですよ(笑)。ところが研究室の助手の先生に、古生物学では食えないよと言われ、次に行こうと思ったのが生物物理学教室だったのですが、そこで「まだ出来て2年めだから教育なんてできないので、まずは化学を身につけてからきてくれ」と言われ、化学系の研究室に潜り込んでいたら、いつのまにかこうなったというわけです。化学は教養科目のなかで一番出来た科目で、私のなかでは「やりたいことよりできること」というのも一つの基準だったので。
 ちなみに先ほどの電気がすごくできた同級生というのは、2014年にノーベル物理学賞を獲った天野浩さんです。小中高と一緒で、そのうち8年間は同じクラスでした。お互い「またお前か」みたいな感じで、良くも悪くも腐れ縁ですね。数学の時間に私が前に出て問題を解けば天野も出るし、その逆も、という感じで張り合っていました。彼はいろんな意味で、とにかくできる奴でした。とはいえノーベル賞級だとわかっていたら、私は今ごろ電気屋だったかもしれません。天野先生は無機の結晶工学、僕は有機の結晶工学と、期せずして同じような分野にいるというのも、やっぱり腐れ縁なのかもしれませんね。

■先生にとって化学の面白さとは何ですか。

 なんといっても「物が作れる」ところです。小理屈を100も1000も並べても、やっぱりひとつの「物」には勝てないんですよ。僕の拙い研究結果でも、「結晶がひとつできた」という事実は強いですからね。物が作れる、いうのは化学の強みであり、面白さです。 とはいえ化学の技術というのは、実用化されるまでにとても時間がかかります。たとえば液晶という技術が見つかってから実用化されるまでには130年もの時間がかかっています。19世紀に見つかった現象が、電気というものと出会ってようやく実際に使えるようになっていった。そのように性急なやり方ではうまくいかないことが多く、大学だからこそできる研究も多いと思います。私が会社をやめたのには、そういう面もありますね。
 人気業種である医薬品開発の世界では、有機合成のできる人材が求められています。特に最初にお話ししたように、医薬品に有効なフッ素化合物を扱う技術は就職に有利だと思います。にもかかわらず、全国の合成系の研究室で有機フッ素化学をやっているところは少数で、さらに実際の医薬品開発経験者の有機フッ素化学の大学教員はほとんどいません。少しでも興味がわいた人は、ぜひ当研究室を覗きに来てください。

■工学部応用化学科WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/eng/ac.html

・次回は3月10日に配信予定です。