最先端素材の実用化には分野を越えた力の結集が不可欠。そこから新しい何かが生まれる可能性も!
片柳研究所 所長 香川豊 教授
航空機エンジンの省エネルギー化を実現する次世代材料と注目を集める“セラミックス複合材料”の国内研究拠点として、2017年4月、本学片柳研究所内に「セラミックス複合材料センター」が設立されました。今回は、同センターを率いる片柳研究所所長の香川先生に、研究内容や今後の展望を伺いました。
■「セラミックス複合材料センター」では、どのような研究に取り組んでいるのですか?
簡単に言えば、セラミックス複合材料(以下CMC)の実用化に向けた様々な研究開発に産官学連携で取り組もうと進めています。
まずは、CMCについて説明しましょう。皆さんは身近にある材料が、いったい何度まで使えるか知っていますか? 例えば、プラスティックは100℃で曲がったり燃えたりします。アルミニウムは120℃を超えると変形してしまうし、鉄は600~700℃程度が限界です。案外、低いと思いませんか?
では、飛行機に使われている材料はどうでしょう? 私たちが座る機内の室温は22~25℃前後ですが、飛んでいるときの外気温はマイナス50~60℃です。エンジンはというと、燃焼ガス中は約2000℃にもなります。つまり、あの機体ひとつの中に、すごい温度差が存在しているんです。そういう環境にそれぞれ耐えられるように、私たちエンジニアと呼ばれる人達が、使える温度の上限が決まっている材料をうまく工夫して組み合わせて使えるようにしているのです。具体的例を挙げると、今の航空機エンジンのタービンブレードは、ニッケル合金製でジルコニアがコーティングされています。また、ブレードには複雑な穴があいていて、そこに空気を流して表面が炎に触れないように工夫しています。こうした合わせ技で、なんとか2000℃の燃焼環境に耐えられるようにしているのです。
ということは、もしある材料の使える温度や強度の幅を広げることができれば、それだけ使える範囲は広がりますよね。そこで、私たちの手がけているCMCの登場です。CMCとはセラミックス複合材料というもので、セラミックに工夫を加えた材料です。セラミック自体は陶器の一種ですから非常に高温で使えるものですが、壊れやすいという特性があります。その脆さをどうにかしないと、例えば先程の航空機エンジンに使おうと思っても使えません。高温に耐えられても割れてしまってはエンジンが壊れます。そこで工夫を加えて高温に耐え、しかも強い素材にしたものがCMCなのです。
■具体的には、どんな工夫がなされているのですか?
セラミックスとして使用するSiC(炭化ケイ素)に、直径10ミクロンのSiC繊維を複雑に分散させることで、熱に耐え、割れにくく、かつ軽いという特性を実現しています。例えば、人の骨や木の枝を曲げていっても、ミシミシッと音はするけど、なかなか折れませんよね。その理由は、色々な組織が小さいレベルで複雑に絡み合っているからです。でも全く壊れていないわけではありません。ミシミシ言ってるのですから、ヒビが入って本当は壊れている。でも全部は壊れずに、少しずつ壊れていく。これがもしお茶碗やガラスのコップだったら、パリンと割れてしまいますよね。逆にお茶碗やガラスに繊維などの別素材を入れて、骨や木のような複雑な組織にしてあげれば割れにくくなる。それを人工的につくったものがCMCです。
■今、CMCは世界的に注目を集めていますが、その理由は何ですか?
ひとつは先程も例に挙げた航空機エンジンの部材に使おうとしていることが挙げられます。その理由は、CMCが今の航空機エンジンに使われているニッケル合金に比べて約3分の1の重量と非常に軽く、耐熱性や強度も高いので、航空機の燃費向上に有効だと期待されているからです。そういう省エネルギーで環境に配慮したモノづくりは、今、社会から強く求められています。また、民間航空機のエンジンは世界で3社しかつくっていませんが、その内の1社であるアメリカのゼネラル・エレクトリック(GE)社が数年前にCMCをエンジン部材に採用すると宣言して、2016年には実際にそれを使ったエンジンを搭載しました。こうした影響もあって、これからはCMCの時代だと注目されているのです。
■今後の展望をお聞かせください。
CMCセンターとしては今年度、装置を揃えるなど研究所の設備を整えました。来年度は様々な企業や組織の方がここに集まり、研究をさらに進めていく予定です。CMC自体は、まだ研究中の部分もありますが、このセンターの目的はCMCの基礎研究ではなく、実用化の支援を行うことですから、そろそろ材料を固定して、実用化に向けた研究にシフトしていきます。具体的には、どうしたら安く、早くつくれるかというところの研究です。また、耐久性や安全性の課題もあります。例えば、昔から使われてきた工業材料である金属は、使っている内に壊れては問題点を見つけて改善する、この繰り返しを積み重ねてきた歴史があります。一方、CMCは前例のない新しい素材です。しかも、今は過去の経験に照らし合わせつつも、ものすごいスピードで実用化しなければなりません。当然、実用化後も課題がどんどん出てくるでしょう。そういう様々な課題を越えるには、材料の研究だけでなく、機械、電気、コンピュータなど色々な分野が協力して、いかに課題解決に要する時間を短縮するかが鍵になります。
このCMCセンターを大学内につくった狙いのひとつは、そこにあります。実は今、本学のコンピュータ分野でAI(人工知能)が専門の先生と一緒に、CMCの耐久性の検査方法について研究し始めているんですよ。というのもCMCは、同じようにつくったとしてもSiC繊維の入り方がひとつずつ違う、いわば芸術作品のようなものなのです。そこでそれぞれの繊維の入り方に問題はないのか、どうなっていたら問題があるのかを知る検査にAIを活用できないかと進めています。このようにCMCの実用化の過程には、これまで考えられなかったような領域の先生同士が力を結集しないと前進できない壁があります。逆にそういう状況が、何か面白いものを生むではないかという期待もあります。例えば、このセンターをハブにして異分野の先生同士が知り合うことで、CMCとはまた違う、新しい何かが出来てきたら面白いですよね。
また、最先端の研究に教員が関わることで、それを教育に還元できる点も大きいでしょう。大学で研究する意味は、その成果で社会貢献をするだけでなく、当然、教育上の効果もあるからです。先生方にはそういう意識を持って、CMCセンターの研究で得たものを授業に活かしてほしいですね。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
私は長年、セラミックス複合材料に関する研究をしてきました。セラミックスは値段が高いからと下火になっていた時期もありましたが、GE社が航空機エンジンに使うとなって、今、CMCフィーバーが起きています。そんな私が思うのは、研究は流行ってからしても遅いということです。研究は、それを流行らせるか、流行る前からやってきて活躍するかのどちらかです。それは、大学選びにも言えることではないでしょうか? 例えば今、流行っている分野があったとして、卒業する頃はどうか、10年先はどうか、それは誰にもわかりません。ですから、今の流行よりも将来を見据えたカリキュラムをつくっている大学や学部かどうかという視点で選ぶとよいのではないかと思います。
あとは、自分の性質に合うものが何かを知ることですね。長年、材料分野で学生を見てきましたが、ものすごく計算やシミュレーションが得意だけど新素材を研究させると全然できない学生もいれば、逆に計算は苦手だけど、混ぜたら何色になるといった未知のことを研究するのが大好きという学生もいました。やはり人には得手不得手があるわけです。皆さんも自分のタイプを見極めて、ストレスなく取り組めるもので、心惹かれるものにチャレンジしてください。
■CMCセンターWEB:
https://www.teu.ac.jp/karl/cmc/
・次回配信は5月を予定してます。