これからは、その人らしい生活の獲得を目指すオーダーメイドの“作業”が大切になってきます
医療保健学部 作業療法学科 友利 幸之介 准教授
心理学に興味を持っていたことから作業療法士の道に入ったという友利先生。リハビリテーションにおける目標設定の研究や“作業”に焦点を当てた作業療法の実践に関する研究に取り組むほか、「日本臨床作業療法学会」を立ち上げたり,日本作業療法士協会の作業療法定義改定に関わるなど、精力的に活動されています。今回はそんな友利先生の研究について、詳しくお聞きしました。
■先生はどのような研究に取り組んできたのですか?
これまでに取り組んできたのは「意思決定支援のためのアプリケーション開発」です。具体的には、iPad用アプリケーション(以下アプリ)の「ADOC(エードック/Aid for Decision-making in Occupation Choice)」、「ADOC-S」、「ADOC-H」の3つの開発を手がけています。
「ADOC」は、作業療法で目標とする作業を決めるときに、患者さんと作業療法士とのコミュニケーションを支援するアプリです。使い方は簡単で、画面上に表示された日常生活における作業のイラストを患者さんと一緒に見ながら、その作業が重要かそうでないかを聞いていきます。選択する目標は、セルフケア、移動・運動、家庭生活、社会活動、趣味、スポーツなど8つのカテゴリーがあり、全95項目で構成されています。これはWHOが出しているICF(国際生活機能分類)をベースに日本の生活文化に合わせてつくったものです。これらの項目の中から患者さんができるようになりたいこと、できなくて困っていること、できるようになる必要があることなど、重要だと思うことを選んでもらいます。さらに選んだ項目がどれくらい重要かという重要度も選択してもらいます。次に作業療法士が患者さんにとって重要・必要だと思う目標を選んでいきます。最終的に、患者さんが選んだ重要度の高い項目と作業療法士が選んだ項目を両方表示してよく話し合い、そのうちの5項目を作業療法で目標とする作業に決定するというものです。
■このアプリ開発には、どんな背景があったのですか?
作業療法におけるリハビリテーション(以下リハビリ)の本来の目的とは何かということが大きく関係しています。リハビリと聞くと、手を動くようにするとか歩けるようにするといった機能訓練のイメージがありますよね。しかし、本当はもともとあった生活に戻る、あるいはその人らしい生活の獲得ということがリハビリの目的なのです。つまり、手が動く、歩けるようになることは、その人らしい生活を送るための手段であって目的ではないのです。ところが、その根本が臨床現場ではどうしても忘れられがちになります。
そこで手が動く、歩ける、家に帰るといった従来の画一的な目標から、今後はその人に合わせた生活支援として、より具体的で個別的な目標を設定していく必要があると考えました。ただ、その人らしい生活というのは、千差万別です。それぞれに趣味があり、したいことも違います。ですから患者さんの希望を聞いて、私たち専門家もどういう作業をしたら良いかを提案し、意見をすりあわせていくことが非常に重要になります。ところが、その話し合いがなかなかうまくいかないこともあるのです。私たちが手がけている研究では、患者さんが考えている目標と、理学療法士・作業療法士が考えている目標の一致率は、わずか17%という結果が出ています。それだけ患者さんには、自分の意見を言いづらいところがあるのだと思います。どうしても「先生にお任せします」「先生に言われた通りにします」となりがちですからね。
そこで、「ADOC」を使うことで患者さんが意見を伝えやすくし、作業療法士も例えば「旅行に行きたいという目標は理解したので、そのためにまずは立ち上がる練習から始めて、順を追ってできることを増やしましょう」と提案し、お互いが納得して取り組める目標を設定できるようにしたいと考えたのです。ですから「ADOC」はオーダーメイドのリハビリを組み立てるためのアプリだと言えます。
また、「ADOC」は本学の授業でも使用しています。リハビリの最初の段階で患者さんのニーズを聞き出すときの練習に使ったり、「ADOC」のペーパー版を使って患者さんとの面接の方法を教えたりもしています。学生や経験の少ない若い作業療法士でも使用できるという点もこのアプリの特長です。
■では、「ADOC-S」「ADOC-H」についても、教えてください。
「ADOC-S」は、Schoolの「S」です。今、自閉症や発達障害など特別な支援が必要な子どもが、通常学級に6.5%ほど在席していると言われています。しかし、学校の先生は一人で30~40名の生徒のクラス運営を考えないといけないので、その子一人に対して何かするというのは難しい。そこで作業療法士がそういう学校現場を支援できないかとつくったのが、「ADOC-S」です。基本は「ADOC」と同じですが、項目が学校生活に関することだったり、イラストが違ったりします。これを使って、先生と保護者、作業療法士、可能であれば当事者である子どもも一緒に、その子にできるようになってほしいことを話し合っていきます。この取り組みはとても興味深くて、アプリをもとに目標設定することで先生のちょっとした工夫や関わり方に変化が生まれて、問題を抱えていた子どもが1ヵ月ほどでがらりと変わることも珍しくありません。
海外では発達障害に関わる作業療法士が、15~30%もいる国がありますが、それに比べて日本はまだ3~5%と少ないのが現状です。ですから今、学校に作業療法士が入って支援できるようにしていこうと、日本作業療法士協会も力を入れているところです。
「ADOC-H」は、Handの「H」で、日常生活で手の使用を促すためのアプリです。脳卒中や骨折などで手の機能が低下した患者さんの中には、リハビリでは手を動かしても、生活の中ではその手を使わないでいることが習慣化しているケースが多く見受けられます。以前は半年以上経過すると、リハビリをしても手の機能は良くならないと考えられていましたが、最近では何年経っても回復する見込みはあると言われています。つまり生活の中で使えば使うほど良くなるのです。しかし、単に「生活で使ってください」と言うだけでは、患者さんはイメージしにくく、実践できません。もっと具体的な動きを提示して、取り組みを促す工夫が必要なのです。そこで「ADOC-H」では「ADOC」同様、イラストを選ぶ形式で、例えば歯みがきの場合、水を出す、歯ブラシに歯磨き粉をつける、歯を磨くというように、より細かく行動を分類して表示し、来週までにこの動きをしてきてくださいと患者さんに宿題を出すようにします。どういう場面でどう手を使うか細かく提示することで、患者さんが何をして手を動かすのかイメージしやすくするのです。
■今後の展望をお聞かせください。
「ADOC」を開発した当時から海外でも使えるだろうと考えていたのですが、それが今、少しずつ動き始めています。1年ほど前に「ADOC」の英語バージョンをつくったのですが、今、それをニュージーランドで試用する計画が進んでいます。また、中国語版も翻訳が終わったところなので、これから中国の現場で試用する予定です。それから、韓国語版もつくりました。ちょうど昨年、本学は韓国のウソン大学と国際交流協定を結んだので、今後、一緒に研究をしていこうと考えています。ゼミ生も卒論としてこの研究に関わっています。
ただ、ADOCは言語の翻訳だけでなく、項目やイラストの修正が必要です。例えばお風呂は、日本語版は浴槽に入っているイラストですが、欧米ではシャワーに変えています。また、海外の場合、先住民がいたり欧米の人がいたりと、ひとつの国に多様な人種が混在していて、それぞれに生活様式が異なります。ですから言語だけでなく、生活様式や文化の違いにも対応したアプリの開発を進めているところです。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
作業療法って一般の方には何の専門なのか,わかりにくい職業かもしれません。しかし作業療法士になって20年ほど経ちますが、いまだに毎日新しい発見があります。やってもやってもわからないことが出てくるので、一生、飽きない仕事だと思います。みなさんにも、ぜひこの「わからない楽しさ」を経験してもらいたいですね。自分で答えを探究していくことは面白いものですよ。
また、作業療法が目を向ける“生活”は、色々な人にとってコアとなるもの、共通点となるものです。つまり、この仕事はどんな人とも接点を持てる仕事なのです。作業療法士は今、様々なところから求められている職業ですし、医療や福祉の枠にとらわれず,新たな領域を開拓し,作業療法の可能性を拡げてくれるような学生を本学で育てていきたいと思っています。
■医療保健学部WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/index.html
・次回は4月8日に配信予定です