学生と一緒に、人の心の奥底“深層心理”を生体情報から捉える研究に取り組んでいます!
医療保健学部 臨床工学科 伊東雅之 教授
長年、NTTの研究所で半導体材料の研究に取り組んできた伊東先生。着るだけで生体信号を高精度に測定できる新しい機能素材の開発に関わったことから生体情報に興味を持ち、2014年から本学で研究することに。もともと教育への関心があり、学生の指導にも情熱を持っておられる先生に、今回は研究の詳細や教育への思いなどをお聞きしました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
私は、脳波や心拍数、体温、呼吸、筋電位といった生体情報から深層心理を解析するメンタルサイエンスの研究をしています。深層心理とは、心の奥底、表面的ではない無意識の心理状態のことです。研究テーマについては、学生が興味を持って取り組めることを重視しているので、いつも彼らとディスカッションしながら面白いと思うものを選んでいます。例えば、「生体情報による情動伝染メカニズムの解析」というテーマで取り組んだ研究がありますが、これも学生とディスカッションするなかで、複数人で集まって話していると感情移入して、一人が悲しくなると他のみんなも悲しくなる、逆に一人がものすごく楽しい体験をしたという話をすると他のみんなも楽しくなる、心理学用語で“情動伝染”と呼ばれる現象がよくあるよねという話から、それを疑似的につくって、どのような形で伝染するのか調べてみようと実験したものです。
具体的には、ポジティブな感情である“喜び”とネガティブな感情である“恐怖”の2種類の感情を取り上げ、それらを一人で経験した場合と多人数で経験した場合の情動伝染のメカニズムを調べました。まず、ポジティブな感情を調べるため、学生4人に「マリオカート」などの楽しいゲームで遊んでもらいます。その際、脳波や心拍数を簡易に測定する装置や表情から感情を認識する感情分析ツールを用いて、学生たちの生体信号がどう変化するかを測定しました。その結果、ゲームを始めて8~12分のところで、脳波のうち、集中力や緊張感の高まりを示すβ波が4人とも協調的に高くなりました。このとき、ゲーム内は非常に緊張した危ない場面だったのです。そういうときに4人ともβ波が上がった、つまり全員が危機感を共有して影響を及ぼしあうということがわかったのです。逆に1人で同じゲームをして測定したデータでは、リラックスを示すα波も集中力や緊張を示すβ波もそれほど顕著な変化はありませんでした。このことから、多人数で一緒にゲームをすると、一人のときとは違う生体反応を示すという特徴を捉えることができました。また、ゲームを通して「喜び」の情動伝染が働くと、心拍数は高く、β波が増え、表情による感情分析では幸福が増加することも確認できています。
一方、ネガティブな感情である“恐怖”については、恐怖動画を鑑賞してもらいました。これも一人で鑑賞する場合と多人数で鑑賞する場合に分けて、先ほどと同様の生体信号を測ってみると、情動伝染が働いたとき、ネガティブ感情では心拍数は影響を受けず、β波は減少、α波は増加することが確認できました。これにより情動伝染は、ポジティブ感情では集中力が増強し、ネガティブ感情ではそれが緩和され、ある程度のリラックス感を得られる効果があるのではないかということが考えられます。
■では授業を進めるうえで、心がけていることはありますか?
臨床工学科は、臨床工学技士という国家試験の合格を目指す学生が集まるところです。臨床工学技士は医師の下で、専門的な知識を持って一緒に働く医療従事者ですが、医師が任せるほどの高度な専門性を要します。ですから医学と臨床工学と工学の3分野に関する幅広い知識が求められるのです。当然、国家試験もそこから出題されるので、学生はこれら3分野すべてを幅広く学習しなければなりません。ただ、学生によっては生物が好きで医療系に進みたいけど物理は苦手という人もいれば、機械や理工系が得意だけど生物は苦手だという人もいます。そういう学生に対して、一様に医学・臨床工学・工学を理解させるということがこの学科で教えるひとつの大きな仕事です。
私が担当している工学分野の授業にも、物理や数学が苦手な学生はいます。そういう学生に工学の基礎知識をきちんと理解してもらうには、それなりに工夫が必要です。特に私が大切にしているのは、学生に興味を持ってもらうこと。それを引き出すきっかけを与えることが教員の役目だと思っています。そのためには、学生との信頼関係を築くことです。それがなければ、どれほど優れた指導技術があっても学生の心には響きません。具体的には、学生目線になること、共感すること、そして長所を評価してそれを伸ばすことが大事だと思っています。もっと言えば、学生のポテンシャルを信じることだとも言えます。また、意外な知識の共有というのも最近、重要だと気づきました。例えば学生と好きな音楽やマンガの話をするなかで、お互いに好きなものを共有できると意気投合でき、距離が近くなることで信頼関係が築きやすくなります。ですからコミュニケーションを積極的にとるようにもしています。
また、何かを教えるときは、学生に答えではなくヒントを与えて、自分で考えてもらうようにしています。ある課題に対して答えや解決方法を教えてしまうと、学生はその場では理解しますが、あとで忘れてしまうからです。ですがヒントを与えて、自分で答えや解決方法を導き出せば、学生自身が考えを巡らせた分、達成感や充実感を得ることができます。それが興味や自信を持つことにもつながるだろうと思っています。
■学生にはどんな臨床工学技士になってほしいですか?
臨床工学技士は医師をサポートする職業ですが、かといって受け身ではなく、能動的に自ら提案できる人になってほしいと思っています。医師は特定の分野については詳しいかもしれませんが、別の分野についてはそうではない場合もあります。そういうときに自分の見解やアイデアを積極的に提案できるプロになってほしいですね。そのためには、大学で何かひとつ、自信の持てる経験をすることです。勉強に限らず、自分はこれでは負けないという経験がひとつできれば、社会に出てからも頑張れると思います。
■今後の展望をお聞かせください。
今回は生体情報を用いた深層心理の解明に関する研究の話をしましたが、もうひとつ、運動能力の向上についても研究したいと思っています。特にメンタルは運動機能に非常に大きく影響します。私自身、長くバドミントンをプレーしてきたのでわかるのですが、緊張する場面ではあまり実力が発揮できず、かといってリラックスし過ぎていても実力を発揮することができません。適度な緊張とリラックスのある状態だと非常に良いパフォーマンスを得られるとよく言われるので、その辺りの研究を進めたいと思っています。
実際、バドミントンのダブルスをするときに、プレーヤー4人全員の心拍を計測したことがあるのですが、まさに先ほどの情動伝染に近いような伝染傾向があることがわかりました。ダブルスのときは、パートナーの気持ちに同化するのです。例えば前衛にいるプレーヤーにチャンスボールが来て、スマッシュを決める時、後衛の人も同じ思いでいるので、実際、後衛の人はスマッシュをしなくても心拍数が上がります。それも情動伝染に近い、同化の傾向が見られるので面白いです。
またサッカーで測定したときは、守備ごとに生体信号の変化が似てくるということがわかりました。サッカーの場合、フォワード、ミッドフィルダー、ディフェンダーとそれぞれ役割が違いますが、役割の近い人同士が同じような生体信号の変化を見せました。一方、全員の心拍数が上がったのは、最前線にいる選手がシュートを打つときです。これは役割に関係なく、どの選手も「ゴールを決めて欲しい」という同じ思いがあるからだと思います。今後は、野球などさまざまなチームプレーの競技で、どのような違いが出るか調べてみたいですね。学生もきっと面白がってくれるだろうと思います。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
大学とは、さまざまな可能性のある、チャレンジングな場所です。ですから入学したら、ぜひ自分自身の可能性を思う存分、追求してほしいと思います。そのためには、自由な発想と自由に動けるフットワークの軽さ、柔軟な心構えが必要です。受験の先には、そういう自分の可能性を拡げるステージが待っているということを忘れずに、目の前の受験勉強を乗り切ってください。また、社会には自分が必要とされるもの、自分にしかできないことが必ずあります。それを大学時代にぜひ、見つけてもらいたいですね。