大学の学びはこんなに面白い

大学の学びはこんなに面白い

研究・教育紹介

東京工科大学 HOME> 大学の学びはこんなに面白い> 化学の醍醐味は、ある程度の知識があれば学生でも世界初の新しい物質をつくれること!

化学の醍醐味は、ある程度の知識があれば学生でも世界初の新しい物質をつくれること!

2022年5月27日掲出

工学部 応用化学科 森本 樹 准教授

工学部 応用化学科 森本 樹 准教授

もともとは中学・高校の教員になろうと考えていたという森本先生。大学で有機化学の研究室に所属し、現在の研究テーマである人工光合成と出合います。今回は、先生の研究室での取り組みや学生の教育についてお聞きしました。

■先生が率いる「光機能性錯体化学研究室」では、どのような研究に取り組んでいるのですか?

 研究のひとつとして、人工光合成の実現を目指しています。光合成というのは、みなさんが小・中学校で学習したように、植物などが二酸化炭素と水と太陽光から炭水化物と酸素を生成することですよね。その植物の営みをヒントに、太陽光をエネルギー源として人の手で二酸化炭素を有用な化合物に変換しようというのが人工光合成です。ただ、植物が行っていることをそのまま再現するのは、とても難しいことです。そのため、多くの研究者は「二酸化炭素を還元して高エネルギーな炭素化合物を生成する」ことと、「水を分解して酸素と水素を発生させる」ことという、単純化した反応を光エネルギーで起こす触媒(光触媒)の開発に取り組んできました。この研究室では、その触媒のひとつとして、昔から研究されてきたレニウム錯体という金属錯体を用いて、二酸化炭素を還元して高エネルギーな炭素を含む化合物をつくり出す研究をしています。このレニウム錯体は、実は性能があまり良くないため、その高性能化を図ることが研究テーマのひとつです。人工光合成のうち、二酸化炭素の還元反応の効率をさらに高める、つまり同じ時間でもたくさん二酸化炭素を還元できるレニウム錯体を新たにつくることに取り組んでいます。
morimoto111.jpg

 金属錯体は、中心が金属で、その周りを配位子と呼ばれる有機物が取り囲んでいます。中心にある金属は周期表上にある元素でしか置き換えられません。実際、周期表上の金属で、二酸化炭素を還元できるものは、今のところ十数種と限られています。となると、その金属を変えるより、それを取り囲む配位子に少し工夫を加えることで、金属の性質を変えてあげる方が良いだろうというわけです。私の研究室で言えば、レニウム錯体の配位子に工夫をして性能や性質を変え、二酸化炭素をさらに効率よく還元できるようにしようとしています。
 具体的な工夫のひとつとして、レニウム錯体の周りを囲む配位子を少し変えて、二酸化炭素を確実に捉えて反応させようと取り組んでいます。二酸化炭素の還元は、気体である二酸化炭素が泳いできて、たまたまそれを還元する金属錯体と出合って反応するというパターンが一般的です。ですがもっと積極的に二酸化炭素を捕まえて反応させれば、反応効率を高められます。また化学反応は、ある物質が別の物質の特定方向からぶつかったときにしか反応しませんが、私の研究室で工夫を加えたレニウム錯体は、CO2が近くにいたら捕捉して、そのまま還元することを目指して設計されています。
 今、世界では大気中のCO2濃度が400ppmを超えたと騒がれていますが、それをパーセンテージに換算すると空気中の0.04%です。これは例えば1万人のコンサート会場で4人の人を探すのと同じくらい、見つけるのが難しいですよね。ですから、もしすれ違ったら確実に捕まえる工夫をしておこうというわけです。
 今、お話しした研究は、すでに二酸化炭素還元ができると分かっている金属(レニウム錯体)の性能を高める、1を100にするような研究だと言えます。他方、0を1にするような研究も手がけています。二酸化炭素を還元できる金属の探索です。レニウムは、もともと他の金属を鉱山などから採掘するときに、おまけ的に一緒に出てくる金属で、地殻中の存在量が少ないため、とても希少です。ですからもっと誰もが知っているような入手しやすい金属、例えば鉄やニッケルなどに置き換えられないか、ということが研究の主流になっています。この研究室でもそれにチャレンジしていますが、まだ良い性能の金属は見つけられていません。例えば、銀を触媒に使った二酸化炭素の還元にも取り組んでいますが、現状、二酸化炭素の還元に成功したという段階で、効率は良くありません。これから、その性能を少しずつ高めていこうと進めています。

 また、人工光合成の要素のひとつとして欠かせない、光を集める研究にも取り組んでいます。植物が光合成をするとき、水は根が吸い、二酸化炭素は葉っぱで捕まえます。そして、もうひとつの大切な要素が光を集めることです。光のエネルギーを集められないと、反応が進みません。葉っぱを暗い箱の中に入れておくと色が薄くなり、しおれますよね。また、葉っぱは緑色をしているので光を集められますが、世の中にある化合物すべてが光を集められるわけではありません。人間の目で見て、色がついているものは可視光を集めているという一般則はありますが、よりたくさん光を集められた方が光合成にとっては都合が良いはずです。そうなると光を集めて、そのエネルギーを反応に使えるようにしてくれるものを開発することも大事になります。それを光アンテナ分子と言います。
 光アンテナ分子の開発は、数年にわたる学生のみなさんの努力で、昨年ようやくうまくいきました。周期表の二段目までの身近な原子で、つまり、生物が普通に体内に取り入れているような元素だけで光を集めて、二酸化炭素の還元を効率良く進めるものを開発できました。

■今後の展望や研究者としての夢をお聞かせください。

 植物は何十億年をかけて、地球というフラスコで実験を重ね、最も効率の良い光合成の方法を残してきました。そんな植物に、人間は到底かないません。ですが私たち研究者は、植物をつくりたいわけではなく、二酸化炭素を還元することで、地球上に増えた二酸化炭素を減らし、なおかつそれで石油や天然ガスをつくりたいのです。そうすれば今、地球上で問題になっているさまざまなことを解決できるかもしれません。生物の呼吸や石油を燃やすことで出る二酸化炭素は、今は不要なゴミですが、それをもう一度集めて、石油などの有用なエネルギーに戻したいというのが、人工光合成の実現を目指して二酸化炭素の還元を扱っている私たち研究者の夢です。今は条件を整えて、二酸化炭素ばかりの環境の中で実験をしたり、反応をうまく進めるために水以外の溶媒を使ったりしていますが、究極的には水と空気中の二酸化炭素と太陽光だけでそういうことを実現したいですね。

■研究室に所属する学生は、こうした研究にどのように関わっているのですか?

 今回、お話しした研究はすべて、学生が卒業研究のテーマとして取り組んでいるものです。私の教育的ポリシーとしては、学生に世界中の誰もつくったことのないものをつくってほしいという思いがあります。今は、化学式を書くと、それがすでに知られているものかどうかを簡単に検索できる「SciFinder」というものがあるので、それで調べたときに1件も出てこないものを研究してほしいと思っています。「誰も見たことがないし、ましてや、誰も性質を知らない化合物が、どんな機能を見せてくれるだろう?」ということを体験してもらいたくて。それこそが化学の醍醐味だと思うからです。
 方法としてはすごく単純で、9人の学生がいたら9つの新しい化合物を並べます。この化合物はきっと二酸化炭素を還元するだろうとか、きっと光エネルギーをたくさん集める分子だというように、それぞれどういうことを狙っているかということは説明します。その後、どの化合物の研究をしてみたいかを学生に聞いて、選んでもらいます。どれを選んでも、過去に誰もつくったことのない化合物ですから、難易度は同じです。
 もちろん、似たような化合物は過去につくられていることもあります。基本的に全く新しいパーツというものはなく、この部分は過去にこういう方法でつくられているから、それを少し変えるとできるのではないかという感じで、アドバイスしていきます。ただ、その方法が必ず当てはまるかどうかはやってみないと教員でもわかりませんから、うまくいったらラッキーという程度で取り組んでみようと言っています。参考にするレシピはあるけれど、その通りにすればできるというものではないので、研究室や応用化学科にある機械を使って、狙った化合物ができたかどうかをひとつずつ検証していく作業が必要です。本学科には分子の重さを測る機械もあれば、どういうパーツ(官能基)でできているかを見る機械などが数多くあります。それらは研究室で本格的に実験を始める4年生から使えるようになるので、そういう機器を使う経験は学部で卒業する学生にも必ずしてもらえます。
 応用化学科の学科長もよくお話しされるのですが、研究は9割が失敗、1割がうまくいく程度です。でも9割失敗したら、そういう方向に進まなくて良いとわかったと捉えられます。化学(科学)とは、そういう分野です。また、化学は物理や数学のように、必ずしも頭の良さや天才的なひらめきが必須ではありません。誰もやったことがないことであれば、失敗してもやってみよう、あれもこれも試してみようと手数を打ったときに、新しいものが見えてくるという可能性のある分野だからです。世界にはとても偉い先生がたくさんいますが、まだつくられていない化合物が山ほどあるというのも楽しいです。そういうものを自分でつくってみると、当初は二酸化炭素の還元を目的にしていたけれど、飛びぬけて光る化合物ができたなんてこともあります。それもこれも、自分で目的を持って手を動かしてみないと分からないことです。そして卒業する頃には、学生は世界で誰もつくったことのないその化合物を合成した唯一の人であり、その性質に世界で一番詳しい人になっているわけです。そう思うとなんだかワクワクしませんか?
morimoto3.jpg

■先生が人工光合成の研究を始めたきっかけとは? また、その面白さはどこにありますか?

 高校1年の頃には、中学・高校の教員になろうと決めていました。実際に、大学では中学・高校の理科と数学の教員免許状も取りましたし、研究室に入るまでは教員になるつもりでいました。学部4年生で教育実習に行く際、1ヵ月ほどの実習のために研究室で実験できなくなるので、研究室の指導教員に相談したのです。そのときに先生から「学校の先生も悪い職業ではないけれど、それは教科書に載っていること、つまり誰かが調べてわかったことを伝える仕事だ。でも大学での研究は、その教科書に載るような新しい知識をつくることができるぞ!」と言われて。私としては、わかっていることを伝える仕事は今でももっとも大事なことのひとつと思っていますが、研究によって新しい知識をつくれるかもしれないという発想がそのときなかったので、衝撃でした。それまで研究者になるという選択肢が全く頭になかったのですが、学生として実際に大学や大学院でまだ誰も合成したことのない未知の化合物を生み出し、その性質を調べるという経験をしてみると、教育とは違った研究の面白さが実感できました。そんな経験の結果として、教育と研究が両方行える大学教員になりました。
 人工光合成というテーマとの出合いも、学生時代に所属していた研究室です。そこは、自然界にはない新しい化合物をつくり、特定の機能を示すものをつくっている有機化学の研究室でした。特に、葉っぱの中の分子で、光合成を担っている中心的な部分のモデルを研究していました。葉っぱの中で、分子レベルで行われていることを人工的に再現するといった内容です。また、大学院を修了してから最初に職を得た研究室が、金属錯体からなる光触媒によって二酸化炭素を還元する研究を行なっていたことも、現在の分野に身を置くきっかけですね。
 化学の面白さは、先ほどもお話ししたように、ある程度の知識があれば大学4年生でも新しい物質をつくれるというところです。それはすごく魅力的なことだと思っています。だからこそ、化学をみなさんにおすすめしたいです。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 人工光合成の研究に関する学会へ行くとよくわかるのですが、そこには化学分野の研究者だけでなく、生物分野や半導体などを扱う物理分野の研究者もたくさんいます。色々な分野の人たちが集まっていて、非常に学際的です。今ではどの研究分野もそうだと思いますが、特に人工光合成は総合的な分野の知識が必要になってくるテーマだと言えます。化学の人は化学の範疇でしか設計できませんが、生物分野の研究者から「生物の場合はこんな風に上手にやっていますよ」と教えられたら、それをアイデアにすることも多々あります。
 ですから高校生のみなさんには、自分の好きな分野だけでなく、それ以外の分野にも目を向け、興味を持って学んでほしいですね。大学に入学すれば、今の自分が考えつかない、さまざまな分野の人や研究テーマとの出合いがあるかもしれませんし、どの分野もどこかでつながっていますから。また、人工光合成が解決しようとしているのは、結局、カーボンニュートラルや地球温暖化防止、CO2削減といった社会問題です。その解決のために、私たち研究者は日々研究に取り組んでいます。今や、何事においても理系だから関係ないということはありませんから、ぜひ社会情勢などにも興味を持ってください。とはいえ、私が高校生のときは、恥ずかしながらそういう考えはできていませんでした。でも、もし今の自分が高校生の自分に言えることがあるなら、「全方位に興味のアンテナを張ろう」と伝えたいです。
■工学部 応用化学科WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/eng/ac.html