化粧品研究は肌トラブルの原因を調べ、それを制御すること。眼前で起きる肌の変化を理解して解明できると面白い!
2022年1月28日掲出
応用生物学部 食品・化粧品専攻 化粧品コース 吉田雅紀 教授
長年、企業で化粧品開発のための皮膚研究に取り組んできた吉田先生。本学でもシミや日焼けといった肌トラブルのメカニズム解明とその解決方法について研究されています。今回は先生の研究室での取り組みについて、いくつかご紹介いただきました。
■先生が率いる「皮膚生理学研究室」では、どのような研究に取り組んでいるのですか?
化粧品における有効成分の開発を目的とした皮膚に関する研究をしています。化粧品の研究自体、肌のトラブルの原因を明らかにして、それに効くものを見つけるという取り組みになりますが、その中で私自身は特に皮膚の中で何が起きているのかということを調べています。メインのターゲットは、シミの治療やあれ肌改善、新しい肌診断法の開発、日焼けや美白などです。最近の例では、企業との共同研究で化粧品の性能実験に取り組みました。TIERRAS(ティエラス)という化粧品メーカーの依頼で、肌が紫外線などを浴びたときに、肌荒れを抑えてよりバランスの良い状態で収めることを目的とした化粧品の性能評価を行ったのです。この評価実験では、実際にヒトから採取した皮膚に紫外線を当て、そのときに皮膚に起きる変化を、この化粧品の成分がより正常な形に戻せているかどうかを調べました。例えば、皮膚は紫外線を浴びると、表皮細胞が分裂して増殖したり、真皮(表皮の下にある組織)でコラーゲンが分解されたりするという変化が見られます。そういった変化が起きても、同社の化粧品成分がそれを正常な状態とほぼ変わらない状態に収めているかどうかを調べたのです。
今回の取り組みで特にチャレンジングだったのは、フランスから直輸入した、切り取って40時間ほどしか経っていないヒトの皮膚を実験に用いたという点です。ヒトの皮膚を使った実験はこれまでもありましたが、何日も経過した皮膚では反応しないということがわかっています。そこで今回は、採取されて間もない皮膚を使いました。こうした実験素材を用いた研究は、最近、始まりつつありますが、まだ珍しいと言えます。ですから、本当に実験でうまく使えるかどうかを調べるところから始めました。ちなみに、日本では簡単に自分の皮膚を提供してくれる人はいませんが、フランスやドイツでは、動物実験の禁止に伴い、その代替方法として実験に使うヒトの皮膚の提供を政府が認可した事業ができあがりつつあります。
また、この実験では、色々な条件設定をしなければなりませんでした。空輸した皮膚が本当に使えるかどうかに加え、化粧品の作用が発現する時間などを調べたり、どのくらいの濃度で使用すると最適かということも共同研究者や企業の方と相談したりして進めたのです。こうした条件設定などの部分では、研究室の学生が活躍してくれました。商品化されたものの研究に関われたということで、学生も喜んでくれているようです。
■他には、どのような研究がありますか?
色々と手掛けていますが、例えば日焼けによってできる境界線に関する研究があります。日焼けをすると、衣服で覆われていた部分とそうでない部分でくっきりと焼けたところと焼けていないところに境界線ができますよね。その日焼けの境界線がなぜできるのかを調べています。実は、皮膚では光を浴びた場所で色素細胞が増えて、しかも動き回っていることがわかっています。それならば逆に光を浴びていないところには、色素細胞が入っていけないのではないかと考え、それについて調べています。つまり色素細胞が動き回っているところだけに色素沈着するのであれば、それを調節するシステムを明らかにしようと研究しているのです。日焼けのメカニズムは、日が当たって皮膚が赤くなっているところに、色素細胞がどんどん出てきて増え、それらが動き回って、沈着するという流れになります。それを調節することができれば、色素沈着を防ぐことができるかもしれません。逆に色素が抜けて沈着しない白斑の治療にも適応できるのではないかと考えています。
色素細胞に光が当たると動くということを、はっきりと目で見た研究者はあまりいません。ただ、マウスを使って日焼けを観察していると、毛穴からどんどん色素沈着が広がっているということがわかりました。その毛穴部分には、色素細胞の赤ちゃんみたいなものがいて、それが紫外線を浴びたときに、一気に外に広がりながら沈着しているらしいのです。そこでこの研究室では、皮膚を透明化させる技術を用いて、色素細胞を染色し、それらの広がっていく様子や動きを見えるようにして評価し、色素細胞の動きの制御について研究を進めているところです。
また、この透明化の技術を使うことで、皮膚内の免疫系の細胞や神経も見ています。例えば、肌のバリア機能が弱まり、刺激を受けやすい状態にある敏感肌では、神経が表皮の中に入ってくると報告されています。神経の末端が皮膚の浅いところまで来てしまうので、刺激を感じやすくなり敏感肌になっているわけです。皮膚には表皮と真皮があって、本来、神経は皮膚の深いところにある真皮のところで止まっていますが、敏感肌では乾燥などが刺激になり、表皮の方まで来てしまうのです。そこで実際に皮膚を透明化して、その現象を立体で見てみようと取り組んでいます。それによって、どのくらい神経が表皮に入ってきているのか、また、その先端はどうなっているかということを調べています。
それからシミに関する研究も進めています。シミができるメカニズムから説明しましょう。色素細胞がつくったメラニンは、表皮細胞の中にためられるのですが、この表皮細胞のターンオーバー(肌の細胞が一定のサイクルで生まれ変わる仕組み)がおかしくなっていて、メラニンが表皮の一番下にある基底層にくっついたまま、皮膚表面の角層へと上がっていかなくなります。これがシミのできる、ひとつの原理です。この基底層にたまったメラニンを排出する方法として、表皮細胞の増殖を上げる、つまり表皮細胞をどんどん分裂させて上へと押し出していく研究をしています。加えて、表皮細胞は上に上がるために分化することで違う性質の細胞になるのですが、この分化を誘発させて、皮膚表面に上げられないかという研究も進めています。
■先生が現在の研究を始めたきっかけとは? また研究の面白さとは何でしょう?
生物を学びたいと、大学では生物学科に入りました。そこではミトコンドリアのエネルギー代謝や白血球の分化についての研究に取り組みました。修士2年まではそれらの研究をしていたのですが、企業に入っても研究はできると知ったことと、もう少し人の役に立つことをしたいという思いも手伝って、商品化や薬品化でダイレクトに人と結びつくことができる企業への就職を選んだのです。企業の基礎研究所に入って、最初はケロイドの治療薬を研究する部署にいましたが、途中で私のいた薬品部門はそのまま化粧品部門に移行されました。それを機に、皮膚全般が研究対象となり、化粧品部門に移ってすぐに美白化粧品を研究することになったのです。幸運にも研究を始めて半年で大ヒット商品に恵まれ、その後はどっぷりと化粧品分野に関わることになりました。
実際に化粧品の研究を始めてみると、すごく楽しいものでした。この分野の研究は、薬品に比べるととても自由度が高いのです。自分で立てた仮説や疑問について研究し、そのメカニズムを明らかにしていけば、それを商品に結びつけることができます。商品になるプロセスがバラエティに富んでいるので、会社にも貢献できますし、自分の素直な興味をそのまま研究につなげることもできるのです。それにヒトの皮膚がきれいになるということは、消費者にとっても良いことですからね。そういう色々な意味で役に立てているという点と自分の興味を追究できるところが、モチベーションになっています。そんなふうに化粧品の研究をしているうちに、すっかりはまってしまったという感じです。
■今後の展望をお聞かせください。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
化粧品の研究は、深く肌を調べることで、目に見える肌の変化を制御しようというものです。一番身近な自分の肌の変化について、どのように起きているのかが理解できれば、目の前で起きている現象を解明することが楽しくなるだろうと思います。応用生物学部で学べば、肌をたくさん理解して、目の前で起きていることを説明できるようになります。そうなると日常が、より刺激的に感じられるようになるはずです。私自身、化粧品の研究を始めてから、目の前で起きる現象が面白くて、ワクワクするようなものに変わっていきました。そういう面白い世界が待っていますから、ぜひ化粧品コースで一緒に学び、探究しましょう。
■応用生物学部 食品・化粧品専攻 化粧品コースWEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/006320.html
https://www.teu.ac.jp/gakubu/bionics/006320.html