大学の研究にはうまくいく喜びだけでなく、失敗して試行錯誤できる楽しさや喜びもあります
2022年12月23日掲出
工学部 電気電子工学科 荒川貴博 准教授
宇宙への興味から電気電子工学の分野へ進んだという荒川先生。やがてその興味は、人体へと移り、現在は生体情報を計測するバイオセンサの研究に取り組んでいます。今回は、先生のご研究についてお聞きしました。
■先生はどのような研究に取り組んでいるのですか?
私の研究室である「バイオ計測工学研究室」では、半導体微細加工(MEMS)技術を使ってバイオセンサをつくり、それをヘルスケアや医療診断に応用しようと試みています。その中でも今回は、医療診断に関する研究の話を中心にしましょう。主なテーマとしては、唾液や汗、呼気や皮膚ガスといった生体成分を計測できるバイオセンサをつくっています。バイオセンサとは、酵素や抗体、微生物など、生物に関連する物質を使って、特定の物質を検出する装置のことです。
医療診断は、体内の成分を測定して行われることが多いですが、その中でもこのバイオセンサは大切な技術のひとつとされ、1960年代から開発されてきました。例えば、血糖を測るセンサの研究は盛んに行われていて、上腕部(二の腕)に装着することで血糖を連続で測定できるバイオセンサと無線を組み合わせたウェアラブルセンサは、すでに商品化されているものもあります。
こうした装置は、糖尿病を患う方の需要があって開発されてきたものです。世界には糖尿病の患者がたくさんいて、2035年にはその数が6億人ほどになるとも言われています。ただ、このように簡単に体に装着できるウェアラブルセンサでも、中に小さな針が入っていて、皮膚にそれが刺さっている状態で細胞間質液を常時計測し、血糖を推測できるというものですから、ダメージは小さいものの、完全に体を傷つけない計測方法ではありません。体内成分の状態を知るために体液を測るとなると、どうしても体のどこかに針を刺すなど、負担は発生します。それをできるだけ傷つけずにできるようにしようと、現在、色々な研究が行われているのです。
私自身も生体成分モニタリング用ウェアラブルセンサの研究として、マウスガード型バイオセンサを開発しました。これはマウスガードにバイオセンサを取り付け、唾液中の糖を測定しようというものです。マウスガード型のものは、体を傷つけない非侵襲のバイオセンサとして、2015年頃から報告され始めています。ですからこれ自体は、珍しいものではないのですが、測るターゲットとして私の研究室ではグルコース、つまり血糖と相関関係のある糖の測定を実現しました。これまで唾液を採取してきて、前処理をして糖を測定することは一般にできていましたが、それを非侵襲のバイオセンサで、連続で測定できたのは、世界初のことです。
(Copyright permission of Analytical Chemistry)
また、このマウスガード型バイオセンサにはセンサ部分以外にも、無線計測技術など色々な技術が組み合わされています。口の中に入れるものなので、マウスガードの素材はもちろん、センサの電極も体に害のない材料でつくっています。ですから実際に人に装着してもらい、唾液を測って、連続で数値が変化していくことも捉えることができ、その結果を論文として発表しました。
昨年、本学に着任してからは、絆創膏タイプのバイオセンサの開発にも取り組んでいます。これは汗をターゲットにしていて、身体に貼ることで皮膚の表面から出てくる汗の成分を捉え、そこから体の状態を測ろうというものです。基本的にはマウスガード型のバイオセンサと同じ技術でできています。それらを薄くして絆創膏に一体化させ、身体に貼って計測できるものをつくっているのです。また、最終目標としては、汗だけでなく、傷から出てくる浸出液を捉えて、ケガの治り具合をモニタリングできるようにしようと考えています。例えば、高齢者などケガの治りが悪い人を対象に、今までは目視で評価していたものを化学的な成分を測ることで、治癒の状態を連続的にモニタリングできるようにすれば、役立つのではないかと思います。
(絆創膏型バイオセンサ)
■これらの研究には、どのような解決すべき課題があるのですか?
バイオセンサの特徴としては、非侵襲、つまり体を傷つけずに測ることができる、高速な測定ができる、安価である、使い捨てができる、簡単に利用できる、感度が高い、選択性が高いということが挙げられます。選択性が高いというのは、生体成分は色々なものでできているので、その中から特定のものだけを測ることができるという意味です。この測りたいものだけを測るということは、非常に大事なポイントです。ですから、研究の方向性としては、こうしたバイオセンサに求められる性能をカバーしながら、より選択性が高く、測れなかったものを測れるようにしたいということで進めています。
マウスガード型バイオセンサに関しては、電源の課題があります。今はボタン電池をつけていますが、それを生体エネルギーによる発電でまかなえないかと考えているのです。例えば、唾液中の糖をエネルギーとして使うことで、実現できる可能性があります。また、唾液中の糖だけでなく、口腔内の疾患などに関する物質を新たに測定できるようにしようと試みています。あとは、今より安価につくることも挙げられます。というのもこのバイオセンサの電極にはごく少量の銀やプラチナを使っています。少量ですから高価ではありませんが、より人体に安全で、もう少し安い材料で電極をつくるといった改良も進めているところです。
絆創膏タイプのバイオセンサに関しては、新しい研究になるので、現在は研究途中の段階です。今後もバイオセンサに求められる性能を踏まえながら、開発に取り組んでいきます。
■先生はどういうきっかけでバイオセンサや生体情報に興味を持ったのですか? また研究の魅力とは?
私自身は子供の頃から宇宙に興味を持っていて、観測するための装置を自作して天体観察することが好きでした。いずれはそれに関わる仕事ができるとよいなという思いから、大学では電気電子系を選びました。大学時代は、宇宙のエックス線を検出するセンサの開発に取り組み、それをつくるための技術などを勉強していたのです。その過程で、半導体微細加工技術も学びました。その後、医学系の生体情報計測に関連する研究所に着任したことが、生体情報に興味を持つ大きなきっかけになりました。そこで微細な装置を作る技術やバイオセンサの技術を使って体の情報を測定できると、面白いのではないかと思い、生体計測技術の研究に取り組んできたという流れです。
ですから最初は宇宙への興味から始まり、次第に細胞や生体の中へと興味が向かい、生体情報にシフトしてきた感じですね。とはいえ、生体情報を測る技術は、幅広く使えるものですから、例えば、宇宙飛行士の身体の状態をモニタリングするなんてことにも応用できます。これからの宇宙の時代に向けて、何かしら生体情報の計測技術を活かしていけると、最初に興味のあった宇宙と繋がって、面白いかもしれませんね。
研究の魅力は、モノづくりの醍醐味ではありますが、基本的にうまくいかないということです。9割以上は、うまくいきません。そこで諦めずに、共同研究者や研究に関わる人みんなで色々とディスカッションして解決策を考えていくわけです。もちろん、学生さんが出してくれたアイデアで、うまく解決することもあります。そういう試行錯誤をすることが、楽しいとも言えますね。
そして、それは大学だからこそできることだと思います。大学は企業とは違い、失敗するチャンスのある場所だからです。うまくいく喜びもありますが、失敗して試行錯誤できる楽しさ、喜びもあるのです。それが大学の存在意義だと思っています。そういう意味では、学生時代には失敗を恐れずにのびのびと、興味のあることや研究にチャレンジしてほしいですね。
■研究室の学生はどのように卒業研究のテーマを決めるのですか?
私の研究室は、今日、お話ししたようにモノづくりを研究しているところですから、実際に自分の手を動かして、センサをつくり、それを使って評価するところまで行います。センサは市販のものを使うのではなく、ゼロから全て、自分たちでつくり上げ、それで計測して結果を出すわけです。そういうゼロからモノづくりを経験する研究室ですから、大変な面はありますが、学生は頑張って取り組んでいます。卒業研究では、バイオセンサで検出するターゲットとなる生体成分を何にするか決めなければなりませんが、どんな成分でも測れるわけではないので、その辺りは私と学生とで話し合いながら、どういう物質の測定に挑戦するかを決めています。また、卒研に取り組む過程で、他にどういうものができると役立つのかといったことを考えてもらい、それをさらに追究したい人は大学院へ進学して、学んでもらえればと思います。そうすれば、修士課程を終える頃には、世界初の新しいセンサや装置を開発できているかもしれませんし、そこまで成長してもらえるとうれしいです。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
大学では、何か好きなことを見つけるということが大切だと思います。私はそれほど真面目な学生ではありませんでしたが、研究を始めてからは大学が好きになりましたし、研究にも夢中になりました。ですからみなさんにも、ぜひ大学で好きなことを見つけてほしいですし、きっと見つけられると思います。少しでも興味のあることに近い分野の学部に入学できれば、そこでまた新しい出合いもありますから。例えば、工学部には電気電子はもとより機械工学や応用化学もあるので、その中で新たに出合うものもあるはずです。私自身、宇宙から次第にセンサで生体情報を測る方に興味が移ってきたわけですが、宇宙という今までの自分の興味の範囲を広げることで、人体や生体情報という新しい世界を見つけられ、そういう面白い分野があると知ったわけです。そんなふうに、より広い視野を持って、大学生活を送ってください。
■工学部 電気電子工学科:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/eng/el.html
https://www.teu.ac.jp/gakubu/eng/el.html