デザインには人を動かす力がある!人の困りごとに寄り添い、解決の糸口を提案できる人になろう
2022年4月22日掲出
デザイン学部 工業デザイン専攻 工業ものづくりデザインコース 相野谷 威雄 講師
自動車のデザイナーになりたくて美術大学に入ったという相野谷先生。その興味は工業デザインの域に収まらず、より広い視点でデザインを捉え、さまざまな取り組みをされてきました。今回は、先生のこれまでのご研究の話と、3月に実施された永島譲二先生とのワークショップについて伺いました。
■先生のご研究についてお聞かせください。
プロダクトデザインやデザインマネジメントを専門としていますが、活動分野としてはそれだけでは収まりません。ですから、私の経歴を振り返りながら取り組んできたことをお話ししたいと思います。私自身は、美術大学出身です。そこの工芸工業デザイン学科で学んだ後、大学院では同じデザイン分野でも基礎デザイン学のコースへ進学しました。学部時代に学んでいた工芸工業デザイン学科は、いわゆる工業デザインを扱うという枠組みでしたが、もう少し総合的なデザイン、色々なものを俯瞰するための基礎デザインの考え方やその手法を扱う分野へ移ったのです。ですから今、携わっているようなデザインのマネジメントやプロデュースといった世界は、大学院の基礎デザイン学コースで学んだことが大きいですね。大学院を修了後は、そのまま基礎デザイン学科で教務補助員を務めつつ、フリーランスのデザイナーとなり、現場のデザインと大学内の色々な仕組みを使って教育することを同時に進めていきました。ここまでがいわゆる美大系のデザイン分野における経験です。
その後、日本には工学部系のデザイン学科がどんどんでき始めます。そのうちのひとつの公立大学の教員となりました。その大学の工学部にデザイン系の学科ができ、そこで工業デザインを担当しました。そこは美大とは全く違っていて、いわゆる美術の基礎教育を経験していない、デッサンなどができない学生が入学してくるわけです。果たして、そういう学生たちにデザインができるのだろうかと思うところはありましたが、実際には1期生、2期生たちが大学院まで進学し、やがて自動車メーカーや家電メーカーなどの優秀なデザイナーになっていきました。ですから美術の基礎教育を受けていない工学部系の学生でも、デザインの現場で仕事をする能力は身に付けられることやそういう学生の強みを知ったのです。また、工学部系のデザインは、美大のデッサンなどの表現手法中心の授業とは異なり、学びが体系化され手法化されています。そういう基礎教育に加えてシステマチックに学ぶべきことを明らかにしていく工学の手法に非常に興味があり、そこを研究したいと思っていました。
そういう流れのなかで、もっとデザインの現場でどれだけ通用するか試してみようと、2013年に大学を辞めて起業し、デザインコンサルティング的なことに力を入れるようになります。例えば、大学からの受託研究として、サービスデザインとロボット開発を組み合わせたビジネス創出の場を大学内に設置し、企業や公官庁からも委託を受ける組織の立ち上げに関わりました。そこではデザイン思考を活用したマネジメント業務も手掛け、デザインによるイノベーション創出を実践しました。そういうことに取り組むうちに、もう一度、工学的思考とエスティック(美的領域)でのデザイン教育でもやるべきことがあるはずだと思うようになり、また、現場と教育をつなげたいという思いも非常に強くあって、2020年に実学主義を掲げる本学のデザイン学部に来たのです。
■先生が工業デザインの枠組みからもっと広い枠でのデザインに興味が広がったのには、何かきっかけがあったのですか?
産業の歴史とデザインの分野を振り返ると、1990年頃から産業としてコンピュータの時代が始まり、パソコンといったハードウェアとエレクトロニクスが台頭してきて、そこにソフトウェアも入ってきました。さらに2000年にはネットワークサービスが加わり、現在はさらにAIやビッグデータが加わるようになっています。私が学生だった90年代から2000年代の頃には、ネットワークとつながることで、モノ自体が大きく変わるだろうと予想していました。ただ、その部分は、美大系のデザインではできないと思ったのです。一方で、いわゆる工業デザインの専門分野では、ハードウェアのデザインがメインですから、エレクトロニクスの開発はほとんどできません。そういう状況にすごくモヤモヤしていて。
さらにソフトウェアとネットワークが通じることがわかったので、それをどう捉えるべきかと悩んで、結局、大学院で基礎デザイン学という違う学科へ進んだのです。その当時、私が考えていたことは、今で言うMaaS(Mobility as a Service)のようなもので、当時はまだない考え方でした。例えば、タクシーの自動化や自動運転とユーザーをネットワークにつないで、サービスを提供するタクシーのようなものができないかとイメージしていたのです。しかし、これを美大のデザイン科の中では、どう評価してよいのかわからないというところがありました。そういう経緯から、モノとネットワークとサービスをデザインとしてどう考えていくかという点で、実際の現場はどういう構造や組織図になっていて、それを実現しているのかを知りたいと思ったのです。それが大学を辞めて起業し、現場の方に集中しようと思ったきっかけです。ただ、デザインには教育・研究と社会実装をつなぐという意味があることもわかっていて、そこは重要だと感じていました。だからこそ、その部分を教育で扱っていきたいという思いにつながっています。
■何かご紹介いただける研究例や作品はありますか?
企業からの依頼を受けてデザインや建物をつくるといった事例になるので、自分の作品というのは難しいのですが、少し前に、秋田県横手市にあるコールセンターの空間デザインにプロジェクトマネジャーとして関わった例があります。そこは冬場、大雪で外に出られない場所なので、建物内で外に出て体験できるような空間構成を考えようということで取り組みました。私はプロジェクトマネジャーという立場だったので、自身でデザインしたわけではなく、設計士がいて彼らと共同作業で手がけました。そのコールセンターでは、建物以外にユニフォームや名刺、おしぼりなど、色々なコミュニケーションやサービスのデザインもお手伝いしてきましたし、新規事業を考えることにもデザインとして関わっています。それらの経験は一見、バラバラのように見えますが、決してそうではなく、私の中では一貫して「人がデザインをどう体験するか」ということを軸に、そのために開発しないといけないものがあるということで、つながっています。ヒューマンセンタードデザイン(HCD)という人間中心デザインという考え方です。システムや企業のやり方に人が合わせるデザインではなく、人がどのように体験するかを軸にしたデザインでサービスを提供できるようにすることが大事だと思っています。それには、ロボット開発やサポートするツールなど、色々なモノが必要になります。そういうものをデザインしたいと思い、取り組んできました。
■デザインを研究する面白さは、どのようなところにありますか?
デザインは産業やテクノロジーを支えるものですし、それによって新しい文化が出てくる原動力の一つとして大事なものです。また、2018年に経済産業省と特許庁が「デザイン経営宣言」を掲げたように、デザインが経済的・経営的にも動く仕組みに貢献できるということは、非常に重要だと思っています。つまり人や環境のためにデザインとコンセプトをきちんと考えれば、色々な人を動かすことにつながるわけです。デザインは人を動かす力であり、それが共創の原動力になると思います。そこが面白いところですね。■では、今年3月に実施されたデザイン学部の客員教授・永島譲二先生とのワークショップについて、お聞かせください。
永島先生はBMWのクリエイティブディレクターを務めるカーデザイナーです。ドイツはミュンヘンに在住で、これまでは日本に帰国されたときに本学部で特別講義を開講していました。ただ、コロナ禍になりそれも中止となっていて、今年3月、ようやくオンラインでのワークショップが実施できたのです。私自身は永島先生と面識があったこともあり、ぜひこのワークショップに関わりたいということで手を挙げました。今回のワークショップには、工業デザイン専攻の1年生から大学院生までの20名が参加しました。従来は3年生を対象に募集をしていましたが、今回は、学年やスキルにこだわらないワークショップにしたいと思い、学年を限定しなかったのです。また、学生が取り組む課題は、永島先生の授業を聞いて、そこから考えたことを発表しなさいという、かなり大きな括りのものにしました。いわゆるデザインは、仕様に合わせてつくるケースがほとんどですが、今回はそういうものがなく、自分が何に問題を感じ、それをどう捉えて発表するかに重心を置いたのです。海外のデザイン系大学では、そういう禅問答のような課題が出るので、本学部でもそういう課題を設定してみようと考えました。問題を解決する方法としてのデザイン以前に、その問題自体をどう捉えるか、どう考えるかということです。
永島先生はこの特別講義で「工業デザインの二つの行き方」として、ブランドアイデンティティやデザインにおけるコンセプトとインスピレーションについて話してくださいました。それを聞いて、学生は自分たちでテーマを決めて発表をしました。1年生から大学院生までの学生を5つのグループにわけて、各グループで取り組んでもらったのです。今回は、巧さや知識の多さではなく、普段から考えていることが重要で、それがどう発表に出るかというワークショップになることを狙っていました。
結果として、とても面白いワークショップになったと思います。特に1年生が自由な発想で考えをまとめたことも良かったですし、その発表を受けて4年生が売るためのデザインだけでなく、一人の作家としてのデザイン表現もあると気づきを得たことも良かったです。例えば、「自分の好きなブランド・企業のアイデンティティを踏まえた靴のデザイン」というテーマで発表したグループがあります。自分の好きなブランドのアイデンティティを調べることで、自分がそこの何に魅力を感じているのかといった自身の感性に気づき、なおかつそこのブランドで自分らしさを加味した靴をデザインするという発表でした。そのグループはどの学生も良いデザインを提案していましたが、特に永島先生が評価されたのは、靴底が手の形で、足を入れるところは開いた口、そしてカラフルな花柄というユニークなデザインのスニーカーでした。これを提案した学生は、この商品を非売品として展示し、目を引くことでそのブランドに興味を持ってもらうきっかけにするという狙いでデザインしたそうです。他の学生の提案も良いものでしたが、このユニークなデザインに比べるとどうしても印象が弱くなっていました。それを目の当たりにして学生たちは、アイデアの強さと弱さ、熱量みたいなものを実感できたようです。
また、このユニークなデザインのスニーカーをあえて非売品として価値を高めたり、ブランドの印象をつけたりすることをその学生は考えたわけですが、それがデザイン経営でいうブランドの意識とイノベーションをつなぐポイントになると思います。自分のブランドで何か製品を開発する際、何が自分たちの売りなのかを考えるきっかけになりますし、それがイノベーション創出の力になるのです。それを学生自身で確認できたように思いますね。
■今後の展望について、どのようにお考えですか?
次年度の永島先生とのワークショップは、3年生を対象に授業として行い、4年生の卒業研究につなげる課題にしようと考えています。4年生で取り組む卒業研究は生涯をかけて追究するライフワークの部分が大きいです。私はライスワーク(ご飯を得るための仕事)とライフワーク(生涯続けていく仕事)とは分けて考えた方が、視野が広がるのではないかと考えています。そしてライフワークから得る視点やイノベーションは当然、多々あります。そういうライフワークにつながるものを見つけるきっかけになるようなワークショップにするつもりです。また、医療保健学部と共同研究ができたらと考えています。今年、私は看護理工学会のプログラム委員として参加させてもらっていて、その学会でモノづくりとデザインをどうつなげるかといったテーマの話をさせてもらう予定です。それを契機に、実際に形にしていきたいと思っています。
また、蒲田キャンパスのある大田区との地域ネットワークを活かし、本学と地域の協働など、さまざまな取り組みをアピールする場ができないかと考えているところです。具体的には、イノベーションセンターのような場所をつくり、大学の研究をきちんと“見える化”したいのです。そういう施設が大田区にあるということを知ってもらい、誰もが気軽に立ち寄って見られるような場所にすることで、人が集まり、研究に広がりや深みが出て、さらに場として面白くなることでまた人が集まり…という好循環を生み出す拠点をつくりたいです。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
本学のデザイン学部を志望する学生は、社会のために何かしたいという思いを持った人が多いです。ただ、そこに“自分らしさ”を結びつけて語る人は、少ないように感じます。「こういうことに問題を感じる」「自分はこれが好きだ」という自分の思いが、もっと強く出てきてもよいのです。したいことをどうプロダクトやサービスに落とし込むかという点で言えば、やはり日々、自分の困っていることや社会に対する問題意識が欠かせません。そういうものを形にして、考えることがデザインの力にもなります。例えば、私の研究室の卒業研究生に、生まれつき視覚や聴覚などの感覚が敏感で刺激を受けやすい子ども(HSC:Highly Sensitive Child)の気持ちを落ち着かせるプロダクトとして、温感機能のあるぬいぐるみを開発・提案した学生がいます。そんなふうに人の困りごとに寄り添って考え、それに対して何かできるというのがデザインの力です。デザインには自分の思いを形にすることで社会の問題や誰かの困りごとを解決できる可能性があるということを知ってほしいですね。
■デザイン学部 工業デザイン専攻WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/design/sdf/index.html
https://www.teu.ac.jp/gakubu/design/sdf/index.html