未来の半導体材料“二次元物質”とは?
2023年11月24日掲出
工学部 電気電子工学科 中払 周 教授
今年4月に東京工科大学へ着任された中払先生。研究室では、次世代の半導体材料として注目を集める「二次元物質」を半導体電子デバイスに応用する研究をメインに取り組んでいます。今回はそのご研究内容や展望をお聞きしました。
■先生の研究室での取り組みについて教えてください。
現在の半導体の材料であるシリコンに代わる、次世代材料として期待されているものに「二次元物質」があります。それらを半導体電子デバイスに応用して、そこで起きる課題を解決しようというのが、ここ「先端電子デバイス研究室」の大きな取り組みです。半導体電子デバイスとは、トランジスタやセンサ、メモリなど情報を処理する部品で、長年、その材料にシリコンが用いられてきました。従来はシリコンのデバイスのサイズを微細化し続けることで性能を高めてきたのですが、現在、これ以上は小さくできないというところまで来ています。その技術的な壁を回避して、さらに小さくし、性能を上げようという努力が続けられてはいますが、それも近いうちに行き詰まるだろうと言われています。つまり、シリコンという旧来の材料では、今以上に性能を上げることができないのです。ですから、さらに性能を高くするために、シリコンに代わる新しい材料が必要とされています。その材料には、色々と候補が挙げられていますが、その中の有力な一つに「二次元物質」があります。私の研究室が研究対象としている「二次元物質」は、六方晶窒化ホウ素(絶縁体)、遷移金属ダイカルコゲナイド(半導体)、グラフェン(半金属)の3種類です。それぞれ絶縁体と半導体と金属があるので、これらを組み合わせて新しいデバイスを作ろうと取り組んでいます。
「二次元物質」の特徴について話す前に、そもそもシリコンがなぜ微細化の限界に行き当たったかということに触れましょう。その原因は、シリコンが三次元の結晶であるからです。三次元の結晶の表面にトランジスタのチャネル(電流の経路)を作り、そこへ電気を流す・流さないという操作をするのが、従来の半導体のトランジスタ技術でした。しかし、シリコンは深さ方向(三次元方向)に構造を持っているため、深さ方向の奥の方に色々な構造があり、そこが邪魔をして、トランジスタを小さくできないということが長年の問題でした。そこで現在は、シリコンのチャネル層の半導体を無理やり薄く加工するという方法が採られています。しかし、先述したように、今よりも性能を上げるには、さらに薄くしなければなりません。現状、約10~20nm(ナノメートル)の薄さですが、それをもっと薄く、10nmを切るような薄さにすると、今度はシリコン材料の表面の凹凸が問題となり、約4~5nmを大きく下まわると、ほぼ使えないほど性能が劣化することが分かっています。それならば最初から三次元ではなく二次元の構造を持つ半導体を用いれば、薄くしてもよいだろうということで、「二次元物質」がシリコンを代替するものとして注目を浴び、その研究が世界中で進められているのです。
■「二次元物質」はシリコンに比べて扱いやすい、あるいは難しいということはありますか?
「二次元物質」の扱いは難しいです。例えば、グラファイト(黒鉛)は昔からある材料で、グラフェンという炭素原子のみでできた、炭素原子1個分の厚みしかないシートが積層された構造だとわかっていました。しかし、その積み重なった層からグラフェン一枚だけを取り出すことは、誰もできていませんでした。それが2004年、マンチェスター大学のアンドレ・ガイムとコンスタンチン・ノボセロフが、粘着テープを貼ったり剥がしたりを繰り返すうちに、ものすごく薄くでき、それを調べてみると原子一層分のグラフェンが取れたということが判明したのです。2005年には、それが単層のグラフェンであると確認され、この2人の研究者はノーベル賞を受賞しました。こんな原始的な方法でノーベル賞が取れるという、とても面白い例です。ただ、テープで剥がすことでグラフェンというとても良い特性を持った材料が取れることはわかったものの、実際に工場で大量生産するには、もちろんこの方法では無理です。そこで世界中の研究者がこれを大面積で一度に作る方法を生み出そうと、一気に研究が進みました。また、グラフェンがテープで剥がせるならば、他の二次元層状物質も剥がせるだろうということで、「二次元物質」の半導体である遷移金属ダイカルコゲナイドや、絶縁体である六方晶窒化ホウ素といった材料も同じようにテープで剥がしてみると、うまくいくことが分かり、研究が進んだという背景があります。現在は、これらの「二次元物質」の大量生産に向けて、どう大面積で作るかという研究が進められています。
他方、この研究室では「二次元物質」の単結晶をテープで剥がし、それを用いてデバイスを作り、その特性を調べる研究をしていきます。遷移金属ダイカルコゲナイドといっても色々な種類があります。色々な種類を使って、トランジスタを作るときに、例えば電極を貼り付けたり、両側から六方晶窒化ホウ素で挟んでみたりしながら、どういう構造のトランジスタを作ると性能が上がるかを、まずはこれらの材料で示そうと取り組んでいます。
■学生はどのような形で研究に関わるのでしょうか?
私自身が今年4月に本学に着任したばかりで、この研究室は立ち上げつつあるところです。今、3年生の受け入れを開始したので、学生が実際に卒業研究を始めるのは来年4月からになります。そこから研究室として本格的に始動する形です。ですからこれからの話ではありますが、基本的にこの研究室の学生は、半導体電子デバイスの基礎を学ぶことができ、さらに「二次元物質」を用いてデバイスを作り、電気特性評価まで体験できるようにします。従来の半導体材料であるシリコンを用いた研究の場合、一人ひとつ、トランジスタをすべて作るなんてことは到底できないことでした。どの大学でも、学内でシリコンのプロセスを全部できるところはほぼありません。それほどシリコンを用いるには、ものすごく巨大な装置を必要とし、大掛かりになってくるのです。
ですが、「二次元物質」を用いると、割と簡単にデバイスが作れます。半導体そのものに電極をつけて、それを測定器につないで測定するだけで済みますから、トランジスタ全体の制作から評価までを体験することができます。
この研究室の第一目標は、やはりトランジスタを対象にした研究です。トランジスタが最も私の専門に近く、するべきこともたくさんあると思っています。ただ、そこから派生する形でセンサデバイスへの応用を研究したいという学生がいれば、もちろんその方向でも研究できます。
加えて、この研究室では物性物理学も扱います。私は物理学科出身で、基礎的な物理の研究も手がけてきましたし、現在、それに近い研究をしたいという学生がいるので、そういう人にはぜひ、物理の研究もしてもらいたいと思っています。
工学部の電気電子工学科で、基礎の物理を扱うことはもちろんありますが、研究テーマにできるところは少ないと思います。電気電子工学科の先生は、ほとんどが工学で博士号を取っている方で、理学で博士号を取っている人は少ないです。そういう意味では、私は本学科において理学系も工学系も両方対応できる少し珍しいタイプの教員だと思いますので、学生の興味の範囲により広く対応できる研究室になるだろうと予想しています。
■先生はどうして現在の研究分野に興味を持ったのですか?また研究の面白さや魅力は何だと思いますか?
子供の頃から宇宙が好きで、自然科学の道に進もうと、大学では理学部物理学科に入りました。そこで研究していたのが物性物理学です。物質の中の電子の性質を扱う分野で、中でも量子力学に興味を持ち、超伝導物理を研究して博士号を取りました。その後、どうも私はそこにあるものを解明するより、何か新しいものを作る方が好きかもしれないと思うこともあり、株式会社 東芝の研究開発センターに就職しました。そこで、新しいトランジスタとして、シリコンではない別の材料を導入しようという最先端の研究に取り組んだのです。当時はまだ「二次元物質」が出てくる前で、シリコンに置き換わる半導体材料として注目されていたゲルマニウムを用いた研究をしていました。その後、会社に在籍しながら機会を得て、アメリカのハーバード大学の物理学科へ留学しました。そこでは、当時、注目されていたグラフェンを研究することになり、現地で1年半取り組んで論文にまとめたのです。帰国後は、色々な企業が集まってグラフェン等の最先端の研究をする国家プロジェクトに参加し、その共同研究先だった物質・材料研究機構で研究を行っているうちに、株式会社 東芝からそちらへ移りました。ちょうどその頃、遷移金属ダイカルコゲナイドという半導体が話題になり始めていて、シリコンと同じようにトランジスタに使える良い材料だということが分かってきたので、その研究に取り掛かったという流れです。
研究の面白さは、まだ誰も知らなかったものを自分で見つけることができるところです。中学や高校の勉強は、すでに答えのあることを学びますよね。結果が分かっているため、正解にたどり着いたとき、それなりに嬉しい気持ちもあるのでしょうが、私自身はどうもそこには面白さを感じませんでした。また、中学・高校でも化学などで実験がありましたが、それも結果が分かっていることをなぞっているだけに感じて、あまり面白いとは思えないタイプでした。ところが大学院に入って、自分の研究テーマを持つようになり、自分で実験して何か新しいことが分かると、これは人類で初めて自分が見つけたものだと思えるわけです。やはりそこが研究の醍醐味だと思います。ですから学生にも、そういう研究の楽しさを少しでも分かってもらえるとうれしいですね。
■今後の展望をお聞かせください。
学生には、「こんなことをしたい」というものを自分自身で見つけてほしいと思っています。そういう力は社会に出てからも役立つからです。企業でも研究の場でも、仕事というものは、ある種、自分で問題を見つけ、それに自分が取り組むのだということを周りに認めさせることだと言えます。そういう提案力が必要です。企業でも与えられた仕事をするだけではなく、現場の人の声を聞いて、こういうものが必要だと上にあげていかなくてはいけません。学生には、そういうことができるようになってほしいです。もちろん、私がそれを指導していく立場ですから、そういう力が身に付けられるように意識改革を働きかけていきたいと思っています。研究に関しては、学内の設備でできることに限らず、私が以前にいた研究所や知り合いの大学の研究室などともうまく協力体制を築き、手を広げて色んなことをしていきたいと思っています。特に「二次元物質」の応用の範囲は、トランジスタに限らず、もっと色々なことに使えると、自ら示していきたいですね。その中の一つがセンサですが、それ以外にも、例えば量子効果を利用した新しい計算原理や新しいデバイス原理を提案していければと考えています。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
みなさん、受験勉強に取り組んでいる時期だと思いますが、目の前の大学受験にとどまらず、将来、何をしたいかということをよく考えてほしいと思います。大学に入ったことで安心してしまい、その後の学生生活で遊んでしまう人も見受けられますが、それではもったいない。大学は入ることが目的ではなく、入ってから何をするかが重要です。入学後のイメージをきちんと持っておくことが、結局、一番のモチベーションになると思いますよ。私自身は、最初は宇宙に興味があり、中学生の頃から物理を学びたいと思うようになりました。その後、高校生くらいで量子物理学といった最先端の物理があることを知り、そこから興味の範囲はさらに広がりました。ですから、大学入学後は、あれもこれも学びたいと色々勉強して、学ぶ面白さや実験の楽しさを知り、勉強一筋という感じでしたね。みなさんもぜひ、大学生活、さらにはその先にある将来をしっかり考えてみてください。