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人文社会分野の学びには正解がありません。そんな正解のないことを考える練習を大学時代にしておきましょう!

2023年2月24日掲出

教養学環 落合 浩太郎 教授

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もともと国際関係に興味を持っていたという落合先生。大学の経済学部を卒業後、公認会計士(会計士補)となるも再び大学に戻り、大学院で政治学を専攻し、研究の道を進んできたそうです。そんな落合先生が、現在、取り組んでいるご研究や授業の話をお聞きしました。

■先生はどのような研究に取り組んでいるのですか?

 国際関係論や安全保障、インテリジェンスに関する研究を行っています。今回は、その中でも力を入れている研究テーマ“インテリジェンス”についてお話ししましょう。“インテリジェンス”というのは、いわゆるスパイのことです。昔から映画などでもおなじみですし、最近はマンガやアニメでも人気ですよね。
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 “インテリジェンス”を直訳すると、知性という意味があります。あるいは、インフォメーションが情報であるのに対して、インテリジェンスは諜報と訳されます。では、インフォメーション(情報)とインテリジェンス(諜報)の違いは何かというと、インフォメーション(情報)は誰でも入手できる素材のことだと説明できます。一方、インテリジェンス(諜報)は、その情報を分析したものです。例えば、八百屋で売っている野菜や果物が情報(インフォメーション)だとすれば、諜報(インテリジェンス)は、それを加工して食べられる状態にした料理だと考えられるでしょう。
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 ですから、国で言えば他国の手の内を知る、企業で言えば産業スパイという言葉があるように、他社がどういう製品を開発しようとしているのか、次に何をつくろうとしているのかを知ることで、競争上、有利にもっていくわけです。そういう何らか目的があって、自分たちが有利に立つために必要とされる材料がインテリジェンスです。

 例えば、昨年からロシアとウクライナが戦争をしていますよね。戦争が始まったのは、2022年2月24日ですが、アメリカは、その3ヶ月前の11月からウクライナに対しても、ロシアに対しても警告していました。ロシアには、戦争を起こしてウクライナに攻め込もうとしているようだけれど、もしそういうことをしたら黙っていないよと。一方、ウクライナにもロシアは本気だぞと警告しています。ところがウクライナのゼレンスキー大統領はそれを信じなかったようです。このようにアメリカはインテリジェンスを使って、各国の情報を集め、分析しているのです。
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 ところでスパイと聞くと、どんな日々を過ごしていると思いますか? スパイ映画やドラマのようなアクションの連続や華やかな日々を想像する人もいるかもしれませんが、実際のインテリジェンスの活動はとても地味なものです。最もわかりやすい例では、小説や映画でおなじみの「007」のジェームズ・ボンドでしょう。あの話は完全にフィクションです。イギリスの元スパイのある人は「007のようなことをするのか?」という質問に対して、「あんな人はいない。可能性は3つ。まず、あんなに自分勝手な人は初めから採用されない。2番目に初日で、クビになっている。3つ目は、始末書を書くのに忙しくて仕事にならない」と答えています。実際の彼らの生活は、相手国の政府関係者などを買収する、身辺調査で弱みを握って脅かすなどして情報を入手したり、あるいは会議をしたり報告書を書いてメールをしたりです。ですからスパイ活動をする人は、飛行機にぶら下がりませんし、カーチェイスもしません(笑)。そんなことをしたら、ニュースになって逆に目立ってしまいますからね。
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 さて、インテリジェンス機関は、アメリカはもとより、イギリスやロシア、中国などにもあります。その中でも私はアメリカに注目していて、同国の対外情報機関CIA(Central Intelligence Agency)など、現状18ある情報機関を対象に、その動向を調査研究しています。基本的に守秘義務があるため、インテリジェンスに関わって働く現役の人たちは取材に応じていません。そのため、本当のことはわかりにくいです。ですから私は、基本的に公開情報をもとに研究をしています。信用できるメディアで公開されている情報を集め、何が見えてくるかということを研究しています。
 人文社会系の分野でも、理系のように仮説を立てて調べるという研究のアプローチがありますが、私が専門とする社会科学の研究のメインは説明することです。なぜこうなったのかという説明をすることが役割のひとつだと思って、取り組んでいます。
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インテリジェンスなき国家は滅ぶ――世界の情報コミュニティ | 落合 浩太郎, 中西 輝政 |本 | 通販 | Amazon

■先生はなぜインテリジェンスの研究を始めたのですか?またその面白さとは?

 2001年の9.11、アメリカ同時多発テロがきっかけです。それまでは日米関係や安全保障の経済的な側面などを研究していました。9.11を機にCIAを調べ始めてみたところ、最初は少し怖いイメージのある組織だったものが、現実にはとても人間臭いものだったと分かり、興味を持つようになりました。当時の日本には、インテリジェンスの研究をしている人がほとんどいませんでしたしね。
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 CIAなどのインテリジェンスも人間の営む組織ですから、いわゆる官僚主義、縄張り争い、手柄争い、足の引っ張り合い、予算の取り合いといった、いわゆる組織内で起こることが普通に起きていて、ある意味、人間の本質が集約されています。そこに興味をそそられました。スパイと聞くと無機質な印象ですが、実際はそうではなく、人間らしくて、私たち一般人の生活に応用できる教訓のようなものもたくさんあります。そこがすごく面白いと思っています。
 例えば、インテリジェンスと言っても、人間のすることですから、先入観や思い込み、勘違いや偏見による失敗の事例は多々あります。人間は第一印象が悪いと、その後、その相手の良いところがたくさん出てきても、なかなか受け入れられませんよね。それを認知の用語で「アンカリング」といいます。アンカーというのは錨のことですが、一旦、その錨が下ろされると、それに縛られてしまうのです。例えば、一度、某国に悪い印象を持って悪だと決めつけると、それとは違う良い情報が入ってきても、第一印象の悪さからその国への見方を変えられません。ですから、インテリジェンスの世界を見ていると、人間に対する理解が深まるという面白さがあります。

■では、授業についてお聞かせください。

 授業では、「政治学」や「国際関係論」を担当しています。「政治学」について言うと、多くの大学では、権力とは何かといったことを扱う場合が多いです。ですが本学は、政治学を専門にしない学生対象ですから、そういう学生でも興味を持てるように、今、日本や世界で起きていることを解説しながら、政治の基本的な概念を理解してもらおうと授業をしています。
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 また、こうした人文社会系科目あるいは一般教養と呼ばれる科目分野は、正解のないことを考える学問だと学生に伝えたいです。数学や物理学、化学には正解があります。ですが、政治学や経済学、文学には正解がありません。
 例えば、「これからの日本をどうするか」ということについて考えた時に、野党は「もっとお金持ちから税金を取って、格差を是正しよう」と言います。それに対して与党は、「あまりお金持ちをいじめると、海外へ逃げてしまう。昔、ヨーロッパが失敗したように、お金持ちが国から逃げ出して、所得の低い人だけが残ると、格差はなくなったけれど、貧しい日本になってしまう」と主張します。これらの意見を聞いて、どちらが正しいのかと考えても、なかなか決着がつきませんよね。どちらが正しい・悪いとは、言えない話なのです。ですが、それについて考えましょう。そして、14回ある「政治学」の授業を受けたら、何が正しいかはわからないけれど、なぜ、保守とリベラル、右派と左派が対立して、何時間話し合っても平行線で答えが見つからないのかという理由はわかるようになります。そういう正解がないことを考えることで、社会や世界に対する理解が深められるのです。
 答えのないことは、人生の中にたくさんあります。どちらが正しくてどちらが間違っているのかわからないことや正解のないことの方が多いです。ですから、学生には正解のないことを考える練習を大学時代にしておきましょうと伝えています。

 また、「政治学」の授業では、基本的には日本の話をしますが、世界のことにも積極的に触れるようにしています。日本の良いところ、悪いところ、進んでいるところ、遅れているところを、バランスを取りながら伝えるようにしているのです。あるいは、なぜ日本は今のようなシステムになっているのか、その背景にある歴史や文化、伝統、価値観についても取り上げています。加えて、「政治学」を教えるにあたって特に注意しているのは、偏らないように伝えることです。私も人間ですから、必ず考えに偏りがあります。そういう自分自身の偏りをできるだけ抑えて、右派と左派、保守とリベラルについてバランスよく説明しているつもりです。

■今後の展望をお聞かせください。

 展望というほどのことでもありませんが、知的好奇心を失わずに学び続けたいと思っています。私は60歳になりましたが、それでも知的好奇心は衰えていません。最近は、BSテレビの「放送大学」を見ることを楽しんでいます。さまざまな分野の有名な先生が話す講義を無料で見ることができるんですよ。
 このように60歳の私でも新しい勉強をしているのですから、学生たちにももっと色々なことに興味を持って勉強し続け、貪欲に吸収してほしいと思います。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 高校と大学は、全く違う場所です。高校は、クラスみんながほぼ同じ時間割で授業を受けます。一方、大学は自分で受けたい講義を選び、自分で時間割をつくって、基本的に自分の学びたいことを勉強します。
 また、意外と知られていないことかもしれませんが、大学の先生は、小学校、中学校、高校の先生と違い、教員免許を持っていません。つまり、教えるプロではないのです。その代わり、研究をして論文や本を書く特定の分野の専門家ではあります。本学にも、特定の分野において日本で何本かの指に入る教員が揃っています。だからこそ、高校の先生以上の知識を持ち、もっと広い世界を知っていて、それを学生に伝えることができるのです。意欲次第ではありますが、大学では専門家が教える多様な分野の学びが用意されていますから、色々と学んでみてください。
 また、どこの大学にも特に成績優秀な学生はいて、もちろん本学にもいます。そういう学生は、単に頭が良いということではなくて、気づきが多いように思います。よく観察して、他の人が注意されたり、ほめられたりする様子を見て、自分の反面教師やお手本にしていますし、言葉遣いも社会人並みにしっかりしています。そういう優秀な学生を見つけたら、ぜひお手本にして、さまざまな気づきを得てほしいですね。