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医療XR・AIで医療・福祉分野で働く人を支援し今からの社会を豊かにする

 
2024年5月24日掲出

医療保健学部 臨床工学科 田仲 浩平 教授

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2024年4月から活動を開始している「デジタルヘルス・イノベーションセンター」。その設立目的や活動内容について、センター長を務める田仲先生にお話しいただきました。

■今年4月から始動した「デジタルヘルス・イノベーションセンター」とは、どういうことに取り組むセンターですか?

 簡単に言えば、医療、看護、介護、ヘルスケアといった領域に最新テクノロジーを融合させ、医療・福祉領域で働く人たちの健康や働き方をサポートしたり、研究開発でこの領域特有の色々な課題を解決したりすることで、社会貢献するという目的をもって活動するセンターです。
 背景から話すと、急速に少子高齢化が進む日本では、2037年には産業構造の中で医療福祉系の就業者が最も多くなり、一大産業になると目されています。一方で、この領域はこれまでほとんど人に依存した組織形態をしていて、ロボットの導入や自動化、機械化といったいわゆるDX化が進んでいません。例えば、大学病院では、最近ようやくスマートフォンを取り入れ始め、その中で患者情報を見ることができるようになってきました。しかし、最も数の多い、地域の中小規模の病院は、まだDXとはかけ離れた世界です。介護の分野にいたっては、DX化は全くの手つかずで、いまだに紙と鉛筆、そして人海戦術で仕事が進められています。そうした中で大きな問題となっているのが、過重・長時間労働による離職率の高さや医療ミスによる重大事故の増加、人材不足、教育不足などです。ですからDX化することにより、現場にある課題を解決したり、作業効率を高めて時短するなど働き方を変えることで離職率を減らしたりできるだろうという考えのもと、取り組みを進めています。つまり、このセンターの取り組みは、直接的に患者さんを支援するというよりは、まず医療従事者や関係者たちをデジタルで支えることで、彼らが心身ともに健康になり、働きやすくなります。その結果、それが患者さんや社会の医療・福祉で働く人のためになるという考え方です。

 これまで医療保健学部では学内プロジェクトの「戦略的教育プログラムⅠ期・Ⅱ期」で、学生教育の支援をターゲットにした医療XR(AR、MR、VR)に取り組んできました。特殊なARグラスやVRシミュレーターを用いて、臨床工学分野で学ぶ医療機器の操作やその手順を教育するといったコンテンツやシステムの開発を進めてきたのです。ただ、それらは学生だけでなく社会人にとっても有用なもので、色々な使い方ができるということはわかっていました。そこで、そのリソースを活用して今度は企業や他大学と連携する形で革新的なデバイス、システム、コンテンツを開発し、社会に役立つ形で貢献したいと考えています。

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■現在、具体的にどのような取り組みが進められているのですか?

 ひとつは、研究開発です。XR、メタバース、AIを活用し、医療・福祉に関連する作業・業務、教育、災害・避難等をデジタル技術によって支援するシステムやコンテンツの開発が挙げられます。例えば、今、医療現場では新人教育が一番の悩みだと言われています。大学や専門学校などで教育した知識や技能は、基本中の基本のみですから、実際に病院で働き始めると、当然、また違った教育が必要になります。例えば、4月に入職した新人看護師は6月ぐらいには、もう夜勤に入り始めます。つまり、4月から6月の間で相当な量を学んでおく必要があるわけです。ただ、その新人たちを誰が教育するのかと言えば、現役の看護師や技師、医師たちですよね。その教える立場の人材が不足しているということが問題になっています。教える側の人たちには仕事がありますから、教えている余裕がありません。そこで現場からは、新人教育をある程度、自動化してトレーニングできるものが欲しいという要望があるのです。私たちの開発したARグラスは自己学習ができますから、そういう自己学習システムを現場で活用することで、人手不足を解消する一手段にしようと試みています。
 最初のターゲットとしているのは、看護分野です。最も医療ミスが多く、なおかつ最も人手不足が激しい分野だからです。看護師は毎年、たくさんの人が入職しますが、同時に大量の人が辞めるという状況です。特に20代の若い看護師たちの離職率は、他の職業と比べても格段に高いです。では、なぜ新人や若い看護師がたくさん辞めるのかというと、ひとつは責任の重さがあります。先ほどの話にもつながりますが、大学や専門学校で基礎となる教育を受けても、実際の現場では当然、不安があります。そんな状態で夜勤が始まり、一人で40人の患者を見てくださいと言われても無理だと思うでしょう。その責任の重さから大量に辞めていくということが問題になっているのです。そこで今、看護師をデジタル技術で支援しようと、看護師向けのARグラス自己学習システムの実装化に取り組んでいます。これは現場に慣れるための学習に加えて、一度離職した看護師が復職する際の技術支援にも使えるシステムですから、活用の範囲が広いです。

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 また、作業支援という点でも看護分野で取り組めることがあります。例えば、ダブルチェック、トリプルチェックという言葉を聞いたことはあるでしょう。看護師の仕事は、一つの行為をするときに、必ず自分以外の看護師を呼んできて確認してもらいます。なぜなら、医療ミスを起こしてはいけないからです。この薬をこの患者に投与して良いかどうかなど、毎回、何かをする度に二人体制、三人体制で確認するのですが、それによって失う時間は莫大です。そのせいで勤務時間を超過することも当たり前の世界で、作業効率が極めて悪いと言えます。そこでARグラスを用いて、適正な情報を確認しながら次の工程へ進めば、1人で仕事ができるわけです。近い将来、このARグラスで作業効率を見直し、医療や福祉領域の業務や組織のワークフローを改善できると考えています。
 さらに、使用するスマートグラスにカメラがついていて、それで撮像した画像をAIで判定させるということも研究しています。画像認識AIで、最終的にできあがった状態や仕上がり、さらにはそこへ至るまでの工程の精度がきちんと保たれているかどうかをAIが判定します。例えば、今の行為は「80%」できている、または「OK」や「NG」などで即座に評価するわけです。ある程度の評価基準など水準を設けることで、自分が正しい操作を行ったのかどうかがわかり、安心して仕事ができるようにするというのが、このシステムの中心的な考えです。私たちは、このARグラスシステムですが、情報提供システムによる、画像認識AIによる精度判定まで含め、医療行為に関するものと、また教育領域で2件の特許を取得しています。

 もうひとつの活動内容としては、産業支援が挙げられます。産官学医連携を通じた実用的なソリューションの開発と、現場への展開支援の実現を目指して取り組んでいきます。このセンターには実装化することが一つの目標としてありますから、学内だけで取り組むのではなく、コンテンツを社会のために使うという部分に軸足を置き、他大学や企業と連携しながらモノをつくり、実装化するためのビジネスへとつなげる必要があります。ですから、現在、複数の企業と連携をしているところです。また、国内の国立・公立、私立大学の7大学と連携し、本学が開発したシステムの技術指導を行い、関連病院などで検証して、システムやコンテンツの改善や普及に役立てることを行っています。

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■このセンターの活動に、学生はどのように関わるのでしょうか?

 ひとつは、実証実験やコンテンツ制作の一部で協力してもらうことが挙げられます。現在、卒業研究に取り組む学生のうち、10人以上がARグラスのコンテンツ制作を学んでいますから、コンテンツ制作では医療に関する知識とアイディアが必要ですので想像力や想像力が養われると思います。医療現場でもこれを活かし活躍してくれると期待しています。また、そういう学生たちに、例えば共同研究をしている大学研究者、企業とのディスカッションの場に参加することも想定しています。企業の持っているテクノロジーに関する知識や商品開発に関する考え方などを学生に聞かせてあげたいですからね。実験のお手伝いだけでなく、学会、研究会、展示会、会議やイベントなどに参加する機会も設けて、とにかく学生に刺激を与えられたらと考えています。

■今後の展望をお聞かせください。

 先ほど、看護師をターゲットにした新人教育支援や作業支援を進めていると話しましたが、今後は、在宅医療や介護、ヘルスケア領域、災害支援に関する研究開発、またデジタル化の弊害としての医療サイバーセキュリティ対策に関心を持っています。この在宅医療、介護領域は、もともと全くデジタル化が進まない領域です。今後、産官学医連携のもと本腰を入れて支援デバイスなどの開発を行いたいと考えています。
 介護分野には、本学の教員でつながりをお持ちの先生もいますし、介護組織や団体とつながりのある企業を介してアプローチしていくことも考えています。
 また、XR技術をベースにした専門教育プログラム及びコンテンツを提供し、XR・AIの専門家の人材育成につなげていければとも考えています。
 それから今回、お話ししたXRを用いた医療福祉のデジタル教育及び教材コンテンツを世間に知って頂きこれを本学の魅力のひとつにできればと思っています。そのためにも、いかにそれを知って頂き、社会を注目させるかがポイントになります。また、AIを活用することで、単なるトレーニングに終わらず、どのくらい上手になったかという定量化もしたいです。一般に学んだことを定量化するために、みなさんテストを受けるわけですが、演習や実習時も含めトレーニングの場合は、それに対する採点基準が主観的なため、単に一通りこなして終わりとなりがちです。しかし、その技量を定量化することは意義があると思います。その評価する部分を可視化することで、トレーニングへの意欲を向上させるところにつなげることも、私たちの使命だと思っています。というのも医療ミスは、知識としては分かっていたけれど、事故につながったというケースが多いからです。頭では分かっていても、手が動かない。ですから知識や技術を頭で覚えることに加えて、手を動かしてスキルもしっかり身につけるということが大切です。例えば、トレーニングすることでどのくらい上手になったかを、仮想空間の中で再現できるところまで持って行ければ面白いだろうと考えています。そういう形である程度、自分の技量を明らかにできるようになると、どのくらい上手になったか具体的にわかるようになります。
 そこに関連して、今、私たちはARグラスなどを使ったときの、知識や記憶の定着についても関心を持っています。例えば、ARグラスを用いた学習は、長期的に知識を定着できるのではないかということが少しずつわかってきました。本学独自に開発したARグラスは、手で触れ、目で見て、耳から音声合成で声が聞こえるという特長を持っています。それら視覚、聴覚、触覚が同時に脳に入力された時、知識が確実なものになると推測されます。そういうことが実証できれば、例えば、ベテランの看護師が数年かけて習得したものを、もしかすると短期間で頭に入れることができ、その記憶が長期間続くということになるかもしれません。そういう教育システムをつくりたいと考えています。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 医療・福祉(看護、介護・ヘルスケア)領域は、これから外せない成長産業へ発展すると思います。ただ、この分野は人材不足や離職率が高いのが現状ですから、患者さんや社会が恩恵を受けるためにIoT、ロボット、AI、XR等の要素技術を活用し技術を成長させることが重要です。デジタル技術は、使えてこそ、また社会に役立ってこそ意味があります。
 まずは、デジタル化で社会が豊かになるという前向きなイメージを持つことが大切です。色々な場面に導入されるデジタル技術を受け入れ、それを応用することで、課題解決につなげていくことができるはずです。そのためにも、みなさんが普段、疑問に思っていることを、「まぁ、いいや」「仕方ない」「みんながやっているから」とそのままにしないでほしいですね。社会には様々な疑問や未解決な課題がたくさんありますが、諦めて、放置されているものもたくさんあります。それらに注目し、どのようなテクノロジーで課題を解決できるのか想像してみてはどうでしょうか。「できない」と思わず、「できるようにする」という思考がとても大切です。
 特に、医療や福祉分野はデジタル化が最も遅れている分、逆に斬新なアイディアが生かされやすく、一番やりがいのあるところだとも言えます。それがうまくいけば、社会は大きく変わるはずです。医療や福祉分野に興味のある人は、課題意識を持って、新しい何かを創造し、デジタル技術で社会を豊かにするという楽しみを持ってみてください。