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範囲は宇宙から海底まで!? 新しいモビリティの研究開発に挑む

 
2024年7月12日掲出

実践研究連携センター センター長 関根 謙一郎 教授
デザイン学部 工業デザインコース 相野谷 威雄 講師

今年4月に設立・運営が始まった「未来モビリティ研究センター」。具体的にどのようなことに取り組むセンターなのでしょう?詳しい内容を関根先生と相野谷先生に伺いました。

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関根 謙一郎 教授

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相野谷 威雄 講師


■今年4月に設立された「未来モビリティ研究センター」は、どのようなことに取り組むセンターですか?

関根 謙一郎先生(以下、関根):「未来モビリティ研究センター」では“宇宙から海底に至る空間での新たなモビリティ”を研究開発するというコンセプトを掲げています。モビリティとは、一般に人の移動手段や物流のことを言います。ただ、このセンターでは、それをもう少し広く解釈していて、動けば何でもモビリティぐらいの緩さで考えています。

相野谷 威雄先生(以下、相野谷):例えば、ロボットやドローンなども含めて、幅広く取り扱うつもりです。

関根:大学でモビリティの研究というと、どうしても国のプロジェクトと紐づいたような、いわゆるMaaS(Mobility as a Service:従来の交通手段やサービスに自動運転やAIなど、さまざまなテクノロジーを掛け合わせた次世代交通サービス)と呼ばれる枠組みから入ることがほとんどです。それはそれで、当然、進めていかなければなりませんが、その中でも私たちはエンドユーザー、つまり実際にモビリティを活用する側の視点に立ち、本来、どういうものが求められているのかというところから考えていこうと進めています。そういう意味での枠に捉われないということも含めて、“宇宙から海底まで”と謳っているわけです。

相野谷:そこがこのセンターの特徴のひとつですよね。エンドユーザー視点というのは、ユーザーを中心にしたアプローチのことで、いわゆるデザイン思考と呼ばれるものです。
それに基づいて、未来のモビリティへのアイデアやソリューションを考え、そこに工学的な技術や知識も入ることで、新しいモビリティ技術の研究開発につなげていこうと思っています。

関根:これまでは、どうしてもインフラ側からの未来モビリティの発想が多かった印象を受けます。例えば、国ではバスなど既存の公共交通機関における自動運転や過疎地域での自動運転の公共移動手段などの取り組みが進められていますよね。このセンターでは、そうした既存インフラから考えるのではなく、使う側からの視点で考えていきます。私自身がもともと自動車メーカーで商品企画を担ってきたという背景もあって、お客様が欲しいものでなければ、最終的に受け入れてもらえないと考えているからです。それを格好よく言えば、“デザイン思考”と表現できるわけです。極端な話、例えば人が乗れるドローンで、東京から大阪まで2時間で行くことを目指すとしたら、どうでしょう?すでにある安全安心な新幹線を使えばよいのでは?と思いますよね。もちろんハード面でそうした研究は進めていくべきですが、かといってそれが必ずしも社会のニーズやユーザーの望むものと合致しているかどうかはわかりません。

相野谷:そういうニーズをどのように捉えるかということも重要ですね。

関根:そうですね。結局、誰を対象にしたニーズをリサーチするのかということもありますし、大規模な市場調査はそれだけでひと仕事になります。ですからこのセンターでは、風呂敷は広げ過ぎず、例えば「食と農の未来研究センター」など、本学に新たに立ち上がった複数のセンターで求められるようなものなど、すぐそばにあるニーズに対してソリューションを検討するところから始めようと思っています。いわゆる学内連携で、デザイン、工学、IoT、農業、医療・看護といった分野を融合して、共創できる場にしていこうと考えています。
また、本学のものづくりの実践という点では、デザイン学部で相野谷先生が指導する学生が卒業制作で提案していたものに対して、工学的なバックグラウンドを加味して提案することが、工科大ならではのデザインとエンジニアリングの協業になるだろうということで、このセンターで扱っていきます。

■相野谷先生が指導される学生が取り組んだ卒業制作というのは、どういうものでしょうか?

相野谷:例えば、ある学生の祖父母は高齢で、車を運転することが危ないという状況にありました。その反面、実際には車がないと生活できないという現実もあり、どうにか解決できないかと取り組みました。特に地方の生活では、車は非常に重要です。乗れないと困るけれど、高齢者にとっては運転も乗り降りも大変で、結局は車に乗れなくなってしまいます。それが引き金で、家に閉じこもりがちになり、鬱っぽくなるということも統計データで明らかです。そこで、これらを解決する新たな移動手段としてのモビリティデザインに学生が取り組みました。
まず、実際に高齢者に車の乗り降りを試してもらい、ステップの高さなどを検証しました。VRも使って評価して、一般の車ではどこにどういう問題があるのかということを調べました。例えば、乗降時、ドア周りの色々な部分にぶつかりやすいので、まずは学生自身が動画と画像から動きの軌跡を追い、その中からドアの形状で問題となる部分を見つけ出すことに取り組みました。そうすると、ドアの形が今の車とは逆の、前方が高くなる形が最適だとわかって。そこから色んなドアの形状を当て込んで試していき、最終的には立っても乗れる車という方向で車のデザインをつくることに取り組みました。

また、離島へのドローンによる配送について考えた学生もいます。東京から近い八丈島や大島は、台風などで定期連絡船が止まると、完全に物流も止まります。それにより、島のコンビニやスーパーが営業できなくなるわけです。そこで、本土にある物流倉庫と離島を結ぶドローンで、商品や作物を運搬するということを考えました。それができれば、島での生活が便利になるだけでなく、島の地産品を都会に送ることもでき、産業が活気づくかもしれませんし、移住者が増えるといった別の価値も生まれてくる可能性もあります。このような形状や仕組みのデザインに加えて、ドローン自体の機構や構造といった技術的なことやビジネスモデルについても考えなければなりません。一方で、「このドローンは本当に飛ぶのですか?」と聞かれた時、私たちデザイン分野の人間は、「分かりません」としか言えないのです。つまり、技術的な深度が不足しているため、デザイン側の人間だけで解決するには限界があるわけです。
先ほどの車のデザインにしても、これを実用化したいと思ったところで、自動車メーカーの都合がありますし、実際にこういう車のドアをつくるほどの市場がないと言われれば、そこで終わりです。とはいえ、デザイン側の人間はこういう方向からのアプローチしかありません。そこで、このセンターでは色々な専門を持つ人に関わってもらい、その領域を横断することで、アイデアを実現していく場にしたいと考えています。

関根:今、そうした技術と工業デザインの融合や両方を含む包括的なアプローチが必要とされていますからね。当センターにも、今年度から客員教授として、元スバルの森宏志さんに入っていただくことになりました。また、本学にはデジタルツインセンターというものもあって、そことも共同で取り組む話が出ていますし、学外からはすでにいくつかの企業から協業の話もいただいています。もちろん、相野谷先生が指導される学生の卒業制作は毎年あるものですから、そこで研究されたものもテーマとして検討していきます。

相野谷:例年、モビリティをテーマにした卒業制作に取り組む学生は数人います。ですから、そこでできあがったものと、このセンターの研究に展開していくつもりです。また、最近はモビリティだけでなく、体験する何かということも卒業制作のテーマになっています。体験することに使う、あるいはそれをサポートする道具をデザインするというものです。
例えば、Googleマップで経路検索をすると、目的地への行き方を示してくれますよね。あれはある意味、Googleが行く方法を決めていると言えます。今まではバスで行く、電車で行くというユーザーの考えが先にあったはずですが、最近はGoogleが色々な行き方をすすめてくれる、つまりGoogleが行き方を決めていると言えるのです。そういうアプリケーション側のモビリティの考え方も重要だと思っています。ですから移動させるための意図やそういうものの仕組みも考える必要があります。そこも卒業制作になっていますから、ユーザーのニーズという部分で当センターの取り組む研究になっていくことだろうと予想しています。

■今、実際に進んでいるプロジェクトやこれから取り組みたいことを教えてください。

関根:私は本学の実践研究連携センター所属で、研究室や学生を受け持っていない立場です。ですから、これからこういう方向性で取り組んでいきたいという計画の話になりますが、ひとつは現在、工学部の高木先生の指導のもとで学生有志が取り組んでいる「EVプロジェクト」があります。学生たちが電気自動車(EV)を製作し、「学生フォーミュラ」に出場するというものです。これは当センターの意義のひとつである、教育と人材育成に関わる部分ですが、この「EVプロジェクト」を、来年度からはモビリティセンターが担当する計画です。これまでのプロジェクトの実績を踏まえ、更なる発展を目指したいと思い、今月から「EVプロジェクト」の定例会に参加し、チームに帯同する予定です。

相野谷:「学生フォーミュラ」に限らず、何かしらそういう取り組みの中で、設計のワークショップをしたいと思っていて。先ほど関根先生がおっしゃったように、近年は工業デザインとエンジニアリングの融合が重要視されています。特に工業設計の経験がないデザインの学生にエンジニアリングの知識を提供することが求められているのです。そういう意味では、このセンターを工学の知識がない人でも設計ができるAI活用の実験場にしたいと考えています。例えば、デザイン学部の学生に、AIを活用してコンピュータシミュレーションで空気力学(空力)の検証をしてもらい、3Dプリンターで車のボディの形をつくってもらいます。そのデザイナー視点でつくったものに対して、工学部の学生たちから修正をもらうといったことを繰り返し、ひとつのモデルとなる設計手法を見い出すワークショップをしたいと考えているところです。

関根:ちょうどこの春、本学を運営する片柳学園は3D技術を使ったデザイン・設計、エンジニアリング、エンターテインメント向けソフトウェアの世界的リーディング企業である米国Autodesk社(オートデスク)と提携しました。その一環で、3DCADでGenerativeDesign(生成AI技術を用いた設計手法)機能の入った設計支援ツールを使うことができるようになったので、例えば「EVプロジェクト」でもフレーム設計にそうしたものを利用してみるとか、Ansys社の数値流体力学(CFD)を用いたソフトウェアでカウル設計での空力の計算などをシミュレーションし、実際のものづくりにつなげることも考えています。ただ、いずれもあくまで計画ですから、これからの話ですが(笑)。

相野谷:あとは、学際的な繋がりがある中で、異なる専門的な知識をどう統合するかという部分も課題です。それにはAIを使えるのではないかと非常に関心を持っています。例えば、ユーザーの声の分析などユーザーに関することと工学的な設計の双方で、AIを使う仕組みをつくっていきたいですね。それに関連した話をすると、デザイン学部で使っている3Dモデリングツールなどのソフトウェアと、自動車のデザインの現場で使うソフトウェアは、使用するときの考え方が違います。その辺のデータ互換やツールの共有化などの仕組みを考えるために、今、リサーチをしているところです。

関根:私や相野谷先生を含む当センターに関わる人たちは、AIや設計支援ツールを活用することで合理的によりよい開発ができるのではないかと考えています。ただ、学内の場合は特に、その進め方には慎重さを要する面もあります。

相野谷:AIはサポートツールであり、さまざまな技術者の専門知を統合するツールとしての役割があります。どのように融合させるかを考えることが重要です。デザインの学生がツールを使って形状のみをつくってしまったら工学的な設計思想がないままつくってしまうかもしれません。やはり、形状と設計思想のすり合わせが重要です。その辺をどう合意形成していくかということも大事な研究テーマだと思っています。関根先生は自動車の商品企画をされていたから、その辺りをよくご存知ではないですか?

関根:実際の商品企画の現場でも、お互いに歩み寄りは必要です。デザイナーはエンジニアリングを理解していないとよい製品はつくれませんし、エンジニアリング側もお客様のニーズをわかっていないと、よいモノは生まれません。そういう経験を学生にしてもらうことも大切ですね。以前、特別講演会で来てくださったマサチューセッツ工科大学(MIT)のHarry Asada先生は、MITの機械工学科では、実際の商品開発に複数のチームで取り組んで、最後にプレゼン合戦をするという講座が大人気だとおっしゃっていました。当センターも、できれば学生にそういうリアルな体験ができるような形にしていきたいなと思っているところです。ChatGPTに代表される生成AIが一気に普及して設計支援もしてもらえますし、一方でデザイン系の生成AIも次々と出てきている状況ですから、専門分野からの歩み寄りは以前と比べて格段にしやすい環境ができつつあるだろうと思います。

相野谷:本学ではありませんが、過去に工学系の学生たちに対して、絵を描く感覚で、曖昧な感覚を刺激するプロダクトをつくるワークショップを開いたことがあります。「お菓子を届けるための機構を使ったロボットをつくる」というテーマで、お菓子の意味やそれをどう渡すとよいか、よりおいしく食べてもらえるかといった、ユーザーの経験をデザイン視点で考えていき、それにより渡し方が変わるということを体験してもらいました。そのときに集まった工学系の学生たちは、結果として、ニュアンスのあるプロダクトをつくるようになりました。そういう意味では、デザイン学部の学生は機構をつくるには時間や知識が不足していますし、工学部の学生は、機構づくりは得意でも、そういう"経験をデザインする"という発想は知らないかもしれません。ですから、それぞれに得意・不得意がある中でチームをつくって何かに取り組むこともしていきたいですね。

関根:新しい技術や他分野とどう融合し協調していくかは、これからのモビリティを考えるうえでも非常に重要です。そこをうまく進められるようにしていきたいですね。

相野谷:そうですね。そういう中で展望的な話をすると、今、ドローンと船とを足したようなものをつくりたいと思っています。デザイン学部の卒業制作としても動かそうと考えているところです。ざっくり言うと、天候に影響されにくい、飛ばないドローンみたいなものです。完全に飛ばなくても、浮くぐらいで十分なものを考えています。まだ具体的ではありませんが、海上輸送の新しい移送手段のプロトタイプをつくりたいという言い方がわかりやすいかもしれませんね。それが島嶼支援のモビリティになるかもしれません。

関根:私がこのセンターで取り組みたいことのひとつは、これからの移動モビリティとはどういうものかを考えることです。私には読者である受験生・高校生のみなさんと同世代の、高校3年生の息子がいます。彼は中学2年生からコロナ禍でリモート授業が始まり、それが続いていた世代です。今でこそ対面授業になりましたが、そういう経験をして育ってきた子どもたちにとって、そもそも移動の欲求とは何だろうということが疑問としてあります。SNSもネイティブ世代ですし、一方で保育園や幼稚園から高校までの友達など人間関係を持ちながら生きている。さらに生まれた時から当たり前のようにAmazonなどがあって、デリバリーで気軽に早く欲しいモノを手に入れてきたはずです。そんな暮らしの中で、若い人たちがどういうビジョンを持っているのかということに、非常に興味があります。若い人たちのリアルに移動する欲求は、今までの大人たちが考えていたMaaSの仕組みとは全然違う形ではないかなと。そういうニーズを具現化するような仕組みができれば、これまでの大人たちが考えていたものとは全く違う、面白いものが生まれてくるかもしれないと期待しています。

■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

関根:本学は学生が「なりたい大人になる」ための支援を全力でします。まだなりたいものが見つかっていない人は、大学生活の中でぜひ見つけてください。また、したいことをずっと追い続けるのもよいですが、途中で変わってもよいと思いますよ。社会人だって今は、ひとつの仕事をずっと続ける人は稀です。かくいう私は、本学で4つめの仕事です。それは生きていく中で、新しい気づきがあって、次のステップに進むということですから。そういう意味では、興味のあることには何でもチャレンジすべきですし、何に興味があるかを見つけるにも、色々なことにチャレンジしてみるしかありません。逆に受け身でいたら何も始まらないということは言えますね。やってみて、違うと思ったら、また次に行けばよいので。

相野谷:何になりたいのか、何をしたいのかは自分で決めるしかありませんからね。一方で、これまで受けてきた教育のせいか、学生たちはゴールを用意された環境に慣れきっている面があるように思います。ですが、大学は高校までとは違います。大学は自分で選んで、すべきことをしていかないと、自分が目指すところにはたどり着けません。そのためにどんな能力を身に付ければよいかを、自分で考えなければなりません。
あとは、今日、何度も話に出てきたAIをうまく活用して、人間らしいものをつくる研究を本学で一緒にしましょうと言いたいですね。誤解されやすいことですが、AIは勝手にモノをつくりません。人がきちんとつくりたいものを考えて、その意図を実現するためのサポートツールとしてAIがあります。その感覚を本学で体験してほしいです。

関根:すでにある技術は、どんどん使わないともったいないですからね。一方で、何も考えなくても、それなりに形ができてしまう時代になったことも確かです。だからこそ、深く考えることは人間にしかできないとも言えますから、そこに力を入れていきたいです。