時計を使わずに時間をデザインするって?
2024年1月26日掲出
デザイン学部 情報デザインコース※ 早瀬交宣 准教授
※2024年4月より
もともと大学ではデザインとは関係のない経営学部で学んでいたという早瀬先生。学生時代、デザインの面白さに魅了され、美術大学に入り直したという経歴の持ち主です。今回は、先生が取り組んでいるご研究内容などを中心にお聞きしました。
■2024年度からデザイン学部では新たに4コース制が始まります。その中で、先生は情報デザインコースをご担当されますが、まずは情報デザインとは何か、どんなことを学ぶのかお聞かせください。
これまでのデザイン学部は、工業デザイン専攻と視覚デザイン専攻があり、視覚デザイン専攻の中でも視覚情報デザインコースと視覚伝達デザインコースに分かれていました。どちらのコースも基本的には視覚に関するものを扱っていましたが、その分け方では、少しわかりにくいところもあったのです。視覚によりメッセージを伝えることに特化していたのが視覚伝達デザインコースで、視覚情報デザインコースはそれと重なる部分もありますが、見えない情報をどのように見える形で表現するかということを中心に、情報とは何か、どんなものが情報になり得るのか、そもそも伝えたいメッセージとはどこにあるのか、といった根本的な部分までも考えるという内容でした。また、例えば人とモノとの間にみられるような、情報と情報のやり取りでは何が起こるのかということですね。人が何かに触れたとき、どんなリアクションがあるか。何気なくボタンを押したくなる仕組みとは何か、人間の感覚的な部分や反射的にそう感じてしまうような部分を含めたデザイン設計について考えるのが視覚情報デザインコースだったわけです。それが今回のコース再編で、視覚情報デザインコースから“視覚”という言葉を取り、情報デザインコースとなりました。その理由の一つは、扱う情報が視覚だけではないからです。例えば、サウンドや触覚といった視覚に限らないものを扱うことが増え、授業を重ねるうちにどんどんその幅が広がっています。そもそも人間が受け取る情報は、五感によるものだけではないですからね。人間には20ほどの感覚があると言われているので、視覚にこだわる必要はなく、むしろもっと他の感覚に対しても積極的に広く情報発信をしたり、あるいは、より情報そのものについて考えたりしていくということで、コース名もシンプルでわかりやすい「情報デザイン」とした経緯があります。ですから扱う内容が変わったのではなく、より幅が広がったと考えてもらえればと思います。
■では、先生が取り組んでいる研究について教えてください。
簡単に言うと、映像における時間の作り方にはどんなものがあるのかということを、ひとつの大きなテーマにしています。例えば、最初に写真を使った動画を発明したと言われるエドワード・マイブリッジというイギリスの写真家がいます。昔、馬は走っている時に一瞬、宙に浮くか浮かないかという論争があって、それを証明するためにこの写真家が初めて馬の走っている様を連続写真で撮ったと言われています。その連続写真をつないでアニメーションにすると、馬が走っているようすを動画として見ることができます。(下図、左上)今、映像の目指すところは基本的には、このエドワード・マイブリッジの写真をつないで見られる動画のように、いかに滑らかに映像の時間を作り出すか、スムーズに動かすかということがメインです。例えば、もともとテレビ放送は1秒間に30枚の絵が流されるという仕組みですが、最新のテレビはそれを60枚や120枚にする補正機能がついていて、どんどん滑らかな映像が見られるようになっています。
一方、私の取り組んでいることはそれとは違います。映像とは、原理としては一枚一枚の静止画の連続でできていますが、その隣り合う絵をどのように組み合わせると、あるいはどういう絵を配置すると、どんな動きができるのかということを研究しています。
例えば、モーフィングと言って、馬を走らせる映像ではなく、馬が走っている絵と走り終わった絵を図形として認識して変形させる見せ方。(下図、上中央)
あるいは、だんだん他の絵と絵をふわりと重ねながら切り替えていくような見せ方もあります。(下図、右上)
一番左下(下図、左下)は、少しカクカクとなっていますよね。これはある絵とある絵を点滅させ、次の絵に乗り換えるというような表現をしています。
下中央(下図、下中央)は、馬が走っている絵を2枚ほど用意して、それを面積比で次の絵に、ブロック状にだんだん入れ換えていくという見せ方です。
そして、一番右下(下図、右下)は、走っている馬の絵の残像を残しながら走っていく。つまり走っている軌跡を形として見せるような時間の作り方をしています。
他にも私が作ったモデルで、三角形から円に変化していく画像があります。三角形を映像のスタートとし、円をゴールにした時に、その変化の間(時間)の埋め方には、どんなパターンがあるのかということを考えてみたものです。
例えば、左上のものは、三角形が回転すると、その軌跡からだんだん円になります。上中央は、三角形の角を丸めていって円に、右上のものは三角形を面積比で置き換えていくと円になるというモデルです。左下は、三角形と丸の点滅表示時間の比率を変えることで円になるというパターン。下中央は単純なフェードイン、フェードアウトです。右下は三角形が回転したときに円になるというものです。先ほどの馬の写真の例は、時間の繋ぎ方によって「動き」がどのように表現されるか、こちらの図形のモデルは「変形」がどのように表現されるかということがポイントになっています。
アニメーションや映像には、キーフレームというものがあります。例えば、正面を向いている顔と横を向いている顔があったとき、その正面の顔と横顔の間を、少し角度を変えた、似たような顔の像で細かくつないでいくと、振り向いた表現になるわけです。普通は、その間を似たような絵で細かく埋めていくのですが、そうではない時間の作り方もあるはずです。そこには時間の作り方というデザインの概念が当てはまるのではないかということで、その時間の“間”のデザインを考えています。
今、紹介したモデルを、私は「補間モデル」と呼んでいます。色々な動きをモデル化することで、画像から画像への間というものをデザインできないかと研究しているわけです。取り組みとしては、まずは古今東西、さまざまな映画や映像の中で行われてきた、こうした時間的な実験ともいえる映像を体系して分類し、モデル化を進めています。それと並行して自身の作品制作にも取り組んでいるという感じです。
自身の作品例としては、卒業制作の作品になりますが、山手線の街を一周する映像があります。上野から始まり、やがて上野に戻っていく映像で、何枚も街の写真を撮って、それを分解して再構成するという時間の作り方に取り組んだ作品です。建物や風景が立体的に動いていく様を単にスムーズにつなげるのではなく、分解した絵をもう一回、出現させて、また分解するみたいなことを繰り返し、それによって動いているように見せています。簡単に言うと、映像を見ている人の、例えばガタガタしていると感じる時間の流れやスムーズに流れると感じる時間など、時間の感じ方や時間的なテクスチャーみたいなものは、映像と映像の間にどういう絵を置くかで変わるのではないかということで作った最初の作品です。これをある先生は、モーションコラージュと名付けてくださいました。
その後、このモーションコラージュのシリーズは、テレビ番組のブリッジ(コーナーとコーナーをつなぐ短い映像)や、自身の作品として何度か制作してきました。
また、今、制作途中の作品ですが、人の顔のパーツ画像を細かく切り刻んで、誇張した動きのある表現をしようと取り組んでいます。例えば、顔を振ると顔が歪み、混ざっていくという表現を目指しているところです。今までは、回転するだけの動きだったものから、もっと複雑な動き、早い動き、誇張した表現やありえない表現ができないかと、模索しているところです。
■こうした先生のご研究は、どのような形で授業に反映されていますか?
例えば、3年生を対象にした「視覚情報デザインコース専門演習Ⅱ」(旧科目名)の課題で取り入れています。私自身は、現在、この専門演習を担当していませんが、カリキュラムをつくる際に演習内容の設定で関わりました。この演習の最初の課題で「ジカンのデザイン」というものがあります。簡単に言うと、身の回りの時間を可視化するという課題ですが、これが簡単なようで、案外、難しいのです。というのも時計は使わず、時間的なものを身の回りから探してきて、そこにある時間がどんなものかを分析し、映像にするという課題だからです。時間というと、つい時計を連想しがちですが、そもそも時計は太陽と地球との関係で作られた暦から来ていて、今やそれがイコール時間だと思いがちですよね。ですが、それは太陽と地球という自然現象の中で生まれてきた、昔の人が考えたひとつの尺度であって、たまたまうまくいった道具だと言えます。実際には、細かく見ると、地球が1回転する速度は毎回違っており、万能で正確なものさしとは言えません。ですから誇張して言うと、例えばボールがバウンドして戻ってくる時間が、もし私たちの生活にとって都合が良ければ、それを時間の尺度にしても良かったわけです。ですから時間の基準は、別に太陽と地球だけではありません。
そこで学生たちには、時計というものから一旦離れて、身の回りにある時間的な現象を探して観察し、時計を使わないで時間を表現するという課題に取り組んでもらっています。
この課題の狙いとしては、まず身近にある、ありふれた時間現象の中から、何を情報として拾ってくるかということがあります。身の回りにあるもの、自分が普段生活している生活時間など、当たり前だと思っているものを、一度疑ってみるという試みです。本当に時計だけが時間なのか、本当に時計が正しいのかというところから疑い、他に何があるだろうかと考えることで、世界を広げていくわけです。そういう既成概念の枠組みを一度外して、組み替えるトレーニングをしてもらいたいという面があります。
また、他のものでも時間を知ることができるとわかったら、それを人に伝えるところまで行き着いてほしいと思っています。最後まで形にする、実行力も含めて、作り切らないとわからないことがありますから。提案だけでなく、形にまとめ上げることも重視しています。
■この演習の中で、特に先生の印象に残っている学生の作品を教えてください。
例えば、ゼラチンの量を変えたゼリーを3種類作ってきた学生がいました。その学生は、それらを洗濯機の上に置いて、振動を与えた映像を撮ってきたのです。それをスローモーションで見ると、ゼラチンの量によって振動で震える周期が変わってくるため、ゼラチンによって違う時間をカウントできるという発想です。私自身、ゼラチンを時間の道具だと思ったことがなかったので、新しい発見でした。あとは、天ぷらを揚げる際、油に入れてきつね色に揚がるまでの時間は、それぞれ具材によって微妙に違うということに注目して視覚化した学生がいます。また、線香花火の火をつけてから終わるまでに、どんなイベントが起きるかをタイムラインで提示した学生や、公園の噴水がどのタイミングで水を上げるのか、その上がり方の変化や終わってから何分後にまた上がるのかに注目した学生もいます。
これらすべてに共通して言えることは、どれもプログラムされた時間があるということです。例えば天ぷらには、それぞれの具材が内包している時間がある、つまり具材自体が時間を持っていて、油に入れることで、そのプログラムが実行されると考えられます。線香花火も火をつけることで、予定されていたプログラムが実行されるわけですし、噴水も同じようにプログラムされた時間であると言えます。そう考えると、天ぷら、線香花火、噴水と一見、まるで違うものですが、時間的に見ると共通する要素を持っていることが見えてきます。
■先生がデザインそのものや今の研究テーマに興味を持ったきっかけとは?
もともと私は、大学時代、経営学部に通っていて。ちょうどその時、アップル社のMacintoshが登場して、それを使ったデザインが流行り始めた頃でした。周りの友達がそういうものにいち早く手を出して、色々なものをパソコンで作るのを見て、面白そうだなと思ったところが最初の興味の始まりです。ですからデザインのデの字もなかったのですが、パソコンを使えば、デザインができると知って、勉強してみようと専門学校へ通い始めました。いわゆるダブルスクールで、大学へ行きながら、専門学校にも通う形です。ところが、専門学校に通い始めて、デザインの基礎を勉強している人とそうでない人との差は歴然だと痛感して。パソコンのスキルどうこうではないと初めて知ることになったのです。そこで、やはり基礎的な勉強をしようと、経営学部を卒業後、一度は就職して社会人になったのですが、もう一度、美術大学を受け直したという経緯があります。美大ではデザインを学ぼうと、グラフィックデザイン一筋で行くつもりでしたが、その時、周りの仲間でアニメーション作りが流行っていて。またしても周囲に影響された感があるのですが、アニメーション表現は、色々な表現ができて面白いと、夢中になりました。ですからグラフィックと映像一筋というよりは、グラフィックと映像両方の面白いところを手がけたいと思っていました。
その後、テレビ関係の映像制作会社で絵やグラフィックが時間軸の中で動いていくようなものをつくる仕事をしていたところ、恩師から声がかかって母校で助手をすることになりました。美大生時代に美大受験の予備校の講師アルバイトをしていた経緯で、人を育てることにも面白さを感じていて。何かの課題を与えると、人はこう反応するという教育という設計、あるいは人を育てていくこと自体がデザインだと思い、教育の現場に入ることになったという流れです。
■デザイン学部の学生には、どんなことを身に付けてほしいですか?
先ほども触れましたが、やはり物事を組み替えて発想できる力は、非常に有効だと思っています。例えば、新しいモノを考える時、どこまで元のモノの大事な部分を残しつつ、その概念を変えることができるかといった発想は、実はクリエイティブな業界でなくても、どの分野でも有効な武器になるのではないかと思うのです。いわゆる柔軟な発想は、トレーニングで身に付けることができる面もありますから、そういった思考の枠組みを変えられるような力を養っておくと、社会に出たとき助けになるだろうと思います。
また、今、4年生の卒業制作を見ていて実感しているのですが、最終的にやり切るという能力は大事だということがあります。考えているだけでなく、自分で発信して世に出し、リアクションをもらう、社会との関わりという意味で実行する力やそういう習慣は非常に大事です。それもどの職業においても武器になるはずです。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
本学のデザイン学部の良いところのひとつとして、コースに分かれていても、それぞれが緩やかにつながっているところが挙げられます。大学によってはコースが違えば校舎も違うといった距離感があるところも少なくありませんが、デザイン学部はそうではありません。例えば、自分が所属しているコースとは違うコースの先生に質問するのは難しいと思うかもしれませんが、本学部の学生はそういう壁を比較的、感じにくいと思います。非常に幅広い学びが可能になりますから、そういう環境をうまく活用してほしいですね。また、脳内に興味関心のフックがたくさんある方が、新しい情報が入ってきた時の吸収率が上がるということがあります。例えば、一度訪れた旅行先が自分の関心ごとの一部になったという経験が誰しもあるのではないでしょうか。その地名がニュースで取り上げられると、旅行に行くまでは見逃していたかもしれない情報が、より自分ごととして興味関心を持って感じられる時があります。このように、体験を通して情報が引っかかるフックを増やしておくことで、吸収率が上がっていくわけです。
ですから、その時に興味を持ったことを精一杯やってみるということが大切だと思っています。自分は○○学部だからとか、このコースにいるからその範囲内でしか学ばないというのではなく、興味を持ったら何事もどんどん挑戦してみてください。本学部の学生たちも貪欲に、新しいことに取り組んでいる人が少なくありません。やはり授業だけでなく、その枠外での経験の蓄積も大事だと思うので、自主制作をしたり、どこかへ出かけたり、興味のあることを見つけて自分で広げていくことが大切です。
それは高校生活も同じです。今からでも興味のあることを自分で広げる癖を身に付けておくと、何事もより楽しめるのではないかと思います。