ミザンセーヌをデザインする研究とは?
2024年2月22日掲出
メディア学部 メディアコンテンツコース 兼松祥央 講師
アニメーションや映像などのコンテンツを制作する際、重要となってくるシナリオ、キャラクター、演出の設計方法について研究している兼松先生。実は本学メディア学部の卒業生でもあります。今回は、先生の研究室で取り組んでいる研究内容やメディア学部の魅力について、お話しいただきました。
■先生の研究室では、どのようなことに取り組んでいるのですか?
「ミザンセーヌデザイン研究室」という名称で、映像コンテンツにおけるシナリオ、キャラクター、演出の設計について研究しています。“ミザンセーヌ” とは、元はフランス語で演劇用語です。意味は、日本語で“演出”が近いですが、正確には舞台上に何をどう乗せるかという意味合いになります。映画や映像においては、カメラに映るものすべてと言えますね。日本で演出というと、例えば映画作品の制作に対して、どういう俳優を連れてくるかというキャスティングなども含めることが多いのですが、それでは分野が広がり過ぎます。ですから、私の研究ではキャスティングやマネジメントなどは対象とせず、映画の画面の中にどういうものを出し、それをどう見せるかという“見せ方”を研究しています。具体的な研究例としては、例えば、私の卒業研究のテーマがわかりやすいでしょう。私は本学のメディア学部の卒業生です。在学中に卒業研究で取り組んだテーマがライティング、いわゆる照明の当て方の研究でした。当時、取り組んでいたのは、キャラクターや俳優の感情を、光と影の使い方でどう誇張していくかということです。例えば、色々な映画の中で、キャラクターや俳優が怒っているシーンや泣いているシーンでは、どういう光と影で演出されているのかを調べ、アーカイブしていきました。そしてデータベースのようなものを作り、何か新しい作品を作る時の参考にしたり、再利用したりできるようにしようというのが研究のスタートです。
ただ、研究に取り組んでいく中で、俳優やキャラクターに対する光の当て方に注目するだけでは適切な演出はできないため、もっとキャラクター自体のことを知る必要が出てきました。それには、当然、ストーリーが関係してくるため、シナリオの構造などを把握する必要があるということで、徐々にキャラクター、シナリオ、演出という三本柱で研究を進めるようになりました。
シナリオやストーリーの構造研究で、よく例に挙がるのが映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』です。お手本のようなものだということで、色々なところで取り上げられています。あとは『スター・ウォーズ』もそうですね。とはいえ今の高校生や大学生は『スター・ウォーズ』と聞いても、名前は知っているけど見たことがないという反応が少なくありません。ですから、その時、話題となっているアニメやゲームも含めて、なるべく色々な作品を取り上げるようにしています。
それらの作品に対して、よく行うのは、ジャンルごとにストーリー展開の構造を調べることです。発端・展開・結末という三幕構成は有名ですから聞いたことがあるかもしれませんが、それ以外にもっと細かく分解していくストーリーの構造があり、多くの方が研究されています。
例えば、ここメディア学部の設立当時からいらした、私の恩師である故・金子満先生が定義した「13フェイズ」を使ったり、南カリフォルニア大学の神話学者ジョーゼフ・キャンベルが発見した「ヒーローズ・ジャーニー」という構造の分類方法などを使ったりすることもあります。ただ、いずれも王道的な流れをまとめたものですから、他にも構造の分け方はあるはずです。
恋愛ものにしてもコメディものにしても、たいていの物語は、構造自体は大きく変わらず、最初は日常から始まります。ただ、その日常で描くべきものが何なのか、あるいは起きたことに対して主人公がどんな決意をするのか、その決意のさせ方などは、ジャンルによってかなり違います。そこで学生は、恋愛ものにおける物語を転換させるような決意とは何か、あるいはコメディ要素の強い作品における日常とはどういうものかという、ジャンルごとに物語構造を見ていくことを研究の取っかかりにすることが多いです。
ちなみに授業では、シナリオを書きたい学生が集まるプロジェクト演習[シナリオアナリシス]で、こうした物語の展開の型について扱っています。例えば、探偵や警察が事件を解決するような作品は、基本的にどれも物語の展開はほぼ一緒です。ある事件を主人公が解決するということは同じですが、演出やキャラクターの設定を個性的にすることで、面白くしていきます。そういうことを、授業を通して知ってもらい、そこからさらに発展させていくのが研究です。
■現在、進んでいる研究としては、どんなものがありますか?
例えば、中国から留学生として来ている学生が取り組んでいる研究に、ロボットアニメの戦闘シーンにおけるカットの繋ぎ方の研究があります。簡単に言えば、ロボットアニメの戦闘シーンの絵コンテをどう作るかという話です。例えば、ロボットが基地や母艦から出撃していくとき、シチュエーションによって出撃の仕方は違います。優勢の時なのかピンチの時なのかによって、見せ方が変わってくるのです。ですからこの学生は、色々なロボット戦闘アニメを見て、戦闘シーンの繋ぎ方、構図にどんな違いがあるかを研究しています。対象作品は『新世紀エヴァンゲリオン』、『ガンダム』など、20年ほど前から売上上位5作品ずつくらいをピックアップして調べているので、新しいものも古いものも扱っています。こうした構図やカットの繋ぎ方以外にも、ライティング、私は対象にしていませんが音など、色々な学生がそれぞれテーマを持って研究しています。留学生の彼は絵コンテの演出寄りの研究ですが、別の学生はロボットアニメのストーリーについて調べたり、また別の学生はカメラワークを研究したりと分担することもあります。
それから、制作支援のシステム開発も研究の一つです。よくオープンキャンパスなどで披露しているものに、アニメの戦闘シーンで敵の攻撃を避けるときの避け方をシミュレーションするシステムがあります。3DCGを使って、敵のビームが飛んできたときに、どう避けるかをCGのアニメーションを使ってシミュレーションするシステムです。
また、先ほど話したロボットアニメの研究では、構図やカットの繋ぎ方を組み合わせて絵コンテを作るシステムを開発したり、光の当て方やカメラワークの作り方をデータベース化して、それらを組み合わせて新しい表現を作るシステムも開発したりしています。
他にも、ホラーゲームでプレーヤーを驚かせるための演出をシミュレーションで作成できるシステムや、巨人キャラクターのビジュアルを作るために腕のパーツなどを組み合わせてシミュレーションできるシステムも開発しました。キャラクターの場合、見た目の設定と内面の設定があるので、それぞれに対して新しいものを作っていくために、過去のキャラクターに用いられたノウハウを参照しながらシミュレーションするようなものを作っています。
このように、単に勉強して映像コンテンツを完成させたということではなく、新しいものを作っていくためにどういう工夫ができるのかということも研究できるのは、メディア学部の魅力のひとつです。
■先生が現在の研究分野に興味を持ったきっかけは、何だったのですか?
父親の影響が強くあると思います。私の父は特殊なカメラマンで、切手のデザインに使う写真を撮影する郵政省の職員でした。小学生の頃、父の撮影に連れて行ってもらったことがあって。日光の輪王寺というお寺です。そのとき、子どもながらに感動したことがありました。お寺は無機物で生きていませんから、当然、感情も何もありませんよね。でも、光の当て方を変えると、お寺が怒っているように見えたり、すごく怖い感じや優しい感じに見えたりしたのです。つまり、お寺に表情があるように見えたわけです。光の当て方を変えることで、そういう表情が生み出せるということに、とても感動した記憶があります。そこから光を当てて演出や表現をすることや、映像・映画に興味を持ち始めたという流れです。ただ、そういうものに興味を持ちながらも、将来はゲームクリエイターになりたいと、情報工学に強い大学の附属高校に入りました。そのまま上の大学に進むつもりでしたが、一応、他大学の活動を見ておこうと調べてみると、先ほど挙げたメディア学部の故・金子満先生の活動を知って。実際にオープンキャンパスで先生とお話しさせていただき、これは面白いと思いました。金子先生は当時、本学にあるコンテンツテクノロジーセンター(CTC)のセンター長をされていて、アニメなどを制作するための技術研究として、さまざまなプロジェクトを始めようとしていたタイミングでした。そういう活動に興味を持って、本学部に入学したという感じです。
■今後の展望をお聞かせください。
さまざまなプロジェクトや研究に関わってきて思うのは、この研究に終わりはないということです。そこに魅力を感じているとも言えます。したいことがなくなる瞬間は、ほぼありません。というのも映像作品は次から次へと出てきますし、新しい演出手法もどんどん出てきます。ストーリーも、光や影などのライティングも、シナリオも、軸としての構造的な共通点があるだけで、その上に乗るものは作品の数だけバリエーションがあります。ですから絶対的な答えはないのです。そういう中で、色々な人が自分の個性を活かした作品を作るために、何かその土台となる研究をして、制作を支援するようなものを作っていきたいと思い、研究者になりました。ですから何かひとつの目標があるわけではないのですが、しいていえば、プロ、アマ、年齢などに関わらず、何か表現したいものや作りたいものがある人に対して、その人が頭の中で妄想したものをきちんとその通りに形にできるようサポートしたいということが大きな目標と言えます。
私には幼い甥っ子がいますが、彼のような小さい子どもでも、人形を使ってごっこ遊びをするときに、自分のオリジナルストーリーを作って遊んでいます。これは金子先生がおっしゃっていたことでもありますが、物語を作ることは、誰しも一度はしたことがあるはずです。ただ、それをいわゆる商業作品や人に見せるクオリティまで引き上げることが、とにかく難しい。今、日本には漫画を描いている人がたくさんいます。メディア学部の学生にも、同人誌に載せるマンガやウェブ上でイラストを作っている人も多いです。そういう学生たちや、もっと言えば私の甥っ子くらい幼い子が、自分のアイデアを一定以上のクオリティを持つ作品へと仕上げられるようにお手伝いできればと思っています。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
先ほど、私はある大学の附属高校に通っていたものの、そのまま上の大学に進学せず、本学のメディア学部に入学したと話しました。ですがいきなり本学に決めたわけではなく、専門学校へ行くことも考えたのです。当時、私が目指していたのは3DCGクリエイターでした。進路を考えた時、疑問に思ったのは、例えばCGやアニメーションの作り方といった技術的なことを学んでいけば、本当に優れたクリエイターになれるのだろうか?ということです。面白い作品を作るには、そのための技術を学ぶことも大切ですが、それ以外の知識も必要になります。例えば、『スター・ウォーズ』などのSFサイエンスフィクションを書くには、サイエンスについて知っておく必要があります。あるいは、面白い物語を書きたいと思ったら、マーケティングの知識は欠かせません。今の若者たちがどういう物語を求めているのか、何が好きなのか、顧客調査やターゲット調査をしっかりしないと、そもそも面白い作品や売れる作品を作ることはできないからです。ですから単に技術だけを知ればよいということはないのです。そう考えると、専門学校ももちろんひとつの選択肢ではありますが、私自身は技術だけでなく、もっと幅広い知識や周辺の技術も知りたい、知る必要があると思って、メディア学部を選びました。メディア学部は、ゲームや映像はもちろん、社会やビジネスを研究している先生もいれば数学の先生もいます。本当に幅広い専門家たちが集まっています。その中には、クリエイターとして見本になるような先生もいます。このように幅広い先生たちがいる中で、自分の好きなことを究められるという環境は魅力的です。
また、本学部は、メディアコンテンツコース、メディア技術コース、メディア社会コースに分かれていますが、各コースで扱う内容はクロスオーバーしています。例えば、コンテンツコースではコンテンツの中身を考えますが、それだけではなく、考えたものをどういう技術で表現するかも大事になってきます。そうすると、技術コースで扱っていることもコンテンツコースでは必要ですし、作ったものをどう展開するか、どう社会に発信するかを考えると、社会コースで扱う内容も考慮しながらコンテンツを作らなければなりません。
ですからこれら3つのコースは、あくまでも何を主軸にするかという目安です。どのコースに入っても、全てのコースの内容を学ぶ必要があるという考え方です。また、コース推奨科目を用意していますが、必ずしもそれを履修しなければならないわけではありません。各コースのおすすめ授業を示しているだけで、それ以外の科目も取れます。そういう意味では、本学部は非常に学びの柔軟性があると言えます。
みなさんの中には、将来、クリエイターになりたい、ゲームを作る人になりたいなど、色々な夢を持つ人がいると思います。それならば、その夢に関連する技術だけでなく、その技術を支える周辺の知識もぜひ勉強してください。そういうことができるのが、ここメディア学部です。