難聴の子どもが正しい日本語を獲得するための支援とは?
2024年4月26日掲出
医療保健学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻 外山 稔 准教授
現在も聴覚障害の臨床に従事されている外山先生。子どもの難聴とことばの獲得、高齢者の難聴と認知症の関係など、対象年齢を問わず聴覚領域の研究を進めてこられました。今回は、難聴の子どもが正しい日本語を獲得するための支援についてお聞きしました。
■先生のご研究について教えてください。
私は、大人の言語聴覚障害「ことば(言語)と聞こえ(聴覚)の問題、発音(構音)の問題」と摂食嚥下障害(飲み込みの問題)を専門にしています。そのなかでも、聞こえ(聴覚)の問題は、子どもからお年寄りまで年齢を問わず関わっています。今回は、子どもの難聴についてお話しします。耳が聞こえない状態で生まれた赤ちゃんの難聴は、産婦人科で行われる聞こえの簡易検査(新生児聴覚スクリーニング)によって早期に発見することができます。簡易検査で「聞こえていないかも?」と判断された赤ちゃんは、大学病院等の精密聴力検査機関による詳しい検査を経て、先天性難聴と診断されます。
難聴とは、耳の聞こえが低下している状態をさします。耳が聞こえる子どもは、自分が聞いたことば(聞こえることば)を耳で学習しながら言語を獲得していきます。一方、難聴のある子どもは、聞こえることばの量が少なく(もしくは、ハッキリとは聞こえず)、どうしても耳学習によることばの発達が遅れてしまいます。
難聴は耳の聞こえの問題であり、ことばを学習する脳そのものは正常ですから、適切な支援を受けることで正しい日本語を獲得し、話せることができるはずです。さらには、文字ばかりの難しい本を読んだり、小説を書いたりすることもできるはずです。私の研究は、そのような難聴の子どもの日本語の獲得をテーマとしています。
現在、生まれつき耳が聞こえないお子さんは、補聴器の他に人工内耳を選択することができます。人工内耳の適応時期は、原則体重8kg以上または1歳以上と定められていますが、言語聴覚士は人工内耳適応前の0歳代から関わっていきます。
耳が聞こえない赤ちゃんの親御さんは、わが子にどう接して良いか分からず、泣き止まないわが子に頭を抱えることが少なくありません。言語聴覚士による0歳代の支援は、補聴器を装用する練習をしたり、ジェスチャーを使って「目で見る」コミュニケーションを図ったりして、親子関係の構築を目指します。0歳代の関わりは、親と子の関係をできるだけ早く築くこと(母と子の愛着を形成すること)が重要です。
例えば、お母さんが赤ちゃんのおむつを替える際、赤ちゃんが健聴であれば「気持ち悪いね、おむつ替えようね」などと声をかけながら衣服を脱がしておむつを交換します。耳が聞こえる赤ちゃんは、お母さんの声に反応してお母さんの顔を見たり、その声から(お母さんが)何かをしてくれるのだと察したりします。
一方、耳が聞こえない赤ちゃんの場合、必ずしもそうではありません。お母さんの声が聞こえていない状態で突然抱き抱えられても、赤ちゃんは突然のことに驚き、ともすると怖い思いをするかもしれません。このような事態を避けるためには、赤ちゃんにおむつを見せてから(今から何をするのか視覚的に示してから)声をかけるなどの対応が必要です。赤ちゃんが安心して生活を送るためのポイントといえます。
このように、難聴によって生じる問題を一つひとつ解決しながら、安心して親子の関係が築けるように支援することが重要です。0歳代から補聴器を装用する練習も、声がけの方法も、言語聴覚士が両親と協力して進めていきます。
補聴器や人工内耳を装用した状態で日本語を獲得する過程において、言語聴覚士の役割は重要です。私が特に研究しているのは、正しい日本語の獲得に重要と考えられる幼児期の関わりです。日本語の獲得を目指した支援を幼児期に適切に行うことができれば、小学校に入学した後も勉強が遅れることはなく、他の子どもたちに混ざって学修を重ねられることが明らかになっています。
次は、生まれつき耳が聞こえない子どもに対する具体的な支援方法についてお話しします。私たちの方法では、初めはジェスチャーを使って親子間のコミュニケーションを促します。子どもが低年齢の時期は両親への指導が中心になりますが、(家庭内で)お子さんが見える位置でジェスチャーを用いるよう助言します。もちろん、一緒に声がけも行います。結果、お子さんはジェスチャーを見るだけで、その意味を理解し、親子のやり取りができるようになります。
それができるようになれば、今度はジェスチャーの間に助詞を入れていきます。日本語の場合、助詞によって文の意味が大きく変わります。「ご飯を食べる」「ご飯が食べる」「ご飯で食べる」などがこれにあたります。私たちの方法では、ジェスチャーに指文字というもので助詞を示しながら声がけをして助詞の理解を促していきます。指文字とは、日本語の音(あ・い・う・え・お・か・き……)を指の形で表現するものです。
ジェスチャーでやり取りが出来るようになれば、次はジェスチャーと話しことばの対応、ジェスチャーと書きことばの対応へと進みます。このような支援を子どもの状態にあわせて進めることで、最終的には話しことばと書きことばが獲得できるようになると考えています。
■授業等で学生に指導する際、心がけていることはありますか?また学生にはどのような力を身に付けてほしいですか?
大学の授業では、「摂食嚥下障害学」「摂食嚥下障害学演習」「発声発語障害学Ⅲ」「言語聴覚障害診断学」などの科目を担当しています。言語聴覚領域や摂食嚥下障害領域では毎年のように新しい情報が発表され、年を追うごとに教科書の範囲が広くなり、その内容も難しくなっています。私の授業では、実際の患者さんの発話を紹介したり、患者さんの声や動画を使ったりして、少しでも言語聴覚臨床のイメージが湧くように心がけています。教科書にある専門用語の意味や背景を伝えるとともに、実際の患者さんでは(その専門用語が)どのような症状や反応として観察できるのか?を結び付けたいと思っています。言語聴覚士を目指す学生は、自分自身の課題解決に向けた努力を重ねながら、知識と技術をアップデートできる言語聴覚士を目指して欲しいと思います。その基礎を大学で身に付けてほしいですね。新しい治療法や新薬が毎年のように開発され、新たなリハビリテーションの方法や機器が発表される医療業界において、医療職は生涯にわたる勉強が求められます。学生の立場では、医療職はハードルが高いと感じるかもしれません。まずは、困った時はクラスの友だちや教員に相談する、図書館で調べて課題を解決する、実習指導者の先生に質問する、などの課題解決に向けた方法を学んでほしいと思います。患者さんに興味を抱き、その方の話に耳を傾け、気持ちを想像し、考えることのできる言語聴覚士になってほしいですね。
■先生が言語聴覚士を目指したきっかけとは?またこの職種の魅力はどんなところにありますか?
私の高校時代は就職氷河期の真っ只中でした。高校の先生から医療職を勧められていましたが、当時は「自分にはどのような職種が適しているのか?」すら理解できていませんでした。言語聴覚士が国家資格化された頃の話です。最終的には「新しい職種は挑戦しがいがあるし、面白いだろう」と思い立ち、言語聴覚士の養成大学に入学しました。養成大学を卒業した後は、リハビリテーション専門病院で言語聴覚士として勤務し、主に成人の言語聴覚障害「ことば(言語)、発音(構音)、飲み込み(嚥下)」のリハビリテーションに従事しました。高齢者が多く入院している病院にも関わらず、当時は「聞こえ(聴覚)」への関心は高くありませんでした。私が聴覚障害の臨床を始めたきっかけは、卒後12年目の勤務先で出会った大先輩とのやりとりです。大先輩から「言語聴覚士の名称は、言語と聴覚のスペシャリストという期待が込められている」的なご指摘をいただいたと記憶しています。「なるほど! チャレンジしてみよう!」と思い立った結果、聴覚障害の臨床は今でも続けています。ことばに問題を抱える患者さん、発音に問題を抱える患者さん、飲み込みに問題を抱える患者さん、聞こえに問題を抱える患者さんなど、どのような患者さんが来ても対応できる言語聴覚士を目指したいと今でも思っています。
日本では言語聴覚士数が絶対的に不足しています。他のリハビリテーション職種と比べても、その数は少なく、理学療法士や作業療法士には到底及びません。そのため、言語聴覚士は多くの医療機関や患者さんから歓迎されます。言語聴覚士を目指す学生にとっても、職種の強みであり魅力といえます。
■最後に受験生・高校生へのメッセージをお願いします。
言語聴覚士は有資格者数が少ないが故に就職先や働き方を自分で選択できる職種です。私の知り合いの言語聴覚士も、育児休暇後に時短勤務を選択したり、子どもの就学後はパートで復帰したりしています。言語聴覚士は、ライフスタイルの変化にあわせて働き方を変えられる職種です。最近は、言語聴覚士を雇用する開業耳鼻咽喉科医院や開業歯科医院も増えており、活躍の場はますます拡がっていますね。本学の言語聴覚学専攻は、大学での学びの基盤となる学生生活そのものもサポートします。各学年に学年担当教員が配置され、個別のアドバイザー教員もいます。初めての一人暮らしを含め、学生生活に対する不安を早い段階で払拭して、大学での学びに集中できる環境を整えています。また、専任教員全員が言語聴覚臨床の経験があり、他校での学生指導経験を有する教員も少なくありません。学生一人ひとりの理解度にあわせた個別の学修支援と授業展開ができるところも魅力の一つです。本学で一緒に学び、言語聴覚の分野を発展させていきましょう。