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言語聴覚士は、日々、感動のある仕事!子供たちが話すことに自信を取り戻す様子を目の当たりにできます。

2022年5月13日掲出

医療保健学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻 池田 泰子 准教授

医療保健学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻 池田 泰子 准教授

言語聴覚士として23年のキャリアを積んでこられた池田先生。RASS理論(自然で無意識な発話への遡及的アプローチ)に基づく「年表方式のメンタルリハーサル法」「環境調整法」という吃音訓練方法と出合い、現在はそれを用いた吃音改善の研究などに取り組んでいます。今回は、ご研究の話やこの分野に携わる魅力についてお聞きしました。

■先生のご研究についてお聞かせください。

 私の専門分野は、小児の言語障害と吃音(きつおん)になります。その中でも今、特に力を入れている研究テーマが「吃音」と「学校の先生と言語聴覚士との連携」です。
 まずは吃音の研究から説明しましょう。吃音とは、話すときに本人の意図に反して言葉が詰まったり、引き伸ばしたりという発話の流れの滞りが高頻度に起きる症状で、原因は不明とされています。それを改善するための具体的な訓練方法は、大きく分けて3つあります。ひとつは、話し方の工夫を促す“直接法”。もうひとつが、工夫を促すことはしない“間接法”。そして3つめが、個性だから訓練はせずに受け止めようという考え方です。私自身は、2つめの“間接法”という立場を取っていますが、吃音の訓練を行っている多くの言語聴覚士は、やわらかく話しましょうとか、ゆっくり話しましょうといった話し方の工夫を促す直接法の訓練法を用いています。相談に行く場所にもよりますが、大抵は言語聴覚士がひとつの訓練法を提案することが多く、訓練法に選択の余地がありません。また、もともと訓練をしている病院や施設が少ないうえ、原因不明であるため言語聴覚士自身も吃音に対してどう対処すれば良いのかわからず、積極的に手掛けていないという面があります。ですから吃音で困っている人は、訓練をしているところを必死に探して、遠方まで通うというのが現状です。また、それがかなわない場合は諦めるしかなく、徐々に社会的活動に参加しにくくなり、コミュニケーションも消極的になって、出社や登校に抵抗を感じ、家にこもりがちになるということに繋がっているため、深刻な状況です。
 そこで私は、国の科学研究費助成事業として、吃音の改善メカニズムの研究を行っています。長年、吃音の臨床研究に取り組んでこられた都筑澄夫先生が開発されたRASS理論に基づく「年表方式のメンタルリハーサル法(以下、メンタルリハーサル法)」
 「環境調整法」という訓練法を用いて、臨床データを集めています。吃音の悪化要因は、不安や不満などいくつかあるのですが、それに対するアプローチの方法が前述した直接法とメンタルリハーサル法では大きく違います。例えば、電話を苦手にしている成人の場合、直接法では、現在の電話でのやり取りに対してアプローチをします。実際に電話の場面をシミュレーションするよう促すのですが、患者さんはそれが怖くてできないという思いが本音としてあると思います。一方、メンタルリハーサル法では、苦手になった原因が過去にあると考えます。ですから現在ではなく、例えば小学校3年生で、友達に電話をかけているという設定で、話し方の工夫をすることなく、自然で無意識に話せているというシナリオをつくって、患者さんに毎晩、就寝前に頭の中でシミュレーションをしてもらいます。だんだんその年齢設定を現在の年齢まで上げていき、苦手意識を取り除いていくのです。現在からではなく、過去からアプローチするのです。これは小学校3年生以降の方へのアプローチ方法になります。この方法に対して、私自身、非常に納得しましたし、実際に実践したところ、本当に患者さんが楽になり、良くなっていく様子を目の当たりにしました。
 そこで、2016年度に採択された化学研究費事業において、この療法を受けて吃音が改善した成人2名の方にインタビューをして、話し方の工夫をしていた訓練前と話し方の工夫を止めて自然に話している現在との違いなどをお聞きしたのです。そうすると、現在は、吃音が全てだった生活が良くなったというか普通に戻った。以前は吃音症状が出て失敗したことばかり考えていたが、今は不安な感じがなくなったという声や、以前は話す前に深呼吸とかの準備をし、話している最中もことばの置き換えをしていた。吃音症状が出たら自分だけの反省会があって面倒だったけど、今は考えずに話をするので楽になったという声がありました。話し方の工夫については、工夫を行っても10回中に2回ほどしか効果がなく、それもだんだん効かなくなって、また新しい工夫を探さなければならず、追い詰められていくという声や、本来言いたい言い方ではなく詰まらずに話せる言葉を探して話そうとすることで、ロボットを操作する人と操作されるロボットの2役を演じなければならず、コミュニケーションが全然楽しめないという声がありました。
 メンタルリハーサル法は、話し方の工夫をするのではなく、もともと自然に話せていた年齢からスタートして、様々な場面で自然に話すことを現在に向かって再学習することで、現在の生活場面で自然に話すことを目指します。吃音は発達性吃音が多く、3~5歳くらいまでに吃音の症状が出始めて、途中で自然に治る人もいますが、残ったまま成人になる人もいます。例えば3歳で症状が出たとしたら、それ以前は出ておらず、それ以降、徐々に悪化したということになります。悪化の段階は吃音進展段階の第一層(軽度)から第四層(最重度)まであり、一層から四層へと悪化していきます。メンタルリハーサル法では、四層の人を対象とし、四層から三層、三層から二層、二層から一層、一層から正常域という形で、悪化の逆順路で段階を踏んで自然に話せていたところへ戻していくということをします。そういう形で進めていくので、その人らしい話し方が戻って来て、表情もうんと明るくなっていきます。それだけに、私は良い療法だと感じているのです。こうしたことをリーフレットにまとめ、さらに、2020年度に採択された化学研究費事業において、成人の患者さん向けに38項目のチェックリストをつくって、訓練を重ねるごとにその答えがどう推移していくかを調べています。

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2016年度に採択されたKSPS科研費16K0487の助成を受けて作成したリーフレット


 小学2年生以下の吃音のある子供には、RASS理論に基づく環境調整法を用いて訓練を実施します。大人の場合は、子供時代の場面を頭の中でイメージするメンタルリハーサル法を用いますが、子供の場合は子供に対しては訓練を行わず、保護者に現在の子供の環境を調整してもらう環境調整法で訓練を行います。吃音になるお子さんは、繊細だったり相手をすごく気遣ったりする子が多いです。自分のことより他人のことを優先し、自分の思いや考えを相手に合わせる傾向が強いのです。そうすると、本人は意識していなくても不満や不安が発生し、結果として吃音の悪化に繋がることがあります。ですから主体的に自分の考えや思いを表出する場面を増やし、不満や不安などの軽減を目指します。それを、大人はイメージで、子供は現実の世界で体験していきます。また、子供のしつけは大事ですが、しつけと「環境調整法」は真反対のものです。ですから保護者には優先順位を相談して、吃音の改善を優先したいのであれば、生命や健康に関わらないことは注意せずに見逃すよう提案しています。例えば、訓練が終わったとき、親御さんがお子さんに「先生にご挨拶は?」と言ったりすることがあります。ですが、私はそれも言わなくて良いと伝えています。大人がしていれば、いずれ子供はそれを真似するので、今は構わないと伝えているのです。しつけは、子供の将来を考えた親の愛情からくる行動ではありますが、それが吃音を抱える繊細な子供には強く響いてしまいます。ですから保護者の子供の将来を踏まえた現在の「ねばならない」をできるだけ減らして、目の前のその子に必要なことは何かを考え、対応をしてくださいと提案しながら進めているのです。そうすることで子供が見違えるほど元気になって、自分から積極的に動いたり発言したりするようになり、それに伴って、吃音がなくなっていくということが、先日、行った環境調整法で吃音が改善した子供の保護者5名の方へのインタビューで明らかになっています。こうした経験を保護者の視点から振り返ってもらい、環境調整でしつけをどう抑えたかというコツなどをインタビューして、事例集をつくろうと進めているところです。

■では「学校の先生と言語聴覚士との連携」の研究についてもお聞かせください。

 通常の学級に在籍しており、吃音や言葉の遅れ、発話などに問題を抱える子供は、小学校就学以後、「ことばの教室」という通級指導教室へ通うことになります。通級指導教室とは、言語障害はあるけれど普段は通常の学級で学習して過ごすお子さんに、週に1回程度、障害に合わせた個別の支援を提供する教室のことです。
 以前、この「ことばの教室」に赴任したばかりの先生に向けた初任者研修会の講師として、招かれたことがありました。90分間の研修を年1回行うというものでしたが、そこで私自身、現場の色々な課題を知ることになります。例えば「ことばの教室」で教える先生は、大学での教員養成時に言語聴覚に関することを学んだりしているわけではなく、3月まで通常学級で教えていた一般の教員免許を持つ先生が、4月から「ことばの教室」に赴任したという場合もあります。ですから先生方が言語障害のある子供たちに対して、どう発達を促せば良いのかわからないことが予想できます。
 そこで研修会では、解剖学的な口の中の構造や、「さかな」を「しゃかな」と発音する子や「か」行が「た」行になって「からす」が「たらす」になってしまう子をどう治していくのかという発音(構音)の訓練について説明しました。ただ、言語聴覚士はそういうことを何十時間とかけて学んで積み上げていきますが、私が担当するこの研修会は90分1回きりですから、すべてを伝えることはできません。ですから浅くはなるものの、解剖学などの専門的な話と構音障害に関する幅広い内容をお伝えし、補足的に専門書を紹介していました。
 その後、実際に「ことばの教室」の現場へ伺う訪問連携が実現して、私がお子さんに対して訓練する様子を先生方に見ていただいたり、先生が指導を行っている様子を私が見学してアドバイスをしたりする機会を得ました。そのようなやりとりを重ねたことで、ある程度の専門知識がないと伝わらない部分があると感じ、5名の言語聴覚士の協力を得て、「さ」行の発音に関する解説など専門知識の講義や演習、事例検討等を組み込んだ2日間の集中研修を開催したのです。こうした経験から、現場の先生方には何かこの子にしてあげたいという熱い思いと同時に、言語・コミュニケーション領域に対して何をしたら良いかわからないという悩みがあることが具体的にわかってきたので、言葉の発達や文字の学習、先生方から質問の多かった部分を取り上げて、『学校でできる言語・コミュニケーション発達支援入門 事例から学ぶことばを引き出すコツ』(学苑社)という本にまとめました。

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 言語訓練は、例えば月に一度行うことで、目に見えて伸びていくかというと、そうではありません。やはり保護者が目標に対して、日々こつこつとお子さんに接することで伸びていくものですから、保護者と言語聴覚士が強力なタッグを組むことができると、子供の伸び方が違うと感じます。実際に訓練を行いますし、訓練の指針やアイデア、プランは言語聴覚士がお伝えしますが、実践するのは学校や幼稚園、ご家庭ですから、臨床から生まれたこの書籍を、先生方はもちろん保護者の方にも参考にしていただきたいと思っています。
 また、新人の言語聴覚士にとって自分の領域ではない、学校という分野に入っていくことは、少しハードルが高いと言えます。自分の専門領域であればいつものペースで進められますが、例えばそのお子さんとやりとりする時間が15分しかない中で評価や訓練を行うなど、相手の現場のニーズに合わせる必要があるからです。また、臨床経験が浅い領域(例:嚥下障害、学習障害など)について尋ねられたらどうしようかと心配になります。そうした難しさが理由で、教育現場での取り組みに対して、言語聴覚士が参加に後ろ向きになる気持ちは、自身の経験からもよく理解できます。この書籍があれば、何を尋ねられても助言の方向性はイメージできると思うので、言語聴覚士が「特別支援学校」「特別支援学級」「ことばの教室」「通常の学級」の先生と連携するときに、使ってもらえると思っています。

■今後の展望をお聞かせください。

 吃音に関しては、RASS理論(自然で無意識な発話への遡及的アプローチ)に基づく「年表方式のメンタルリハーサル法」「環境調整法」という吃音訓練法を広めていきたいと思っています。ただ、この療法は患者さんのこれまでの経験や現在の状態によって重視することやアプローチする順番が異なるところもあって、少しとっつきにくい面があります。それを言語聴覚士みんなができるようにしていきたいですね。開発者の都筑先生からも自分は開発し、形にしたから、後進の言語聴覚士にはデータを揃えて検証していってほしいというメッセージをもらっています。その役割を私自身が担って、研究に取り組んでいるところです。
 また、この療法の成人のチェックリストをつくったと言いましたが、小児を対象とした環境調整法に対する保護者のチェックリストがまだないので、つくろうと動いているところです。まずは、子供の主体性をチェックできるリストをつくり、それから保護者が子供に関わるときの注意項目、例えば、細かく指摘していないか、子供の発言を待っていられるかといった、保護者自身の行動をセルフチェックできるようなものを盛り込みたいと考えています。また、保護者から見て、吃音症状が改善されているかどうかをチェックできるものがあると、科学的に良くなっていることを言語聴覚士と保護者とで共有できるだろうと考えています。さらにこのチェックリストから、言語聴覚士はどんなことにポイントを置いて訓練すれば良いのかも知ることができるはずです。それによって、吃音臨床に挑戦してみようと思う言語聴覚士が増えればと期待しています。

 学校の先生との連携では、集中講義をうまく運営するシステムをつくって、定期的に開催できればと思っています。本学は大学ですから地域のニーズがあれば、本学の教員や近隣の言語聴覚士の先生方にご協力いただいて、講座を開くことができるかもしれません。
 さらに今回、まとめた書籍では詳しく触れられなかった吃音や発音(構音)の詳細についても、別で書籍にまとめる必要があると感じています。

■先生が言語聴覚士の道に進んだきっかけは? そのやりがいとは?

 もともと人に喜んでもらえる仕事をしたいと、大学卒業後は一般企業の営業職に就きました。ただ、仕事を続けるうちに、人に喜んでもらえて、なおかつ自分の努力を活かせる仕事がしたいと思うようになり、手に職をつけようとリハビリ領域のことを調べ始めたのです。そのときに出合ったのが、言語聴覚士という仕事です。
 言語聴覚士になって23年が経ちましたが、日々、感動のある仕事だと感じています。訓練を1ヵ月、半年、1年と続けるうちに、患者さんが良くなっていくという喜びもありますし、日々の訓練の中で吃音の方たちが自ら話すようになってくれるといった変化がみられると、本当に感動します。だからこそ、私ももっと頑張ろうと思いますし、その感動がこれまで続けてこられた原動力にもなっています。
 例えば、話し方が不明瞭なために何度も人から聞き返され、話すことに苦手意識を持ってしまった知的能力障害のある特別支援学校や特別支援学級に通うお子さんが、訓練を重ねるうちに、不明瞭であっても話すことに自信がついてきて、親の会話に割って入ったり、学校の先生とすれ違ったときに挨拶するようになったりと、自分からコミュニケーションを取るようになったと保護者の方から聞いたときは、私自身、とてもうれしかったです。成人の方でも、吃音のある方はなるべく自分から話したくないという思いがあって、聞かれたことにだけ答える傾向がありますが、良くなってくると、「こんなにおしゃべりな人だったんだ!」と驚くほど、たくさん話してくれるようになります。そんな様子を目の当たりにできるので、本当にやりがいが大きいです。

■学生にはどんなことを身に付けて、巣立ってほしいですか?

 障害のある人やコミュニケーションに困っている人は、傷ついていることが多いです。ですから、まずはそういう人たちの気持ちや思いをしっかり受け止められる言語聴覚士になってほしいです。また、言語聴覚分野にはパターン的な訓練法がなく、その人の状態に合わせて、仮説・検証をしながら訓練をつくっていきます。そのため、言語聴覚士になってからも日々、情報収集をしたり先輩や同級生に話を聞いたり、学会に参加したりと、主体的に情報を更新していく必要があります。そういう力を本学の学びを通して、しっかり身に付けてほしいですね。
 また、情報収集と仮説・検証を繰り返しながら臨床にのぞんでいれば、やがてはそれが研究につながっていくと思います。特に小児や吃音の臨床領域は、研究が十分ではないところがあります。日々の臨床から得る情報が研究データに直結するので、卒業後すぐにではなくても、臨床経験を重ねることで、ゆくゆくは研究にもチャレンジして言語聴覚障害領域の発展に貢献してもらえるとうれしいです。


日々感じていた疑問や仮説を検証し、研究成果としてまとめた成果物(リーフレット)

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平成29・30年度 岩手大学教育学部プロジェクト推進支援事業の助成を受けて作成

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平成30年度 岩手大学教育学部プロジェクト推進支援事業の助成を受けて作成


■受験生・高校生へのメッセージをお願いします。

 人とのコミュニケーションが好きな方、人の役に立ちたいと思っている方、自分はちょっとお節介だなと思う方は、言語聴覚士に向いていると思います。また、言語聴覚士は多くの領域を扱うという特徴があります。成人領域では、脳梗塞などで脳の言語を司る部分を損傷してうまく話せなくなる失語症、食べ物をうまく飲み込めない嚥下障害、生まれつきや途中から耳が聞こえなくなる聴覚障害の人もいます。そういう方たちへの訓練に加え、補聴器外来で補聴器の選定やフィッティングを行うことも言語聴覚士の仕事です。また、小児領域では、言葉の発達、吃音、発音(構音)など、こちらも幅広い領域に対して訓練をします。ですから、ひとつの領域を極めたら次の領域という形で、取り組む領域を広げていくこともできるので、本当に飽きません。もしみなさんの中で、こうした幅広い領域の中から何かひとつ、興味を持てそうなものがあると感じた方は、ぜひオープンキャンパスに来て体験してみてください。どんなことを学び、どういうことを仕事としてするのか、イメージが掴みやすくなると思いますよ。
■医療保健学部 リハビリテーション学科 言語聴覚学専攻WEB:
https://www.teu.ac.jp/gakubu/medical/st/index.html