Society5.0とメディア技術
■人間中心の超スマート社会「Society5.0」とは?
私たち人類の社会は、さまざまな新しい技術を発明、利用することで今日まで発展を遂げてきました。その間、いくつかの段階を経て変わってきた社会について、日本政府は、基盤となる技術の移り変わりに応じて、以下のように定義しています。
・狩猟社会=Society1.0
・農業社会=Society2.0
・工業社会=Society3.0
・情報社会=Society4.0
そして、これに続く科学技術のさらなるイノベーションが創り出す社会が、「Society5.0」です。
Society5.0は、インターネットなどの「サイバー空間」と、私たちが生活する現実世界である「フィジカル空間」を高度に融合して、経済発展と社会的課題の解決を両立する「人間中心の社会」のことをいいます。
このSociety5.0で重要な鍵を握るのは、IoT、人工知能(AI)、ビッグデータ、ロボットなどを中心とする先端技術です。これらを最大限に活用することで、必要なモノやサービスを、必要なときに、必要な人に提供する「超スマート社会」を実現していきます。
[ Society 5.0(内閣府)]
http://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/index.html
■「Society5.0」と幅広く関わるメディア学
IoTやAIなどSociety5.0を基盤から支える先端技術の数々は、東京工科大学メディア学部でも重要な教育・研究の対象です。
Society5.0がめざすのは、単に産業面の進歩や変革だけではありません。人間や社会に対するより深い認識に基づき、人々が快適で活力に満ちた質の高い生活を送ることができる社会の実現を目標とします。
これはすなわち、メディア学の視点で社会の幅広い領域を見つめ、人・社会・技術のより良い関係の創造をめざすメディア学部の取り組みが、新しい社会において重要な役割を担うことを示しています。
メディア学のパイオニアである本学部は、その多様な研究を推進するにあたり、高度なICTを基盤とするメディア技術を駆使していきます。さらに、分野横断的な取り組みで諸課題に対処していくことも大きな特徴としています。
こうしたアプローチでSociety5.0の深化と推進に関わっていく本学部の取り組みのうち、特に「メディア技術」を軸とする研究と教育について、次の項目から実例を交えて紹介していきます。
■メディア技術コースの取り組み①
~生活の安全向上に貢献するメディア技術の開発をめざして~
インターネットを利用するデバイスとして、現在世界で主流になっているのは「スマートフォン(スマホ)」です。その爆発的な普及にともない、「歩きスマホ」が引き起こす危険がクローズアップされています。
そこでメディア技術コースで取り組んでいるのが、スマホを持つ者どうしが接近したときに、衝突の危険を端末が検知して通知する「衝突回避アプリ」の開発です。鍵を握るのは、距離センサーで得られるデータを適切に処理し、スマホにスムーズに連携させる技術の確立です。
実用化にはクリアすべき課題は残りますが、禁止することが難しい歩きスマホが行われることを前提に、そこから生じるリスクへの対応をめざす発想は現実的なものと言えるでしょう。今後の研究のさらなる進展への期待が高まっています。
歩きスマホの衝突回避の研究
また、近年、自動車業界では、電子技術を用いて自動車の安全性を高める装置の開発が進んでいます。メディア技術コースでも、駐車時の運転操作を支援する新しいインターフェースの研究に、企業と共同で取り組んでいます。
現在、市場には駐車操作をほぼ自動化する運転支援システムを装備した自動車も登場しています。しかし、それらのシステムは高価で、装着に大きなスペースを必要とするなどの難点があります。
本学で開発中のシステムは、ハンドル中央部に簡易ディスプレイを取り付け、そこにハンドルの回転方向などの情報をわかりやすく表示することでスムーズな駐車をサポートします。これまでに実施された学内でのシミュレーション実験では、運転に不慣れな学生でも良好な結果が得られています。
駐車時の運転操作を支援するインターフェース
■メディア技術コースの取り組み②
~ネットワークセキュリティに関する技術研究を推進~
IoTで世の中のあらゆる物と人がつながるようになるにつれ、身近なIoTデバイスの悪用や不正利用の問題が深刻化しています。具体的には、盗撮・盗聴、不正侵入、乗っ取り、データ改ざんなどです。
そこでメディア技術コースでは、WiFiルータなどのIoT機器のソフトウェアを、機器の内部ではなくネットワークのクラウド上に置くことで安全を確保する研究に取り組んでいます。この方法を利用すれば、IoT機器を動かすソフトウェアは常にメーカーにサポートされた最新のバージョンを使うことが可能となります。危険なプログラムによる攻撃に対して非常に有効な防御策となるでしょう。
そのほかメディア技術コースでは、幅広い分野からなる人工知能(AI)のひとつである「機械学習」を利用する研究にも取り組んでいます。その代表例が、キーボードでの入力ミスを減らすことをめざす研究です。
機械学習を用いてユーザーのタイピングの癖を捉えたうえで、誤入力しやすいパターンを知らせる技術の開発を行っています。研究の出発点は、文章作成の効率化をサポートする新しい技術の追究ですが、応用の可能性はそれだけにとどまりません。
個々のユーザーのタイピングの癖の違いを検出する技術を発展させることで、より安全性の高い個人認証のしくみに応用するなど、セキュリティ分野へのさまざまな展開も考えられます。
IoT機器のセキュリティに関する研究
■メディア技術コースの取り組み③
~身近な問題意識から、健康やQOLの向上に役立つアプリを開発~
日常生活の実感に根ざした身近な課題に取り組む研究スタンスは、メディア学部の特徴のひとつです。メディア技術コースでは、学生が自身の生活習慣に関連して抱いている問題意識を原点に、健康やQOL(quality of life=生活の質)の向上に役立つ「健康メディアデザイン」の研究を推進しています。
その中で現在、特に力を入れているのが、生活習慣を工夫・改善することで、集中力や作業パフォーマンスの向上を促すさまざまなスマホアプリの開発です。
例えばそのひとつに、雨音などの環境音と作業者が好きな音楽を、「ポモドーロテクニック」という25分ごとに作業時間を区切る時間管理術と組み合わせて聞くことで、集中力の向上を図るスマホアプリの開発研究があります。
このアプリは、集中力と作業効率を高めるだけでなく、作業中のけが・事故の抑制に役立つこともめざしています。これまでの実験の結果、効果を示すデータを得ることができました。
また、デスクワーク時の姿勢をウェアラブルデバイスやカメラで認識して、作業中の座位姿勢の改善を促すアプリの 開発も行っています。腰痛や肩こりの防止や作業効率の向上への貢献をめざすこの研究は、学生周囲の身近なニーズに着想を得た取り組みのひとつです。
そのほか、免疫力向上のための体温上昇支援アプリや、朝食欠食に対する改善アプリ、疑似遠近法による視力回復アプリ、乾燥肌・敏感肌の改善アプリなど、健康関連アプリの開発をテーマとするメディア技術コースの取り組みは多岐にわたっています。
このようにメディア技術をベースに健康やQOLの向上をめざす研究を専門的に行っている研究室は、他の大学に例を見ません。医療・健康分野のIoT利用は今、世界中で急速にニーズと関心が高まっています。特にスマホ用の健康アプリの開発は、ICTやヘルスケア業界を中心に多くの企業が力を注いでおり、多種多様な製品がリリースされています。
誰もが快適に生活できる人間中心の社会であるSociety5.0への進化は加速しています。今後、メディア学部が力を入れる「健康メディアデザイン」は、研究の裾野や可能性がますます広がっていく有望な領域と言えるでしょう。
左)肩こり改善アプリの改善グラフ
右)朝食欠食改善アプリの記録画面
■メディア技術コースの取り組み④
~さらに多様なアプローチでSociety5.0に貢献~
これまでに紹介してきた研究以外にも、メディア技術コースでは独自の視点でSociety5.0に新たな価値を創出する幅広い研究活動を展開しています。その中で、エンターテインメント性と実用性を兼ね備えた研究として注目を集めているものに、氷をマテリアルとして使用する3Dプリンターの開発があります。従来の氷を使った造形では、材料となる大きな氷や製氷設備、熟練した彫刻スキルが必要でした。
しかし、この研究で開発した装置を使えば、それらは一切不要。気化熱を利用することにより、3Dプリンターのノズルから直接氷を吹き出して立体物を造形します。見て楽しむアートやエンターテインメントとしての利用はもちろんのこと、例えば生鮮食品を保冷するためのラッピング材料として氷を利用したり、医薬品のカプセルの替わりに使うなど、多様な用途が考えられます。
また、触れると葉が閉じる植物であるオジギソウの動きを、電気で制御するというユニークな技術の研究も行っています。この技術を応用して、壁面や窓面を覆う植物の形を自在にコントロールすることも考えられます。
植物に、光を遮るブラインドとしての機能を持たせたり、図柄やメッセージを表示させたりすることも可能になるかも知れません。人と植物の新しい関わり方を提案する、メディア学部らしい夢のある研究のひとつです。
電気によるオジギソウの制御
さらに外部ICT企業との連携のもと、最先端のIoTツールを活用した教育支援の研究もスタートしています。その代表例が、「MESH」というデジタルDIYキットをICT教育に導入して、その効果的な利用法などを探る取り組みです。「MESH」は各種のセンサーなどを組み込んだ複数のパーツで構成されています。それらを組み合わせることで、基礎的なプログラミングや簡易的なICTツールの制作を体験することができます。
メディア技術コースでは、教材として演習授業で用いるほか、大学のある八王子市の小学生を対象にしたプログラミング体験講座でも活用。間もなく小学校で本格的に始まるプログラミング教育に関する知見や経験の獲得にもつなげていきます。
また、このほかに、超小型コンピュータである「micro:bit」や「Raspberry Pi」、小型WiFiモジュール「ESP」なども、プログラミング教育や研究活動に積極的に導入。多彩な最新機材やノウハウを、これからのメディア技術の創造を担う優れた人材の育成に役立てています。
MESHとmicro:bit