エンタテインメントビジネスに求められる視点とは

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エンタテインメントビジネスに求められる視点とは

■新たなビジネスモデルを模索している映画業界

 皆さんは「映画製作」と「映画制作」の違いを知っていますか。両者は混同されがちですが、実は明確な違いがあります。“映画を作る人”と言えば、映画監督や脚本家を思い浮かべる人が多いかも知れません。それは映画「制作」を行う人たちで、映画の実制作を担います。一方で映画「製作」とは、資金を集めて映画コンテンツという商品を作り、市場で売って収益を得るという経済活動を行うことを指します。つまり、作品の権利著作元となってコンテンツ・ビジネスを行うということです。日本では映画会社やテレビ局の映画事業部門が中心となって、製作チームを率いるのが一般的で、多くの場合「製作委員会」という共同事業体を作って出資を分担し、映画製作を行っています。
 映画ビジネスは非常にリスキーで、よくギャンブルに例えられます。日本における商業映画1本の平均制作費は約3.5億円と言われていますが、VFXやCGを駆使した大作となると、10億、20億の予算が必要になることも少なくありません。しかし日本の映画産業の市場規模は2,000億円前後で、邦画だけに限れば1,200億円ほどに過ぎないのです。この規模は2010年代に入ってからほぼ頭打ち状態となっています。製作委員会の仕組み上の問題もあり、興行(映画館)収入だけで利益を創出するのは困難です。  そのため、映画製作元はテレビ放映権や国内外の配給権、ビデオグラム化権、出版権、商品化権、ゲーム化権、自動公衆送信権などの権利を売って、利益を得ています。2000年代初頭頃までは、レンタルビデオや映像ソフトセールスの市場規模が大きく、ビデオグラムのセールスで興行の赤字を補填するのが一般的な映画コンテンツ・ビジネスのビジネスモデルでした。しかし、インターネットの普及に伴ってビデオグラム市場が急速に萎んでいく中、映画の権利者は常に新たな収益源やマネタイズ方法を模索しているのが映画業界の現状と言えます。

■20年でがらりと変化した映画の楽しみ方

 映画の視聴形態は、新しいメディアの誕生と普及に伴い、ダイナミックに変化しています。昔は映画を見られるのは映画館のみでしたが、そのうちテレビが誕生してテレビでも放映されるようになりました。その後ビデオが生まれ、各家庭にビデオデッキが置かれるようになると、好きな時間に家で映画を見られるようになったのです。ここ20年の変化を考えると、ちょうどDVDが出始めたのが2000年前後でした。でもまだ主流はVHSビデオで、新作は1本16,000円ほどしましたので、消費者はレンタル店でレンタルしてビデオ視聴するのが一般的でした。ですからその頃のビデオソフトのセールス先は、一般消費者ではなく主にレンタル店や卸売業者だったわけです。先ほども触れましたが、当時はレンタル市場が盛況だったため、16,000円という価格でも何万本も売れる作品がたくさんありました。興行も堅調ではありましたが、ビジネスとして大きく利益を上げられるのはビデオソフトの売り上げだったのです。
 DVDが普及すると、今度は個人消費者へのDVDソフトのセールスも見込めるようになりました。ビデオ時代よりも価格設定をある程度下げ、初回限定版パッケージを用意したり、ノベルティや特典映像を付けたりすることで一般ユーザーの関心を惹き、新たな収益源を獲得したのです。映像もビデオ時代より格段に高品質になりました。また、ビデオ時代は外国語作品の場合、「字幕スーパー版」と「日本語吹替版」の2種類を発売しなくてはいけませんでしたが、DVDになると2つの音声を1つのソフトに収録できるようになりました。今では当たり前だと思われるでしょうが、大きな進化でした。
 2000年代の終わり頃からブルーレイも普及し始めました。DVDに比べてさらに映像スペックが高いので、一部の映画マニアは早くから導入していましたが、DVDほど急激にユーザー数を伸ばすことはできませんでした。
 しかし、映画の視聴形態ということで言うと、何と言っても革新的だったのはインターネット時代の到来です。ビデオやDVDの誕生によって、人々は映画館に足を運ばなくても、自宅で好きな時間に映画を見ることができるようになりましたが、ビデオをレンタルしに行ったり、DVDソフトを買いに行ったりする手間はあったわけです。ところがインターネットの動画配信サービスを利用すれば、ソフトを手に入れる必要すらないのです。見たいと思えば、自宅のリビングだけでなく、お風呂でだって電車の中だって映画を見ることが可能です。もちろん映像や音声のスペックという点ではまだ発展途上ですし、スマートフォンで視聴すると画面も小さい。それでも配信利用者は年々増加し、今や映像ソフトのレンタル・販売事業は急激に縮小しています。配信はソフトに比べてまだまだ大きな売り上げが見込めないため、映画事業は益々成功が困難になっています。
いつでもどこでも簡単に映画鑑賞ができるようになった今、映画館事業にも大きな変革の波が押し寄せています。ここ20年はいわゆる“シネコン(シネマコンプレックス)”の時代で、1つの施設に複数のスクリーンがある大型の劇場が一般化しました。従来の映画館と違って娯楽施設として展開しているため、映画チケットのみならず、劇場内の飲食で大きな収益を上げています。映像および音響技術も進化しており、3D上映やIMAX、最近だと体感まで刺激する4D(4DX, MX4D)上映ができる劇場を持つシネコンも登場しています。

■これからの映画は、大作とアートの二極化の可能性も

 スマートフォンを始めとしたモバイル機器がさらに進化し、手元のデバイスでクオリティの高い映像体験ができるようになれば、映画館はどんどんアトラクション化していくでしょう。マーケティングの世界では、今や「モノ」消費ではなく「コト」消費の時代と言われ、消費者が求めるのは商品価値ではなく体験価値に移っていると分析されています。
 映画館という娯楽空間の中で、どんな体験ができるのか。『スターウォーズ』や『アバター』を製作した全米メジャーの映画会社20世紀フォックスのCTO(最高技術責任者)であるハノ・バッセ氏は、「われわれは技術の発展に合わせてデバイスやネットワークの性能に合致したコンテンツを作るよう尽力しています」と述べています。その言葉に違わず、フォックス社は業界の中で最初に4KとHDR(High Dynamic Range)コンテンツを制作するスタジオを設立しました。
 4KとHDRに加え、VR/ARや次世代のCG技術、そしてAI(人工知能)を組み合わせれば、劇場体験は今とはまた違ったものになるはずです。
 ただし、そういったアトラクション的なコンテンツとして適切なのは、アクションやSF、ホラーといったジャンルに偏るかも知れません。巨額の資金をかけて作るような大作です。地味ではあるものの良質なドラマやアート系の映画は映画館で上映されることなく、配信のみでリリースされる時代が来ることも考えられます。実は既にこの現象の兆候は現れていて、最近は配信事業大手の米ネットフリックスがオリジナルコンテンツとして製作した作品がカンヌ国際映画祭に出品されたり、アカデミー賞で賞を取ったりしています。映画は映画館で見るもの、という常識が崩壊しつつあるのです。
 映画興行だけを考えると、スクリーン映えする派手な作品が人気になる傾向が強いですが、配信作品で好まれるのはクオリティの高い感動作や芸術作品です。リリースされた瞬間に消費者が飛びつくわけではありませんが、クチコミの高評価が徐々に浸透していき、時間をかけて大ヒット作になるのです。こういった作品には、一般的にあまり大きな予算は必要ありません。つまり、これからの映画業界は、高予算の大作と、低予算のアート作品に二極化する可能性があります。どちらの作品を、どうマネタイズ(収益化)していくかが、未来の映画プロデューサーに課せられた課題と言えるでしょう。

■高校生の皆さんへ

 東京工科大学メディア学部を志望している皆さんの多くは、映像やゲーム、音楽などの「制作」に興味を持っている人だと思います。本学で最新の技術を身に着けたり、センスを磨いたりして、将来仕事につなげたいと考えている人もいらっしゃるでしょう。もちろんクリエイターを目指すのであれば、技術の習得や感性を高めることは極めて重要です。
 しかし一方で、これからのクリエイターは「製作」側の視点も持つことも大切だと言われています。つまり、ビジネスの視点を持つということです。自分の芸術性を追求するだけでなく、プロデューサーの立場にも立てる(=ビジネスを考えられる)ことが、クリエイターに必須の条件になりつつあるのです。本学では、主にメディア社会コースでそういったビジネスの知識を学ぶことができます。
 前述の通り、映画ビジネスは現在頭打ち状態です。それは他の多くのコンテンツ・ビジネスにも言えることです。クリエイティブとビジネスをどう上手に結び付けていくか、ぜひ一緒に考えましょう。メディア学部でお待ちしています。

このWebページでは、メディア社会コースの森川先生にお話をうかがいました。

教員プロフィール
メディア社会コース 森川 美幸 講師

■広島県広島市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。大手芸能プロダクションで映画・ビデオの宣伝などを担当した後、カナダで日英バイリンガル新聞の記者、ドイツでケーブルチャンネルの番組制作など、海外を舞台にメディア関連の仕事に従事。帰国後、映像制作会社の映像プロデューサーを経て、大学院に進学。2017年に博士(経営管理)の学位を取得し、2018年より東京工科大学メディア学部に着任。「メディア文化と社会」や「映画プロジェクト開発」などを担当している。

「子どもの頃から漫画や小説、テレビ、映画などエンタテインメントが大好きで、夢は小説家(文学者)になることでした。大学では文芸を専攻して小説執筆に取り組む一方、連日のように映画館やレンタルビデオ店に通い、たくさんの映画を鑑賞しました。卒業後、エンタテインメント業界に進み、映画やビデオの宣伝業務を担当した後、海外でメディア関連の仕事に携わり、帰国後は映像プロデューサーの仕事に就きました。転機となったのは、勤めていた会社の仕事でフランスや香港の映画祭に行くようになり、世界中のプロデューサーと話す機会に恵まれたこと。そこで彼らの多くが豊富なビジネス知識を持つMBAホルダー(経営学修士取得者)であることを知り、自分も学位を取ることを決心。修士論文の執筆をきっかけに研究の面白さと奥深さに目覚め、博士(経営管理)となりました」