観光に変化をもたらす情報通信技術

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観光に変化をもたらす情報通信技術

■観光を身近なものにするスマートフォン

 様々なICT(情報通信技術)の進化の中でも、スマートフォンの普及は観光分野に特に大きな影響を与えました。観光の世界では観光者の行動を旅マエ・旅ナカ・旅アトと分類することが一般的です。スマートフォンが普及する以前は、観光者は旅ナカに情報収集する手段が少ないため、旅マエでの情報収集の重要性が高くなっていました。例えば、現地での電車・バス移動を考える時には、自宅のPCで時刻表を検索し、その結果を印刷したりメモしたりして持参していました。さらに、インターネットが普及する以前には、書店や図書館に行って時刻表を閲覧する必要がありました。もちろん移動以外の情報も、旅マエに自宅のPC、本や雑誌を使って調べた結果を記録しておく必要がありました。このような話を聞いて皆さんはどう思うでしょうか?おそらく「面倒くさいな」と思う人が多いのではないでしょうか。現在であれば何も考えずに目的地に向かっても、スマートフォンさえ使えば、現地で電車・バスや飲食店、観光施設の情報等が簡単に手に入るので当然でしょう。もちろん今でも旅マエに綿密な情報収集を行う人はいますが、多くの人に対して「とりあえず行ってみる」という新たな選択肢を生み出したことが、スマートフォンの普及による大きな効果の1つと言えるでしょう。その他にも、スマートフォンの普及に伴ってSNSユーザが増加したことで、受動的に友人等の観光体験が共有される機会が生まれたことも観光を身近なものとする一因と言えるでしょう。

■団体から個人・マスからソーシャルへ

 観光ビジネスにコンピュータが用いられた初期の事例と知られるのが、1960年代に航空業界や旅行代理店が導入したCRS(Computer Reservation System)です。現在の感覚としては当たり前のことですが、「コンピュータを使ってプランの情報や予約情報を管理する」ことで業務効率は格段に向上し、提供されるツアー商品の種類も増えたことで、よりニーズに合った行程の旅行をすることが可能になりました。その後、1990年代後半には一般消費者にも徐々にインターネットが普及し、旅行代理店に訪れて団体のツアー旅行を予約する時代から、インターネットで個人の自由な旅行を予約する時代へと変化しました。

 また、ICTの進化は予約だけでなく、観光に関する情報収集にも大きな変化を与えています。かつては観光に関する情報源と言えばテレビや雑誌といったマスメディアしか存在しませんでした。これらのメディアはなるべく多くの人の注目が集まるコンテンツを取り扱うため、どうしても情報は特定の観光地に偏り、有名な観光地・観光スポットに人々が集中し、観光のスタイルも限定される傾向にありました。しかし、2000年代以降にソーシャルメディアと呼ばれる消費者発信の情報源が登場したことで観光の多様化が進みます。従来であれば知られることのなかった小規模な施設が隠れた名所として注目されたり、特定の趣味・関心を持つ人たちにのみ価値のあるスポットが注目されたりするようになりました。2016年に新語・流行語大賞にノミネートされた「聖地巡礼」はその代表例と言えるでしょう。近年ではマスメディアが積極的に情報を発信する例も見られますが、かつては一部のファンたちがアニメや漫画の舞台を特定し、来訪記録をソーシャルメディアで発信することでさらなる来訪者を呼ぶといった盛り上がりを見せていました。アニメ等の舞台を訪れる行為自体はインターネット普及以前から行われていましたが、ソーシャルメディアによって聖地巡礼者が情報を発信し波及効果を生み出せるようになったことで、聖地巡礼は新たな観光のスタイルとして認められるようになりました。
 2010年代以降には、スマートフォンの普及によりサービス提供者がユーザの位置情報を取得することが容易になりました。スマートフォンは常に基地局との通信を行っているため、通信事業者はユーザの位置情報を把握可能であり、地図アプリのような位置情報を前提としたサービスの提供者も同様です。また、一見すると位置情報と関係がないように思えるアプリでも、知らずに位置情報が利用されているものも多く、多くのサービス提供者がユーザの位置情報を把握しているのが現状です。コロナ禍において人流の増減に関するニュースをよく耳にしたと思いますが、そのデータは上記のような方法でみなさんのスマートフォンから収集された位置情報に基づいて分析が行われています。人流データは、コロナ禍では感染防止に関する分析のために用いられましたが、観光では混雑の緩和、需給バランスの調整、新たな観光資源の発掘などに用いられ、観光者の利便性向上に役立てられています。

■スマート化する観光

 2010年代以降では高度なICTが用いられる際に「スマート」という言葉が用いられる傾向にあります。高度なICTと言うと抽象的ですが、高速インターネット接続、最新のインタラクションやセンサ技術に基づく情報の出入力が可能なものと考えてください。スマートフォン、スマートテレビ、スマートスピーカー等が例として挙げられます。観光分野では「スマートツーリズム」という言葉が登場し、ICTによって新たな観光体験の創出や価値の向上を目指す動きがあります。スマートツーリズムは3つの要素(デスティネーション、エクスペリエンス、ビジネスエコシステム)に大別されます。1つ目のスマートデスティネーションのデスティネーションとは観光目的地を意味していて、地域を最先端技術のインフラ上に構築することで観光者に関するデータを多様な視点からリアルタイムに収集・分析します。2つ目のスマートエクスペリエンスは先端技術を介して観光体験を生み出すことを指していて、前述のインフラや各個人が持つ情報端末を通じて、観光者をリアルタイム・モニタリングし、データ分析を通じて個々のニーズに合ったきめ細やかなサービスを提供します。3つ目のスマートビジネスエコシステムは、ICTによって様々なステークホルダを相互接続し、ビジネスプロセスを最適化することで、観光体験の共創を支援します。
 より具体的な例を挙げると、ICTによる新たな観光体験として注目度が高いのはAR(拡張現実)やVRを活用したサービスでしょう。ARを使うことで、現在は何もない跡地にかつての城や宮殿などの史跡を、絵や写真といった資料よりもリアルに再現することが可能です。また、遊園地ではVRゴーグルを装着してジェットコースターを体験することで、小規模な遊園地でも現在のジェットコースターを大迫力のコンテンツに変えることができます。ただしARやVRの活用については、コンテンツのクオリティや運用面等まだまだ課題が多く、これらの技術が完全に定着し、観光様式が大きく変化するのはもう少し先のことだと考えられます。

■高校生の皆さんへ

 高校と大学の大きな違いは多様性と自主性だと思います。大学では、高校生の時には想像もできない知識や価値観を持った教員や職員、先輩や同級生が皆さんを待っています。「こんな職業に就きたい」と目標を持って専門性を極めることに没頭する人、幅広い学びや課外活動によって価値観が広がることで目標が定まらない人など、大学生には様々な人がいますが決められた正解はありません。どの選択肢を選ぶかは皆さんの自由です。そして、どの選択肢を選んでも後悔がないように、皆さんをサポートできる体制が大学には整っています。メディア学部ではクリエイティブな活動を行うことになると思いますが、良い発想は何事も楽しむ姿勢から生まれてくると私は考えています。大学生活で出会う多様性と自主性は時に悩みの種にもなりますが、ぜひこれらを楽しんでください。そしてその中で皆さんが生み出す面白い発想や作品に触れられることを期待しています。

このWebページでは、メディア社会コースの鈴木 祥平先生にお話をうかがいました。

教員プロフィール
メディア社会コース 鈴木 祥平 助教

■私は大学の学部では経営学を専攻していました。動機としては、当時は「ITベンチャーブーム」と呼ばれる時代で、何となく経営者に憧れを持っていたからです。しかし、大学生になり経営学や教養を学ぶ中で、ITビジネスで成功してお金持ちになるよりも、地域・社会に貢献できるビジネスに関心を持ち始めました。これは私が地方出身者であることも大きな要因だったと思います。そして、大学院では地域・社会に貢献できるビジネスとして、観光に着目した研究を行ってきました。また大学院での学びの中で、自分自身がビジネスを行うよりも、地域・社会に良いインパクトを与えられる人材を数多く輩出したいという思いが生まれ、企業ではなく大学の教員として研究・教育活動に取り組んでいます。